お昼を過ぎましたけれど、あんまりおなかはすいていない感じ…幸せでおなかがいっぱいだからでしょうか。
 それでもちょっと休憩をしようということで大きめの公園へ入ったのですけれど、そこで私の目に一瞬気になるものが留まった気がしたんです。
「夏梛ちゃん、少しだけここのベンチに座って待ってて。すぐに戻ってくるから、ね?」
 空いていたベンチに、立ち続けで疲れているかもしれない彼女を座らせてあげて、私は足早にさっき目に付いたものがいたはずの場所へ向かいました。
 そこにはやっぱり私の思っていたとおりのものがありましたからいくつか買わせてもらい、彼女の元へ戻ります…と。
「…あれっ?」
 座っている彼女のそばに二つほどの人影が立っているのが見えて、思わず少し離れたところで足を止めてしまいます。
 もちろんさっきは誰もいなかったはずなんですけど、何でしょう…ゆっくりと近づいてみます。
「…あっ、やっぱりかなさまだ」「こんなところで会えるなんて、感激です」
「えとえと、私のこと、知ってるんですね…ありがとうございます」
「もちろんです」「私たち、かなさまのファンですから」
 近づくと、そんな会話が届いてきました。
 相手は二人の、私たちとそう変わらない年齢に感じられる女の子たちでしたけれど、夏梛ちゃんのファンみたい…そうですよね、夏梛ちゃんは人気もありますしそれにあんなにかわいいんですから、見たらすぐに解りますし、ああして声をかけられても何らおかしくありません。
「かなさま、今日はこんなところで何をしているんですか?」「も、もしもお時間があるんでしたら、私たちと…」
 …いけない、何だか胸が痛くなってきました。
 ときどき感じちゃう痛みなんですけど、これってやきもち、ですよね…夏梛ちゃんの人気があるのはいいことで、ああしてファンと接するのもいいことのはずなのに、私ってダメですよね…。
「えとえと…って、麻美? そんなところに立って、どうしたんです?」
 私が動けないでいると、あの子のほうがファン二人の後ろにいた私に気づいて声をかけてきました。
「あっ、え、えっと、夏梛ちゃん…」
 胸の痛みを隠すため、持ってきた紙袋をぎゅっと、でもつぶれない程度に抱きしめながら、彼女のそばへ歩み寄ります。
「麻美、って…えっ、この人、まさか?」「もしかして、アサミーナ…ですか?」
 あのお二人ももちろん私に気づいて目を向けますけれど、夏梛ちゃんのときとは違って私じゃ一目見ただけでは誰なのか解りづらいみたい…?
「は、はい、その、石川麻美です、はじめまして…」
「かなさまとアサミーナ、って…お二人でお出かけ中でした?」「もしかして、お二人ってプライベートでも仲がいいんですか?」
 私ってラジオとか、色んなところで事あるごとに夏梛ちゃんのことが大好き、って言ってきているんですけど、それってお仕事で言っている、とか思われているのかな…。
「…もうもう、麻美ったらどうしてどうして黙っちゃうんです? いつもどおりに言ってくれないと…わ、私から言うことになっちゃうじゃないですかっ」
 どう言ったらいいのか困っていると、顔を赤くした夏梛ちゃんがそう言ってきました。
 …うん、そうですよね、私の想いはお仕事中でもプライベートでも同じなんですから、今更隠したりすることじゃありません。
「えっと、わ、私と夏梛ちゃんはデートをしているんです。だって、私たちは…恋人同士ですから」
「は、はわはわっ」
 はっきり言い過ぎて何だか恥ずかしくなってしまって、夏梛ちゃんともども真っ赤になってしまいました。
「わっ…お二人はラジオの通りなんですね」「プライベートでもラブラブだなんて…素敵です」
