第六章

『私は、ティナさんのこと…友達だとは思ってませんから』
 ―この時代にやってきたときにはじめに出会った、そして今は一緒に世界を見て回っている少女からの一言。
 じゃあ、あんたはあたしのこと何だと思ってるの…その答えを聞きたかったのに、聞ける雰囲気じゃなくなっちゃって。
 再会してから今まで、あたしと一緒にいたいって気持ちが伝わってくるくらいだったのに、友達じゃないとか…でも、そういうのが解るくらいなんだから、悪くは思われてないはず。
 むしろ、強く慕われてる気がするほどで…そう考えたとき思い出したのが、あたしの家族になってくれた人たちのこと。
 ううん、閃那さんが彼女たちの関係者じゃないかとか、そういうことじゃなくって…叡那さんとねころ姉さんは恋人だとか、エリスさんは叡那さんのことが好き、っていったこと。
 まさか、閃那さんも、あたしへ対してそんな感情を抱いてるとか、そんなことは…いやいや、そんなのって、あり得るの?
 だって、彼女みたいな素敵な子が、あたしなんかのこととか…本当、あり得ないこと考えちゃったみたい。
 でも、もしも…仮に、そう仮にそうだったとしたら…。

「…さん、ティナさん」
「…へっ? なっ、なな何よっ?」
 すぐそばから声をかけられてることに気付いて我にかえったけど、その相手が当の彼女…ずっと二人で旅してきてるんだから当たり前なわけだけど、とにかくそういうことで慌てちゃう。
「いえ、何かずっと考えごとしてたみたいで…どうしました?」
「べっ、べべ別に何でもないわよっ」
 どうしよ、仮に…って考えただけなのに、どきどきしてきちゃった。
「本当ですか? 今度は急に落ち着きなくしたりして…」
「ほ、本当に決まってるでしょっ? あたしは全然大丈夫なんだからっ」
「まぁ、確かにあれだけ考えごとしててこのあまり広くない穴の中をどこかにぶつかったりせず進めているのはすごいですけど…」
 彼女の言葉通り、あたしたちは海底にあった穴の中を進んでいってるんだけどそこはかなり狭く、あれだけ考えごとしててぶつかったりせずに進めてるのはちょっとすごい、のかも。
「この穴、ずいぶん長いですね…何かあるんでしょうか」
「さ、さぁね、行ってみれば解ると思うけど…」
 もう結構進んでるはずなんだけど、まだ突き当りにぶつからない…。
「…ふふっ」
 と、なぜか突然あの子が笑ってきた。
「な、何よ」
「いえ、さっきからティナさんがかわいいなって思いまして」
「…んなっ? なっ、何言ってんのよっ」
「だって、そんな赤くなって慌てたりして、お耳も大きく揺らして…いつものティナさんもかわいいですけど、今のティナさんはもう…」
「ちょっ、へ、変なこと言わないでってば…!」
 もうっ、こんな状況だから離れることもできなくって、こっち見てきてる彼女から目をそらすことしかできない。
「ティナさん、私、もう我慢できないかも…」
「…は? が、我慢って、何がよっ?」
「それはもう…」
 意味深なこと言われてどきっとしちゃうけど、その続きを聞くことはできなかったの。
 だって、あたしたちが進んでる穴から水がなくなって、でもまだ先があったんだから。

