第五章

 ―あたしが生まれた時代と、今いる時代。
 地形が随分変わってる様に見えて一見繋がりを感じられなかったけど、よく見ると大まかなところは同じで、今のほうが海面がかなり上昇したりしてるみたい。
 そこを差し引けば、生まれた時代に回った場所を思い出してたどることとかはできそうだけど…そのほとんどは、むしろ地形くらいしか過去の面影を残してなさそう。

「…だいぶ空が暗くなってきたわね。今日はこのくらいにしとくわ」
 あたしたちははるか上空から日本列島全体を見た後、地上の様子がはっきり見えるくらいの高さまで戻ってきて空を移動しながら下を眺めてたんだけど、太陽が沈んじゃったからそうすることにしたの。
 ただ、夜になっても地上はかなりの明かりが灯ってるのが見えて、真っ暗になんてことにはならない。
「はい、解りました…これからどうするんですか?」
 そう返事をしてくる閃那さん、さすがにもうあたしの胸に顔をうずめたりはしてないけど、でもやっぱりまだあたしの身体にしがみつくかたちでいて、しょうがないからあたしも右手を彼女の背に回して支えてあげてる。
「ん〜、そうね…」
 地上の様子を眺めて…よし、あそこがよさそう。
 場所を見定めて、街とかからかなり離れててひと気のない森の中へ降下して…ゆっくり着地。
「ほら、もう離れても大丈夫よ」
 さすがに森の中は暗くって、彼女の背から手を放しつつ、エリスさんから教わった明かりをつける力を使ってみた。
 これは力であたりを淡く照らすってもので、火を起こしたりしなくっていいから便利ね。
「えぇ〜…は、はい」
「…何でそんな残念そうなのよ」
「そんなの、ティナさんから離れなきゃいけないからに決まってるじゃないですか」
「んなっ、何意味解んないこと言ってんのよ、さっさと離れなさいよねっ!」
 半ば無理やり引きはがしたけど、よくあんな恥ずかしいこと言えるわね…。
「あぅ、残念です…でも、こんな森の中に降りて、どうするんですか?」
「今日はここで休むのよ」
「えっ、それって野宿ってことですか?」
 お金を払えば建物の中で休める場所があるっていうのにこんなことするなんて、おかしく思われてもしょうがないかもしれない。
「何よ、文句ある? 別に、貴女だけ街に行って休んできてもいいわよ?」
 今日はまだ日本を見て回っただけだから、言葉とかお金の問題もないしね。
「そんな、何も文句なんてないです。ティナさんと二人きりで野宿なんてわくわくします」
「ふ、ふぅん、別にいいけど」
 いちいち反応がかわいいというか、何というか…。

「ティナさん、今の時代にくる前は何年も毎日野宿してたんですか?」
「まぁ、そうね…数年間、世界を一人で旅してたから」
 お互い木の根元に腰かけ、夜ごはんを食べながらそんな言葉を交わす。
 あたしの国の外の世界じゃ言葉が通じない以前に、人間の数も少なくって、それにその人たちも野宿とあんまり変わらない生活してたからね…。
「じゃあティナさん、お料理とかもできるんですか? 私は全然で…」
「まぁ、一応、食べられる程度には…そうしなきゃ生きてけなかったし」
「はぁ〜、たくましいんですね…そんなティナさんもかっこよくって素敵です」
「んなっ、何言ってんのよっ! 本当にただ食べられる程度で、このねころ姉さんみたいな手の込んだおいしいものはできないわよっ?」
「ねころさんのお料理、やっぱりおいしいですよねぇ」
 あたしたちが食べてるのは、ねころ姉さんが用意してくれた、おにぎりってやつとかそういう調理しなくっても食べられて持ち運びもしやすいもの。
 これもやっぱりエリスさんから教えてもらった力で収納して好きなときに出せるわけで、しかも痛んだりしないってことで一週間分くらい持たせてもらってる。
 服とかもしまってるし、本当便利よね…あたしなんて、空を飛ぶ以外は光の剣や矢、それに障壁と戦闘のことにしか力を使うことを考えられなかったけど、こんな色んな使いかたができるなんてね。
 にしても閃那さんのあの反応、普通にねころ姉さんのこと知ってたりと、三人にかなり近しい関係にあるんじゃないか、だからあの三人を避けてそう、っていうふうにしか見えないわよね、やっぱ。
「ティナさん、ご自身の目で見た、今の世界はどうでした?」
 …って、この子が未来でどういう存在なのか、っていうのはあんまり詮索しないほうがいいのかもしれない。
「そうね、やっぱ色々驚かされたわ」
 なので、そんな考えごとは中断して彼女の問いかけに答えてく。

