終章

 ―突然はるか未来の世界へと飛ばされてから、もう半年くらいの時が流れて。
 大切な人と同じ部屋で暮らし、ともに学校へ行ったりして、こっちの生活にも慣れ、それが日常になっていく。
 あたしをこの世界へ送った親友に再会した日以来、力を必要とすることは何も起こらなくって…日々の鍛錬はしてるけど、平和ならもちろんそのほうがいいわよね、アーニャ。

 季節は夏…あたしが生まれた時代よりはるかに暑い夏となり、そんな厳しい季節だからか学校も一ヶ月以上お休みになった。
 そのお休みも半ばが過ぎた頃、あたしは閃那に誘われて東京あたりに泊りがけで出かけることになった。
 二人での旅行はあの世界を巡った旅以来、でもあれは色々特殊だったのに対し今回は力も使わず普通っていえる方法で行くことになり、何よりあたしたちがこういう関係になってはじめての長いお出かけ、ってことで楽しみにしてたんだけど…。
「…あ、暑い、暑すぎるわ…」
 もう、そんな感想しか出てこない。
 いや、この季節が大変だってのは覚悟してたし、一ヶ月くらい過ごしたからちょっとは慣れてきたつもりだったんだけど、今のあたしたちがいるのは、ただ暑いだけじゃなくってものすごい人だかりな空間。
 一応かなり大きな建物内なはずなんだけど、身動き一つ取るのも大変な人ごみ、ってこともあって熱気がひどい。
「ティナさん、大丈夫ですか? 厳しそうなら魔法使って…」
「もう、他の人はそんなことしてないのに、そんなのできるわけないでしょ」
「相変わらず真面目ですね…じゃあ、今日はまだはやいですけどこの行列に並んで終わりにしますから、ちょっと待っててください」
「そ、そう、じゃあお言葉に甘えるわ」
 閃那が行列に並ぶのを見届けて、そのそばの壁にもたれかかって一息つく。
 ここは何なのか、っていうと…あの子はアニメとかゲームとか、あたしも少し見させてもらったけど、そういうのが大好きらしく、そしてここはそういうのが好きな人が集う一大イベント、らしい。
 同好の士が本とかを出してるそうでそういうのを売買するそうだけど、あたしにはよく解んなくって、あの子の言うがままに行列に並んでものを買ってくるっていうただの荷物持ちになっちゃってる。
 ここまでひどい環境だってのは想像できてなかったけど、こんなのにわざわざ付き合うとかお人よしよね。
「あっ、ティナさーん、お待たせしました…えへへっ」
 でも、そういうのも、ああして嬉しそうにしてるあの子を見てたら許せる…とか、あたしってやっぱり彼女のこと好きなのね。
「何よ、随分嬉しそうじゃない。何かあったの?」
 にしたって駆け寄ってきた彼女が今までになくそんな様子だったから、気になっちゃった。
「はい、アサミーナさんに握手してもらえちゃって…感激ですっ」
「…えーと、誰、それは」
 多分遠目で少し見えた行列の先にいた人のことだろうけど…。
「もうっ、私の大好きな声優さんですよ」
 大好き、って…いやいや、あれは明らかに別の意味だから、気にしちゃダメ。
 にしても、アサミーナってどっかで聞いたことある気がするけど、思い出せない…閃那って未来からきたはずなのにこんなに熱を上げてるとか、もしかするとその未来でも活躍してる人なのかしらね。

 で、そのイベントは数日にわたって行われてるっていい、翌日も行くことになっちゃった。
 相変わらずな暑さなんだけど、今日は閃那の知り合いって人の伝手があって入場のための行列なんてのに並ばなくていいだけまだまし。
「先輩、おはようございます。今日はありがとうございます」
「閃那ちゃん、おはよう…いいのよん、その代わり今日はよろしくねん? で、そっちの子が閃那ちゃんの恋人さんねん?」
「…んなっ」
 会場の一角にその知り合いの人…眼鏡しててすらりとした、閃那が呼んだ通りあたしたちより年上に見える女の人がいたんだけど、いきなりそんなこと言われて言葉を失っちゃう。
 そんな彼女は坂上りんねさんといって学校の先輩らしく…入学早々の教室での一件などからあたしたちの関係は学校で広く知れ渡っちゃってるから、そこの生徒ならしょうがないか…。
 閃那は彼女と趣味が高じて仲良くなり、今回ここで本を売る彼女のお手伝いをする、ってことであたしたちは入れたとのこと…ただ、実際は彼女の代わりに会場を回って彼女の分の本を買ってこればいい、とのことだそうだけど。
 彼女が描いたって本も置いてあって、そういえばあたしって言われるままに買ってるだけで実際どういうものなのか中を見たことないのよね…どんなのか気になって、一冊手にしてみた。
「んふふっ、今回のは年齢制限ありだから、かなり過激よん?」
「わぁ…ってティナさん、ストップです、見ちゃいけません!」
 閃那が慌てて止める声がしたけど、時すでに遅くあたしは中を見ちゃって…
「んなっ、ちょっ、待ちなさいよ…こ、このイベントって、こんなの平然と売ってんのっ?」
 慌てて本を閉じながら二人を問いただす。
 だって、その中身、あたしが閃那に少し見せてもらったことのあるアニメに登場してた二人の女の子が…あぁもうっ、こんなの説明できない。
「え、えっと、確かにそういうのもありますけど、ちゃんと全年齢対象のものもありますから…!」
「ものも、って…じゃあ、こういうのはあんたたちは見たりしちゃダメなんじゃないの?」
「あら、お堅いこと言うのねん? でも、少なくても私は百歳越えてるから大丈夫よん?」
「…んなっ」
 言葉を失っちゃったけど、この世界には普通の人に紛れて色んな存在がいるっぽい…まぁ、あたしも人のこと言えないわけで、だから彼女の存在にも納得したしこの人のことはいいわ、でも未来からきてるとはいえあたしと年齢変わらない子のことは見過ごせない。
「…閃那は、これ読まないわよね?」
「は、はい、もちろんですよ〜?」
 笑顔で返事されたけど、目が泳いでる。
「あっ、えっと、じゃあ私は開場後に回るルートの最終確認をしなきゃいけませんから…!」
 で、そそくさとあたしと距離取ってきちゃうけど、つまりこれを読むってことね…こ、こんな過激なの、どういう気持ちで読むっていうのよ…。
「んふふっ、私の本が参考になればいいんだけど〜」
「…って、は? いきなり何言ってるんです?」
 あたしの隣に寄ってきた坂上さんが意味不明なこと言ってきた。
「何って、今夜のことよん? 閃那ちゃんと、するんでしょ?」
「す、するって、何をですか?」
「もう、とぼけちゃってん。この本みたいに、絡み合うんでしょ?」
「…んなっ、な、何言ってるのよっ? そっ、そんなこと、するわけないでしょっ?」
 思わず声が裏返っちゃったけど、何てこと言ってくるのよ、この人は!
「そんな照れなくっても…恋人同士なら当然のことなのに、かわいいわねん。閃那ちゃんとそういうこと、してないのん?」
「う、うっさいっ! そ、そんなこと、言えるわけないでしょっ」


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