あんなものを見ちゃったり変な話をされちゃったりしたせいもあって、ちょっともやもやした気持ちでイベント開始時間を迎えちゃった。
 昨日と同じ様に閃那が指示したところへ並んで本を買ってくわけだけど、中身は…いや、今は気にしないでおこう。
 相変わらずの暑さだし、そんな中わざわざこんなことしてるなんてさすがに嫌になったりしそうだけど、まぁあの子の頼みなら…ってことでやってたのに、行列から戻ってくると目を疑う様なものが目に入った。
「…ちょっと、人を行列に並ばせておきながら、あんたはこんなとこで何してんのよ?」
「…はひっ!」
 怒りすら湧いてきながら声をかけるあたしに閃那はびくってしちゃうけど、その手は見知らぬ女の人の手を握ってたの。
「せっかく我慢してこんなとこまできてあげたっていういのに…バカっ」
 あの子は慌てて手を離してたけど、こっちは気が収まらなくってちょっと強い口調になっちゃう。
「あ、あの、私はそういうのじゃ全然なくって、道に迷っていたところを…」
 ちょっと怯えた様子でそう言ってくるのは、閃那が手を握ってた相手の人。
 話によれば、そういう状態のところへ閃那が声をかけてきて案内をしようと手を引こうとしたところにあたしが現れた、ってことらしいんだけど…。
「そうなんですか? …あたしを置いて?」
 まだ納得できなくって、つい閃那をにらんじゃう。
「そ、そんなことはなかったかと思いますけれど…そ、そもそも、私には夏梛ちゃんっていう大好きな子がいて、私が行きたい場所もその子がいる場所なんですから」
「…へ? 好きな子、って…しかも、女の子? あたしたちと同じ…?」
 その人の続けての言葉に少し驚いちゃった。
「もう、そうだよ、この人、昨日のイベントで会いに行ったアサミーナさんだよ? 私の好きな声優さん、って昨日も言ったじゃないですか…もう忘れたんですか?」
 その人は純白のワンピースなど服装も相まって穏やかで清楚な、この場には似つかわしくない気のする雰囲気をしたかなりきれいな人だったんだけど、そう言われると…昨日遠目で見た、閃那がそう呼んでた人だ。
 閃那にとって憧れっていえる人が困ってたからいてもたってもいられず、か…まぁ、解んない話じゃない。
「あたしの勘違いだったみたいで、ごめんなさい」
 閃那はともかく、その人に不快な思いをさせちゃったかも、ってことで頭を下げたの。

 広い会場で迷子になってたアサミーナさん…本名は石川麻美っていうそうだけど、とにかくその人を目的地まで閃那が案内することになって、あたしもついてくことにした。
「確かにアサミーナさんはこうして実際にお会いすると思った以上に美人さんですし声も素敵ですけど、あくまでファンとして好きっていうことなんだから…やきもちなんてやかないで」
「んなっ、だ、誰もそんなのやいてないわよっ!」
 歩きながらあんなこと言ってくる閃那だけど、さっきのこと気にしてかあたしの手をしっかり繋いできてる…ま、いいんだけど。
「あの、お二人とも、本当にありがとうございました。ここまでこれたのも、お二人のおかげです」
「そんな、そんなことより、はやくかなさまのところに行ってあげてください」
 で、何とか人ごみを抜けて目的地にたどり着け、二人はそんな言葉を交わす…かなさまっていうのは、アサミーナさんがアイドルユニットってのを組んでる相手の灯月夏梛って人のこと、らしい。
「私たちも、アサミーナさんとかなさまを目指してラブラブになりますから…アサミーナさんも、お幸せにっ」
「んなっ、ちょっ、な、何言って…まぁ、別にいいんだけど…!」
 彼女とそのかなさまって人は恋人同士だっていうんだけど、だからってあんな恥ずかしいこと…もうっ。
「わっ、は、はい、ありがとうございます…その、お二人もお幸せに」
 アサミーナさんは少し恥ずかしそうにしながらもそう言って、閃那に教えらえれた行列に並んでく。
「うん、この調子でいけば冬にはあさ×かなの同人誌が出るかも。楽しみ楽しみ」
「ちょっ、何言ってんのよ…」
 そんな彼女の背を見送りながら閃那がよく解んないことを言ってきたりして。
「それに、半年後にあのことがなくっても、私が呼んだことで『アサミーナ』って呼び名がはやいうちに浸透してくれたら嬉しいです」
「…は? あのこととか、何のことよ?」
 さらに意味解んないこと言われて、さすがに聞き返しちゃった。
「あれっ、ティナさん、気付いてなかったんですか? あのアサミーナさんが、私のいた未来で半年後に現れるあの化け物を倒した人ですよ」
 そう言われて思い出した、アサミーナって名前をどっかで聞いたことあった気のした理由…全然何かと戦う様な人には見えないのに、意外ね。
 で、閃那の世界では化け物を倒した英雄としてアサミーナって呼びかたが広まったそうだけど、それがもう起こらないこっちでは閃那が呼ぶことでその呼び名を定着させようとしてるらしい。
 まぁ、閃那の世界とこの世界は別の未来に向かってるから、それも別にいい…の、かしらね?
 閃那の世界ではそんなことになってたからアサミーナさんは本来の仕事である声優をしづらくなったそうだけど、こっちの世界だとそうはならないから、声優としての彼女のファンだっていう閃那は楽しみなんだって。
「かなさまとの関係も、もちろん心配ないでしょうしね…こっちでのお二人の関係にも目が離せません」
 そういうの込みでファンなのかしらね…両親のこともあるし、閃那って元々女の子好きな女の子だったのかも。
 でも…ま、それでも、そうでなくても、どっちでもいいわ。
「さっきアサミーナさんに言った通り、私たちもお二人に負けないくらい幸せになりましょうね、ティナ」
「しょ、しょうがないわね…まぁ、そうね、閃那」
 性別とか生まれた時代とか、そんなの関係なく…あたしは、閃那のことが好き。
「ほら、こんなとこで恥ずかしいこと言ってないで、さっさと終わらせちゃいましょ」
「わっ、ティナさん…はいっ、そうですね」
 だから、こんなとこまで付き合ってあげてるんだから…これからも、一緒なんだからね?


    -fin-

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