しばらく息が切れそうなほどのはやさで走ってたんだけど、やがて自然とそれは緩んでいった。
 だって、しばらくは何もなかったこの空間の景色が変わってきて…あたしの目に、あるものが見える様になってきたから。
「これって…街、ですか? 完全に廃墟になってますけど…」
 あたしの隣を歩きながらあたりを見回す閃那さんの言葉通り、今のあたしたちは暗闇の中に現れた街の中を進んでる。
 海底の、さらにその地底っていう深い暗闇の中にあったそれはほとんどの建物が倒壊したりしてて、もちろん人のいる様子はない完全な廃墟。
「あの、ティナさん、ここってもしかして…」
「…そうね、間違いないわ。ここは、あたしのいた国…その都よ」
 まさか、こんなかたちで残ってて、そして戻ってくることになるなんてね。
 幸いっていうべきなのか、数万年も経過しているってこともあってここに住んでた人々の遺骸とかは目に入らなくって、そこは安心したけど…あのときあんなにいた化け物たちの姿も全然ない。
 今感じられる気配も一つだけど、それは数万年前にあたしが向かった場所…そう、お城のほうから感じられてくる。

 滅びた街の雰囲気、それにあの気配が近づいてくる緊張もあり、あたしたちは無言で歩いてく。
 やがて、もうほとんど瓦礫の山と化しているお城にたどり着いて…その中心部、謁見の間のあった場所へ足を向け、その手前で立ち止まる。
「この先に…いるわね」
 間近に迫った気配、瓦礫の隙間からそこの様子を見てみると…間違いない、あのとき相対した化け物が、あのときと同じところにいる。
 明かりを消してないこっちに気付いた様子もなく微動だにしないってことは、眠ってるとかそういうことなんだろうか。
 なら、卑怯とかそんなの関係ない、今のうちに消し去ってやれば…!
「あ、あれって、写真と同じ…そういう、ことでしたか…。ティナさん、本当に行くんですか?」
 なのに、同じ様にあいつを見た閃那さんは小声でそんなこと言ってきた。
「何よ、いまさら迷ってるの?」
「いえ、そうじゃないんですけど、あれは…ここで何もしなくっても、アサミーナさんたちが何とかしてくれるはずです」
「…は? 誰よ、それは」
 唐突に聞いたこともない人の名前出されて戸惑っちゃう。
「はい、あの化け物…私が生まれる前の、でも今より未来の歴史に残ってるんです」
「…んなっ? 何ですって?」
 ますます戸惑っちゃう私に、彼女はその歴史について話してくれた。