「海の底のさらに地底に、こんな空間があるなんて…」
 水がなくなり、そこからほんの少し進んだところで穴から広い空間に出たものだから、あの子がそんな声上げてきた。
 あたしたちの周囲を照らす明かりではそんなに広範囲は見渡せないわけだけど、閃那さんが言った通りの場所のはずなのに上も、それに奥もどこまであるのか見えないくらい広い。
 ひとまずゆっくり地面に降り、そして試しに膜を解除してみたんだけど…
「…あれっ、普通に息できる。空気があるってことか」
「でも、ちょっと冷え込みますね…」
 そういう状態になってたものだから、ちょっと驚いちゃう。
「ティナさん、どうします? ちょっと探検してみます?」
「まぁ、そうね…」
 こんなとこ、おそらく今の時代だって誰もきてなさそうな空間で純粋に気になるし、そうしてみるのもありか…なんて考えかけたそのとき、この空間の奥から何かの気配を感じた。
「何これ、何かいるの…って、こ、この気配、まさかっ」
 そして、その気配がかつて感じたものに似てる…あるいは全く同じだって気付いて、あたしは固まっちゃう。
「ティナさん、どうしたんですか?」
「どうしたか、って…閃那さんはこの奥からしてくる気配、解んないの?」
「…気配? ん〜…そう言われると、何か感じます。結構大きな…それに、よくない感じの」
 性質はまさに彼女が感じたとおりのもの。
「危険を冒す必要はないって思いますし、戻りましょうか」
 この気配、例えこれまでに感じたことのないものだったとしても放っておいていいか悩むところで、さらに…あたしは、この気配のこと、知ってるから。
「…閃那さん、あの膜を張ったりするの、あんたでもできるわよね?」
「えっ、は、はい、実はできちゃいますけど、どうしてですか?」
「なら、あんたは元きた穴を通って脱出して。水中の移動なら、空を飛べなくっても多分何とかなるでしょ」
 帰りはちょっと大変になるかもしれないけど、このままあたしといるよりはまし、なはず。
「えっ、何言ってるんです…ティナさんはどうするんですか? まさか…」
「…ええ、この奥に行って、この気配の主を倒してくる」
 気配のする暗闇の向こうをにらみながらそう返事する。
「そんな、確かによくない気配ですけど、こんなところにいるんですし、こちらが刺激しなければ何もしないかもしれませんよ?」
「そうね、寝た子を起こすみたいなことになるかもしれない」
「そうです、ですからここはそっと…」
「でも、あたしにはそんなことできない。だって、この奥にいるのは…あたしの国を滅ぼした化け物だから」
 この禍々しい気配、間違えるはずがない…あたしの国を滅ぼした後、ずっとここにいたとでもいうのかしら。
「えっ、そ、そんなことが…じゃあ、ティナさんは、敵討ちに行く、んですか…?」
「そうなる、のかもしれないわね…。それに、あいつがあたしのいた時代だけじゃなくってこの時代、あるいはもっと先の未来でまた同じことするかもしれないのを、黙って見過ごすことなんてできないわよ」
 叡那さんたちに相談したりしたら、とも考えたけど…あたしの力でこいつは、って考えちゃうあたり、やっぱり敵討ちって気持ちは強いのかもしれない。
 もし、あの三人のところに戻れなかったら…家族にまでなってくれたのに、勝手なことしてごめん…。
「だからあたしは行くけど、あんたは帰りなさい。こんな危険なことに首を突っ込むの、あたし一人で十分なんだから」
「そんなの…いやです。危ないって解ってるのにティナさん一人行かせられるわけないじゃないですか…私も行きますっ」
「んなっ? だから、こんなのあたし一人で行くべきなんだってば…第一、未来からきたあんたが過去のことに手を出したりしていいのっ?」
「そんなの関係ないです、ティナさんを危ない目に遭わせるくらいなら、そんなこと気にしてられませんっ」
 お互いにらみ合うかたちになっちゃったけど、彼女に引く気はなさそう。
「…あたしは絶対引き返したりしないけど、あんたはどうしてもついてくるつもりなの?」
「当たり前ですっ」
 何で、そんなに強く言い切るのよ…でも、逆の立場ならあたしも同じことしてた気もする。
「…解ったわよ、ならついてくればいいわ。あんたのこと、あたしが守ってあげるから」
「…えっ、ティナ、さん?」
「あの化け物に、もうあたしの大切な人や場所を奪わせたりはしない、ってことよ…今度は絶対、守るんだからっ」
 意を決し、あたしは暗闇の中へ駆け出す。
「あっ、ティナさん、待ってくださいっ! 私のこと守るって、それって…アーニャって子の代わりに、なんですかっ?」
 あの子も後を追ってきたけど…んなっ、何てこと言い出すのっ?
「ふざけないでっ! アーニャはアーニャ、あんたはあんたよっ! 大切で守りたい人ってのは同じだけど、代わりとかじゃないんだから…また同じこと言ったら、本気で怒るわよっ?」
「あ…は、はいっ、解りました。えへへっ」
 いけない、勢いに任せてものすごく恥ずかしいこと言っちゃった気がする…!
「でも、こう見えて私、結構強いですし、私もティナさんのこと、守ってあげますね」
「う、うっさいっ、勝手にすればいいでしょっ?」
 嬉しそうなあの子の言葉でより恥ずかしいって気持ちが増しちゃって、それを誤魔化そうって意味でも走るはやさを上げちゃった。


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