「ん〜…疲れたぁ」
 あたしは一人、お社の境内で大きく伸びをする。
 思わず疲れたとか言っちゃったけど、それは昨日までのことで、今日はむしろ開放感でいっぱい。
 だって、一ヶ月くらい毎日勉強漬けだったのが、ついに昨日の受験で終わったんだもの。
 結果の発表はまだ先で、それによっては別の場所を受けることになったりしかねないんだけど、やれることはやったっていう手ごたえはあるし、あとはもう待つしかなくって、それまでの間不安にしてたってしょうがないし、それに本当、ずっと勉強漬けだったんだし今日くらいのんびりしていいわよね。
「一応お手伝いはじめたけど、あんまりすることないしね」
 叡那さんたちに家族だって言ってもらえたけど、だったらなおさら何もしないでいるのは耐えられなくって、叡那さんのお手伝いをさせてもらうことにした。
 とはいえ彼女は普通のお社のお仕事してるってわけじゃないっぽく、それは彼女にしかできないことみたいで、あたしはひとまず誰にでもできること…箒を持って境内の掃除をしてるんだけど、元からきれいなとこだもんね。
 叡那さんがいつも着てるのと同じ装束に身を包み、こうして厳かな空気を感じる空間にいると身が引き締まる気がする。
「…にしても、静かね」
 目を閉じてみると、風に揺れる木々の音が届くくらい…街のほうへ行くと色んなものの音が聞こえるんだけど、ここにはそれらも届かない。
 しかも、今このあたりにいるのはあたし一人だけだから、なおさら。
「…ここで一人になるのも、はじめてか」
 叡那さんとねころさんは学校、そしてエリスさんは受験が終わったってことで今日は里帰りしてる。
 どうもエリスさんは元々家出して別の世界からこっちにきた、って経緯があるんだとか…で、こっちにいてもいいけど親に心配かけない様にしなさい、って叡那さんに言われたんだとか。
 エリスさんの世界は魔法って呼ばれるあたしの力と同質のものが普通にあるらしいし、どんな世界なのかしらね…。
 彼女のこと、それに叡那さんとねころさんのこと、まだ知らないことが多いけど、ゆっくり知っていけばいいわよね…あたしも話せてないことがあるけどそれもそのうち、ね。
 さて、とにかく三人ともしばらくは帰ってこないし、掃除も一段落したし、これからどうしようかしらね…
「…ん?」
 そんなこと考えてたら人の気配に気づいたんだけど、それが一度もきたことないながら普通くるならそっちからのはずな石段からじゃなくって森の中から。
 しかも、明らかに異質な…叡那さんやエリスさんに似てる気のする、でもその当人とは明らかに違ったもので…?
「な、何なのよ…誰っ?」
 気配のするほうへ身構えるけど、まさか別の世界から何かきたとか…あたししかいないんだけど、どうしよ。
 いや、あたししかいないなら、あたしがここを守るしかないでしょ…あたしより強そうな気配だけど迷うことなんかない、くるならきなさいよね。
 少し冷や汗をかきながら慎重に様子を見てると、森の中から一つの人影が、この境内にゆっくり出てきた…って!
「…んなっ?」
「わ、こんな…」
 その姿を見たあたしは驚きで固まっちゃったけど、相手も似た反応してくる。
 …まさかね、こんなずいぶん間が空いてから会うことになるなんて。
「…やっと、会えましたね」
 大きく深呼吸をして声を発したのは、向こうから。
「そう、ね…何よ、あたしを、消しにきたの?」
 いつでも箒の代わりに光の剣を出せる様に身構えたままでそう返す。
 あたしの前に現れたのは、背はあたしより低めで長い黒髪をツ―テールにした、エリスさんに似た不思議な色の瞳をした釣り目気味な女の子…そう、あたしがこっちの世界へきた直後、森の中で出会った人だったの。
「貴女を消す…あっ、あのときの言葉ですか。ごめんなさい、あれは気が動転しちゃってまして…」
 鋭さを感じさせる目でこっちを見てるその人なんだけど…あれっ、声には前に感じた様な鋭さがない、わよね。
「何よそれ、どういう…」
「その、まさか、転移直後の姿を誰かに見られるなんて思ってもみなくて…」
 話によると、彼女がこの世界、時間の存在じゃないってことはこの世界の人間には知られてはいけなくって、でもそれをいきなりあたしに見られたから焦っちゃった、らしい。
 その割には冷ややかに見えた気がしたんだけど、あたしに見られたって事実は変わんないじゃない。
「いいんです、貴女が一つだけ約束してくれたら、それで」
「約束? 何をよ?」
「はい、貴女があのとき見たこと、それに私がこの時代の住人じゃないってことを、他の誰にも言わないって」
 そうすれば口封じもしなくてすむ、ってことか。
「…どうしようかしらね」
「えぇ〜っ、そんな、ダメなんですか…?」
 しゅんとするさまは年相応の女の子で、あたしを消しにかかってくるとか、そういう第一印象とはずいぶん違ってきたわね…。
 でも、この子のお願い自体は本当にどうしたものかしら、あたしが勝手に決めちゃいけないんじゃないの?
「貴女がどっから、どうしてこの世界にやってきたのか、次第かしらね。問題ありそうなら叡那さんに…」
「…びくっ」
「ん…いや、あの叡那さんが何もしてないってことは、特に問題ないって判断してるのか。門に関する全てのことを把握してそうだし」
 あたしが叡那さんの名前出すたびに変な反応されてる気がするのが引っかかるけど…
「まぁ…あたしのこと、たすけてくれた人だしね。貴女がどっから、どういう目的でこの世界にきたのか教えてくれて、あと問題になる様なこと絶対しない、っていうなら黙っといてあげるわ」
 強い力は感じるけど悪いことじゃないってことは何となく解るし、このくらいでいいんじゃないかしらね。
「本当ですか? ありがとうございます、そういうことでしたら…」
 その子は安心した様子でこっちにきた経緯を話してくれるけど、彼女は何十年後からの未来からやってきたという。
 何しにきたのかっていうと…事故で飛ばされたらしいの。
「それじゃ、元いた世界には帰れないの?」
「あっ、いえ、え〜と、帰れなくはないんですけど、今すぐにはちょっと…」
 彼女の口ぶりに深刻さはなく、別にあたしが心配する様なことはないみたい。
「私がこの時代にいる理由は、そんなところです。別に危険なこととかしませんから、他の人には秘密にしておいてもらえませんか?」
 過去からきたあたしと違い、彼女は未来からきたってことでこの時代のことは知ってるらしく、だからこそ他の人に自分がそういう存在だって知られちゃいけないそう。
 まぁ、未来からきたって人が過去で何か大きなことして、それで歴史がどうにかなっちゃうとか、色々ややこしいことになりかねないものね…この子はそのあたりの危険性を解ってそうだし、大丈夫そうか。
「うん、解った。でも、もしも何か起きたりしたら…あたしが、許さないから」
「はい、ありがとうございます」
 微笑まれちゃったりして、やっぱ第一印象と違ってかわいい…いやいや、何考えてんの。
「で、貴女がわざわざここまできたのは、それが言いたかったから?」
「ん〜、それもありますけど、一番は貴女に会いたかったからですよ?」
「…は? だから、さっきのこと言いたくってあたしに会いたかった、ってことでしょ?」
「もう、そういうことじゃないんですけど、まぁいいです。やっと会えたことに変わりないですし…ずっと前から、会える機会探ってたんですよ?」
 でもあたしはほとんど家の中にこもりきりで、さらに他のみんなもいたから今日ようやく、ってこと…叡那さんはもちろん、エリスさんも力を持ってて鋭いとこある人だから警戒してるのかしら。
「あの日はずいぶん大怪我とかしてて心配でしたけど、すっかり元気になっててよかったです」
「あぁ、うん、あれって、あたしが気を失った後、貴女がここまで運んでくれたのよね? その、ありがと」
「わっ、いえ、私は別に…!」
 何か顔を赤くされちゃったけど、あたしが無事でいられたのはこの人のおかげもある、ってのは確かだと思う。