 今からおよそ一年後の未来、あの化け物が日本に現れるという。
 後の調査でそれは地球外生命体であり、星の文明を食す存在だとされたそうだけど、こいつは今こうしてここにいて…あたしのいた時代に宇宙から飛来して、あたしの国の文明を喰らった後で今みたいに眠りにつき、そして今から一年後に目覚めるってのが真相なのかもしれない。
 日本に現れたそいつはあたしの国で見せたみたいに多数の存在に増え、世界中に拡散するところだったんだけど、何人かの強い力を持つ存在がそいつを討ち果たし大ごとにはならなかったという。
「っていっても歴史に大きく残る大事件、災厄でしたけどね。何しろ地球外生命体が確認されたはじめてのことでしたし、魔法みたいな力を持った人が公式に確認されたのもこれがはじめてのことですし、まぁ色々…」
 最後はそう締めくくられたけど、化け物を倒したってのが今の進んだ文明の兵器とかじゃなくって個人の力、ってのがちょっと意外だったりして、それに気になることもある。
「化け物倒したの、叡那さんやエリスさんじゃないのね」
 一年後なんてすぐのことだし、そういう状況を、特に叡那さんが放っておきそうにない気がするんだけど。
「あ、叡那ま…こほん、あのかたは、あのお社の周囲、そう、あの街あたりの範囲の外では力をほとんど使えませんから」
 使えなくはないそうなんだけど、そうした場合世界の均衡が崩れるくらいの事態になるらしく、なのでよほどの、本当に叡那さんが動かなきゃ地球が消滅するってくらいのことにならない限り動けないらしい。
 で、エリスさんは元々こっちの世界の住人ではないし叡那さんが動かないから自身も積極的には動かない、と。
 化け物を倒したのは、そいつの出現をきっかけに力を覚醒させた三人のかたがただそうで…。
「それをあたしがここで動くと、先の歴史が変わっちゃうかもしれない、ってことか…でも、やっぱりあたしはここでこいつを倒したい」
「えっと、どうしても…?」
「ええ。その一年後まで待ってその人たちに任せたとして、被害とか出ないの? 誰一人死んだりせずに事が収まる、ってなら考えないことはないけど」
「それは…大災害、ってなるくらいには…」
 そんな未来が待ってるって、しかもこいつのせいでとか、絶対見過ごせない…んだけど、ちょっと引っかかることが出てきた。
「…そもそも、こいつが一年後に現れるってことは、あたしは今ここでこいつを倒せない、ってことなのかしらね…」
 そういうことになるから閃那さんはあたしを止めようとしてるのかしら…いや、でも…。
「あたしがここでこいつと戦って負けたとしても、こいつが外に出るのは一年後なのよね…何かちょっと、引っかかるわ」
「あ〜…ついにそこに気づいちゃいましたか。実はすでに、私の知ってる歴史と今こうして流れてる歴史とで、食い違いが生じてるみたいなんです」
「何よそれ、どういう意味?」
「はい、実は、私のいた未来には、ティナさんって子は存在しないんです。ですから、ここで戦った人もいないってことになります」
「…は? でも、あたしはここまできてるし、戦うのやめるなんてあり得ないわよ?」
「そういうことをしようとするティナさん自体が、私の世界では元から…まぁ、数万年前にはいたのかもしれませんけど、少なくとも今の時間軸の時点では存在しないんです」
 つまり、彼女がきた未来の世界において、ねころ姉さんにティナなんて妹はおらず…あたしって存在は一切ない、らしい。
 でも、今あたしはここにこうして存在してて、だけどあたしのいない未来からきた閃那さんもここにいて、何だかややこしくなってきちゃうけど…要するに、あたしって存在の有無だけだけど、この世界と閃那さんのいた世界はすでに違う歴史をたどってるってこと。
「じゃあ、あたしがあいつをここで倒しても、あんたのいた世界の歴史に影響はないってこと?」
「そう、なりますね…並行世界が生じちゃったみたいです、どうしてかは解りませんけど」
「そっか…じゃあ、あんたに自由に行動していいって伝えて、って叡那さんが言ってきたのも、もうそうなってるって解ってたからなのかしらね」
「そんなこと言ってたんですか、さすがですね…。はい、私のいた時間とは切り離されたこの世界では、私がどんな行動してももう何の影響も出ないと思います」
「じゃ、あとの問題はあたしがあいつに勝てるか、ってことと…一年後に本来覚醒するはずの人たちがしなくなっちゃうけど別にいいわよね、ってことくらい?」
「大丈夫です、私も一緒に戦いますから、ティナさんが負けるなんてないです。アサミーナさんは…あれっ、覚醒しないほうが声優さんのお仕事に専念できてよりご活躍が見られるかも。わぁ、そっちのほうがいいかも」
 何か意味解んないことで盛り上がられちゃったんだけど…とにかく。
「…じゃあ、あんたもあいつと戦うことに異論ないのね?」
「…はい。私とティナさんの二人で、倒しちゃいましょう」
 力強くうなずかれた。
 正直なところ、かつて戦った際には手も足も出なかった相手、今回だってそう条件は変わってないんだから、勝てる可能性は低いのかもしれない。
 でも、閃那さんが一緒に戦ってくれる、これだけで絶対勝てるって気がしてくる。
「…解った。じゃあ、行くわよっ」
 だから、あたしはあの化け物へ向け駆け出した。


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