第6.9章

 ―気がつくと、あたしは海の上に浮かんでた。
 目に映るのは一面の青空で、耳にも水の音しか届かない。
「さっきまでのこと、夢だったの…?」
 つい、そんな呟きが声に出ちゃう。
 海の底にあった、数万年前にあたしのいたあの国、それを滅ぼした化け物との戦い、そして…あたしの親友との再会と別れ。
 その全てが幻だったんじゃないか、そう感じられちゃう。
「…そんなこと、ないと思いますよ」
 届いたのは、閃那さんの声…少し顔を向けるとすぐ隣に彼女も浮かんでて、あたしの左手と彼女の右手とがしっかり繋がれてた。
「どうして、そんなことが言えるのよ?」
「だって、私とティナさん、同じものを見たって記憶も、感覚もありますよね?」
 彼女も少しこっちへ顔を向けて微笑むけど、それは確かに、ね…。
「それに…私の左手に、あの指輪がしっかり握られてますから。ティナさんの手にもあるんじゃないですか?」
 言われてみると、あたしの右手はあの指輪だって思えるものをしっかり握ってた。
 危ないわね、これ…気を失ってる間に手を開いてたら取り返しのつかないことになってる。
「確かに、ティナさんがこれを渡してくれてさらに愛の告白をしてくれたのは、夢みたいなことでしたけど…」
「…んなっ! あ、ああ愛の、って…!」
「わっ、ティナさん、こんなとこで暴れないでください、怖いですっ」
 慌てちゃうあたしにあの子がぎゅってしがみついてきたけど、そんなことされたらますますどきどきしちゃうじゃない…!
 でも、彼女の言う通りこんなとこで取り乱したら沈みかねないし、指輪も落としちゃうから、落ち着かないと…。
「それとも…あのときの告白、もしかして夢だったんですか?」
「いや、それは…そんなこと、ないわよ。あたしは、確かに閃那さんに…その、えっと…」
「私に…何ですか?」
 うぅ、そんな間近でじっと見つめられるとますます言いづらいんだけど…!
「えっと…そ、その指輪持ってるんだから、解るでしょっ?」
「えぇ〜っ、解りません。どういうことなのか、はっきり言ってもらえませんか?」
 な、何よ、本当は解ってるくせにまたあんなこと言って…!
「え、えっと…と、とにかくっ! いつまでもこんなとこで浮かんでるわけにもいかないし、いくわよっ」
「わわっ、ティナさん…!」
 話を誤魔化すかの様になっちゃったけど、あたしは水面を離れ空へ浮かび上がり、あの子はそんなあたしにさらにぎゅってしがみついてきた。
「も、もうっ、濡れちゃってるんだし、そんなしがみつかないでっ?」
「えぇ〜っ、私はこうしていたいです」
 まぁ、どきどきはするけど、あたしも…悪い気分じゃないから、いっか。
「しょ、しょうがないわね…じゃ、このままいくから、ちゃんとつかまってなさいよね」
「はい…えへへ」
 全くもう、かわいいんだから。
 このどきどきがどういうことなのかとか、今ならちゃんと解る…そして、それをはっきりさせてくれたのは、やっぱり気を失う前のことがあったから。
「…アーニャ、貴女にまた会えて、本当によかった」
 水面…そのさらに下に眠ってたはずなあの国の遺構、そこで会えた親友のことを想う。
「ティナさん…私に、あのアーニャってかたのこと、教えてくれませんか? 大好きなティナさんの大切な人のこと、知っておきたいんです」
 もう…そんなこと言われて、断れるわけないじゃない。
「ええ、そうね…じゃ、移動しながら話すわ」
 そうしてあたしたちは、あの国のあった場所を離れることにしたの。


    次のページへ…

ページ→1/2/3/4


物語topへ戻る