 今日はこの日本を見て回って、彼女の案内で首都だって都市とかも見てきたんだけど…ただただ驚くばかり。
 お社の近くの小さな街だけでも色々驚かされたわけだけど、大都市になると人の数もものすごくって、さらにあたしの国のお城にあった塔なんかよりもはるかに高くて頑丈そうな建物がそれはもういくつもあったり、他にも大きな橋とか船、そして飛行機とか、実際にこの目で見ると、あたしは本当に何万年も先の未来にいるのね、って改めて実感しちゃう。
 閃那さんの話ではそういう見た目で解るものだけじゃなくって、情報技術とか色んな分野であたしが驚く様なものがたくさんあるってことで…うん、エリスさんとの話とか勉強したときにも色々出てきたけど、今はもうおなかいっぱい、そういうのはまたおいおい見てくわ。
「その、今日は案内してくれて…ありがと。閃那さんがいなかったら、こんな色々見られなかったと思うわ」
 一応地図上で大都市とかの場所は知識として得てるけど、実際に飛んでそこに行けるかは別問題だし、他の見どころとかも教えてくれたものね。
「いいえ、そんな、ティナさんのお役に立てたならよかったです。明日からもどんどん頼ってください」
「え、え〜と、うん、じゃあそうさせてもらうわ…」
 彼女の張り切りっぷりは往々にしてこっちを戸惑わせてくるわね…。

 物をしまったりする力は閃那さんも使えて、着替えとか持ってきてた。
 特に汚れたりすることしてないし、それに一応冬だから休むときもこのままの格好でいいか、ってあたしはなったんだけど、彼女はわざわざ寝間着に着替えるっていう。
「ティナさーん、そういえばお風呂はどうするんですか?」
 で、着替える前にそんな声かけられた。
「えっ、お風呂? そんなの、別に入らなくってもいいんじゃない?」
「えぇ〜、でも気になっちゃいます」
「そう? でも…うん、別ににおったりしないし、大丈夫だと思うけど」
 あの子へ歩み寄ってみて少しにおいをかいでみたけど、気にする様なことは何もない。
「わわっ、ティナさん…は、はい、じゃあ今日は、やめておきます」
 赤い顔されちゃったけど、『今日は』か…あたしが旅してたときは川に入ったりしてたけど今だと色んな意味で難しそうだし、力で水を出してそれを布に含ませて拭いてもらうしかないか。
「ティナさん、着替えました…どうですか?」
 で、あの子はといえば木陰で着替えてきて、ねころ姉さんやエリスさんが着てるみたいなパジャマ姿になって戻ってきた。
「…は? どうって言われても、何がよ?」
「私のパジャマ姿見て、どう感じますか…なんて」
 もじもじされちゃったけど、変なこと聞くのね。
「えっ、そんなこと聞かれても…似合ってるっていうか、まぁ、かわいいんじゃない?」
「わぁ、ありがとうございます」
 しかも、ずいぶん嬉しそうにされちゃったし…そんなとこも、かわいいって思えるけど。
「じゃ、今日はもう休みましょ?」
 木の根元へ腰かけ、持ってきてた毛布を出す。
「はい、でもティナさん、ちょっと寒いかも…」
「何よ、毛布とか持ってきてなかったの? 余分はあるから貸してあげる」
 彼女は外で休むなんて思ってなかったでしょうしね…膜は張ったままだから、そんな冷え込まないはずだけど。
「あ、ありがとうございます…でも、それよりも、ティナさんのお隣で休みたいです。そのほうがあったかいって思いますし…」
「そう? まぁ、別にいいけど」
「わぁ、ありがとうございますっ」
 またものすごく嬉しそうにされつつ、あたしのそばに駆け寄ってきてそのまま隣に腰かけてきた。
「こんなそばにいるんですから、毛布も一枚でいいですよね」
「まぁ、そうね…」
 毛布の半分を彼女へ渡し、お互い身体にかぶせる。
 意外と、隣にいる彼女のぬくもりが伝わってくるのね…特に何も考えずに同意しちゃったけど、結構恥ずかしいっていうか、どきどきするかも。
「じゃ、じゃあおやすみ、閃那さん…」
「はい、おやすみなさい、ティナさん」
 明かりを消して、目を閉じる…静かな森の中、すぐそばからあの子の息遣いが聴こえてきて変に意識しちゃいそうになるけど、ちゃんと休まなきゃ。


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