 対するお二人も赤くなってしまいましたけれど解ってくれたみたいで、応援のコメントを残して立ち去っていきました。
 私は改めて彼女の隣へ座らせてもらいますけれど、その頃には胸の痛みもすっかり消えていて、代わりにまた幸せな気持ちが大きくなってきていました。
「もうもうっ、あんなにはっきりはっきり言っちゃうなんて、恥ずかしいです…!」
「わっ、でも、夏梛ちゃんがいつもどおりに言えばいい、って言ったから…」
「そ、それはそうですけど、そ、そもそも麻美はどうしてどうしてあのお二人の後ろで、不安そうな顔して立ってたんです?」
 うっ、やっぱり私ってそんな表情をしちゃってたんですね…。
「全く全く、麻美の人見知りは何とか何とかしないとです」
「う、うん、そうだね…」
「それにそれに、心配性もです。心配心配しなくっても、私は誰に声をかけられても麻美のそばにいるんですから…!」
 うぅ、私の心の中なんて、夏梛ちゃんには何でもお見通しなんですね…。
「うん、ごめんね…それにありがと、夏梛ちゃん」
「べ、別に別に、そんな…それよりそれより、私を一人にしてどこに行ってたんです?」
「あっ、うん、ちょっとあっちに屋台が出ていたのが見えたから、これを買ってきたの」
 持ってきた紙袋を開けると、あたりにいいにおいが広がります。
「あっ、これってこれって…」
 そのにおいに気づいた彼女が目を輝かせます。
「うん、白たいやき。ちょうど屋台が出ててよかった…一緒に食べよ?」
「ですです、食べましょう」
 紙袋の中から白たいやきを一つ出して渡してあげると、夏梛ちゃんはとっても嬉しそう。
 うんうん、これ、夏梛ちゃんの大好物ですものね。
「いただきます…もきゅもきゅ」
 そして、白たいやきをおいしそうに食べる夏梛ちゃんはこれまたとってもかわいくって、もう抱きしめたい衝動に駆られちゃうのでした。

 好きなものをおいしそうに食べている彼女を見ているだけで私のおなかはいっぱいになりそうでしたけれど、もちろん私も一緒に白たいやきを食べました。
 食べ終えてからもしばらく二人でベンチに座ったまま、寄り添ってのんびりとした時間を過ごして…それだけで幸せいっぱいです。
 それからはのんびりお散歩しながら帰ることに…もちろんぎゅっと腕を組んじゃいます。
 少し気分を変えようと、普段とは違う通りを歩いてみたんですけど…そこでちょっと気になる建物が目に留まりました。
「…麻美、どうしたんです?」
 そんな私の様子に気づいた彼女が足を止めつつ声をかけてきました。
「あっ、うん、ちょっとあそこの建物が気になっちゃって…」
 私が目を向けた先の建物は、看板などにもある様に声優さんの養成所の様なんです。
「麻美…まさか、通うとか言うつもりですか?」
 と、夏梛ちゃん、ちょっと冷ややかな目で私を見てきます…?
「えっ、そ、そうじゃないよ…!」
 確かに私はまだまだ実力不足なところもありますけれど、さすがにそれはちょっと…通っている生徒さんにも失礼になりそうです。
「ただ、私ってこういうところに通わずデビューしちゃったから、どういうところなのか少し気になっちゃって、ね…?」
「そういうことでしたか…まぁ、養成所に入っても夢を掴むのは一握りですけどね…」
 うん、夏梛ちゃんの言うとおり…それだけ人を惹きつける魅力のあるお仕事で、私も憧れの末にこのお仕事を目指したわけです。
 そして今、その夢のお仕事に就けて…って、ここで満足しちゃいけません。
「う、うん、私も、これからもちゃんと頑張るから…!」
 夏梛ちゃんに呆れられたりしない様に、ちょっと気合を入れます。
「全く全く、かわいいんですから…」
 と、夏梛ちゃんが何か呟いた様な気がしました…?