 それから、その子はお社の敷地内を色々見て回ってった。
「やっぱり、ここは変わらないですね…」
 何十年後かのこと、か…ちょっと気になるけど、これは聞いちゃいけないことよね。
「じゃあ、私はそろそろ行きます。誰か帰ってくるといけませんし」
 で、一通り見て満足したのか、彼女は石段のほうへ足を向ける…けどまたこっち見てきた。
「今日はやっと貴女に会えてよかったです。しかも、とってもいいもの見られましたし」
「何よ、昔のお社見られたのがそんなによかったの?」
「いいえ、巫女さんの装束着た貴女があまりに素敵で…とってもきれいです」
「…は?」
 唐突過ぎること言われて、意味解んなくて固まっちゃう。
「でも、猫耳は隠しちゃったんですね、残念…その髪型もかわいくっていいですけど」
「んなっ、ちょっ、あ、貴女、何変なこと言ってんのよ! 冗談はやめなさいよねっ?」
 で、理解できたらできたで、恥ずかしくなってきちゃう。
「えぇ〜、冗談なんかじゃないのに」
「う、うっさい! もうっ、帰るならさっさと帰りなさいよっ」
「はい、でもまたきていいですか? その、また会いたいな〜、なんて」
 もじもじと恥ずかしそうにしながらそんなこと言われる。
「何よ、でも誰かいるとお社には入ってこないんでしょ?」
「そっちの森の中ででもいいですから…ダメ、ですか?」
 そこまでしてわざわざ会う理由なんてないんだけど、でも断る理由もなくって、そして彼女は生命の恩人だし悪い子ってわけでもないしね…。
「まぁ、貴女がそうしたいっていうなら、好きにすればいいんじゃない?」
 何かうるんだ目で見られちゃって、断る気にはならなかったけどそのままうなずくのも恥ずかしく感じてそんな返事する。
「はいっ、じゃあ好きにさせてもらいます」
 しかも、妙に嬉しそうにされちゃったし。
「あっ、まだ名前聞いてませんでしたっけ。教えてもらっていいですか?」
「あぁ、あたしはティナ…雪乃ティナよ。貴女は?」
「はい、私はくじ…あっ、いえ、その、えと、そう、久慈、久慈閃那、です」
 なんか、途中でものすごく言葉を詰まらされちゃったけど、何なのかしら…よく解んないし、まぁいいけど。
「じゃ、久慈さん…」
「わ、私のことは閃那、って呼んでくださいっ」
 名前で呼ぶほど親しくなってないんだけど…相手がそう言うんだしね。
「そう? じゃ…閃那さん、まぁよろしく」
「はい、よろしくお願いします、ティナさん」
 本当、第一印象とは違って明るくてまばゆい笑顔…でも何だろ、何か引っかかるのよね。


    (第3章・完/第4章へ)

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