「えっ、夏梛ちゃん、何か言った?」
「何でも何でもありませんっ」
 よく解らないですけど、真っ赤になっちゃったりして、かわいいんだから。
 でも、私がデビューできているのは今の自分が改めて考えてもやっぱりすごいと思えてしまいますし、頑張らなきゃ…と、ふとあること浮かびます。
「…あっ、夏梛ちゃんはこういうところに通ったの?」
「あれっ、麻美に言ってませんでしたっけ?」
「ううん、基本的に夏梛ちゃんの過去は私からはたずねない様にしてるから…って、今つい聞いちゃったけど」
「まるでまるで私にとんでもない過去があるみたいですね…その言いかただと」
 あっ、いけない、つい触れない様にしよう、って思っていたことに触れちゃいました…。
「う、ううん、そういうことじゃなくって、その…えと、夏梛ちゃんに昔、付き合っていた人がいたとか、そういうことが解っちゃったら、嫌な気持ちになっちゃいそうで…」
 はぅ、言っていて胸が痛くなってきちゃいましたけれど、こんなことを気にするなんて、私って嫌な子ですよね…。
「…あっ、ううん、何でもないよ、ごめんね?」
「全く全く…変なことを気にするんですね」
「は、はぅ、え、えっと、ごめんね…?」
 慌てて誤魔化そうとしても彼女は呆れ気味にも見えて、謝るしかありません…。
「で、でも、夏梛ちゃんはこんなにかわいいんだから、きっと昔からとっても目立ったと思うし、色々不安になっちゃって…」
 そういうわけで、夏梛ちゃんの昔のことを聞くのが怖かったのでした…。
 昔がどうであっても、大好きな気持ちにはもちろん変わらないのですけれど、やっぱりさみしいとか、そんな抑えられない気持ちが…。
「実は私、麻美に会うまで他人に興味ありませんでしたから…」
 と、夏梛ちゃん、ぽつりとそんなことを口にしました…?
「…えっ、夏梛ちゃん、それって…」
「え、えとえと…」
 思わず聞き返しちゃいますけど、彼女は言いにくそう…って、いけません。
「あっ、夏梛ちゃん、こんなところで立ち話もあれだし、そろそろ帰ろ? 私、おいしい夕ごはん作るから、ね?」
「えっ、麻美…?」
 突然話題を変えて戸惑われちゃいましたけれど、今日はせっかくのデートの日…楽しい気持ちでいてもらわなくっちゃ。
 それは、今のお話は気になりますけれど、夏梛ちゃんが自分の気持ちで話してもいいよ、って思えるときまで私は待てますから。
「それに、声優さんの養成所の前に夏梛ちゃんがいると、やっぱりとっても目立っちゃうみたいですし…建物に出入りしている人たちがこっちを気にしているみたいかも」
 夏梛ちゃんは新人さんの中ではとっても人気の声優さんですし、皆さんの憧れですよね…そんな彼女が誇らしくもありますけれど、今日はもっと二人だけの時間を過ごしたいですし、そろそろここを離れたほうがよさそう。
「まぁ、麻美は目立ちますからね?」
「…えっ?」
 彼女の言葉に一瞬固まっちゃいましたけれど…えっと?
「もう、何言ってるの、目立つのは夏梛ちゃんのほうだよ? 私なんてこんな地味だし、みんな夏梛ちゃんのことしか目に入ってないんじゃないかな」
 う〜ん、夏梛ちゃんってときどき自分のかわいらしさに対する自覚が薄くなっちゃうのかな…?
「それは服装のせいじゃないですか? 麻美は普通の服装でもはっきりはっきり解る美少女ですし…は、はわはわっ」
「わっ、そ、そんなこと…!」
 まるで私の思っていたことと同じ、でも立場だけ逆にしたことを言われて、お互いに赤くなって固まっちゃいました。
 もう、そんなことないですし、恥ずかしい…ですけど、夏梛ちゃんがそう思ってくれているなら、あまりにももったいないことですよね。
「え、えっと、帰ろっか、夏梛ちゃん…」
「で、ですです、そうしましょう、麻美…」
 どちらからともなくまた腕を組んで歩きはじめますけど、あったかい…。
 私、それに夏梛ちゃんも、心もとってもぽっかぽか…今日はデートに誘ってくれて本当にありがと、夏梛ちゃん。


    -fin-

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