それから、あたしの勉強漬けの日々がはじまった。
 冴草さんはさすが九条さんに何も心配ないと言われるだけのことはありかなり優秀、あたしから見れば天才の域にある様に思えた。
 あたしが覚えることは基礎の基礎な文字にはじまりあまりに多かったけど、その彼女のお陰で何とかなってった…彼女も別の世界からきたってことで文字はこっちにきてから覚えたはずなのに、すごいわね。
「ふーん、ティナって意外と…って言ったら失礼だけど、勉強ちゃんとできるのね。数万年前の地球からきたとは思えないわ」
 彼女からのあたしへの評価はそんなとこで…まぁ、あたしのいた国は完全に歴史から消えてて、そして当時の外の世界の文明はまだ人類史のはじまり、くらいだったからそう思われてもしょうがない。
 で、あたしは国を出るまではアーニャと一緒に勉強させてもらってたから、特に理系の基礎とかは大丈夫だったんだけど、問題はその歴史。
 何しろあたしが飛ばした数万年分の人類史を覚えなきゃいけないんだから、大変に決まってる…しかもこの国と世界全体の歴史とで分かれたりするし。
 この数万年で外の世界の人類はいつしかあたしのいた国を越える文明を築いて繁栄してて、そうなってった過程は興味深いんだけど、今は勉強することが他にもたくさん…他の国の言語とか、本当にたくさんあって、ひとまずは暗記程度にしとくしかない。
 さすがに冴草さんも一日中ずっとは付き合ってくれてなくて、でも一人のときも勉強はもちろんしてて、寝るときとごはんのとき以外はほとんどずっと勉強ばっかり。
 ここへくるまでの数年間、ある意味かなり気ままに生きてきたし、これは疲れる…。

「この一ヶ月、ずいぶん頑張ったみたいね。明日が当日となるけれど、問題はなさそうかしら」
 朝、剣の稽古を終えたところで、刀を収めた九条さんにそう声をかけられた。
 毎日勉強漬けではあったけれど、朝の剣の稽古だけは雨でも降らない限りは毎日させてもらってた…腕がなまっちゃうし、それにずっと勉強ばっかりってのはさすがにつらいから気晴らしにもなったしね。
「うん、はじめてのことだし自信あるかって言われると微妙だけど、やれることは全部やったって思う」
「そう、ならばあとは全力を出すのみね」
 剣や力で戦うわけじゃないけど、後悔のない様に力を出し切りたい、って思えるのは同じか。
「冴草さん、ありがと。ここまできたのは、貴女のおかげ」
 本当にその通りで、だから朝食後に彼女へそう伝えた。
「あ、あによ、私は別にそこまで…第一、本番は明日なんだから気を抜いてる場合じゃないわよ」
 彼女は少し恥ずかしそうになったりして…逆の立場ならあたしが同じ反応してたと思うし、私と彼女は似てるとこがある気がする。
「今日についてだけれども、エリスさんにお願いしたいことがある。よいかしら」
「えっ、私に? 叡那の頼みならしょうがないわね、言ってみてよね」
 学校の制服に着替えてきた九条さんが冴草さんへ声をかける。
「ええ、今日はティナさんに街を案内して差し上げてはもらえないかしら。毎日勉強ばかりで息が詰まるでしょうし、それにはじめて社を出るのが受験当日、というのもよくないでしょうから」
 その言葉通り、あたしはこっちにきてから一ヶ月くらいたった今でもまだこの敷地の外に出たことない。
「まぁ、そうよね、叡那がそう言うなら任せといて。ティナもこっちのことだいぶ覚えたし、大丈夫でしょ」
「ええ、ありがとう。お金は好きに、服もここにあるものは好きに使って構わないから」
「ん、解った、任せといて」
 …この一ヶ月、特に冴草さんと結構な時間を一緒に過ごして、解ったことがある。
 それは、彼女の好きな人っていうのは九条さんなんだってこと…彼女がこの世界に居る理由、九条さんのことが大きそうな気がする。
 かといって雪乃さんのことを嫌ったりしてるわけではなく、むしろ雪乃さんのこともよく思ってて九条さんと雪乃さんの関係を大切にしてて…勉強を見てくれたことといい、口はあたしみたいによくないのに、かなりできた人だと思う。

 学校へ行った九条さんの言葉で、あたしはこっちにきてからはじめてこの社の敷地外へ出ることになった。
 あたしがこっちにくる前から着てる服は目立つってことで、まずは着替えることになったんだけど…
「叡那とねころさん、どっちの服を着ても目立つわね。でも、今のあんたの格好よりはましだし、好きなほう選んでみて」
 あの二人の普段着を出してきた冴草さんがそんな選択を迫ってきた。
 九条さんの普段着は和服っていうこの国独特のものらしく、一方の雪乃さんはメイドさんっていう使用人みたいな人の着るもので、後者はちょっとひらひらしててあたしに似合いそうになかったから前者を選ばせてもらって、サイズは特に問題ないみたい。
 もっとも、こっちはこっちで、最近は普段着として着る人が少なく目立つらしい…かといってメイドさんなんてものもそういないから、どっちにしてもってなるそうだけども。
「服より、あんたの場合その猫耳のほうが目立つわね。ねころさんは気にせずそのままにしてるけど、どうする?」
 服の着付けがちょっと特殊だったから冴草さんに手伝ってもらったんだけど、それを終えたところでそう聞かれた。
 あたしの耳はその猫って動物とは関係ないんだけど、そんなあたしの種族はもう存在せず、他にこんな耳あるのって雪乃さんくらいだっていうものね…。
 雪乃さんはそのままにしてるっていうしそれでいい気もするけど、目立つのは嫌だし…そう考えるあたし、冴草さんを見てあることを思いつく。
「じゃあ、冴草さんみたいなツ―テールにして耳をリボンで隠す、ってのはどう? その髪型があたしに似合うかは解んないけど」
「ツ―テール? あぁ、ツインテールね…切っちゃったり魔法で隠したりって手段を取らないなら、それが一番無難かもね」
 ちょっと物騒なこと言われた気もしたけど、さっそく…冴草さんが持ってた黒いリボンを使わせてもらって、耳のあたりを基点に髪を結ってみた。
「へぇ、結構似合ってるし、いいんじゃない?」
 彼女にそう言われて、自分でも鏡で見てみるけど、髪型変えるのはじめてだし服装も相まって違和感が大きい…まぁ、耳はずいぶん解りづらくなったからいいか。

 準備もでき、いよいよ外へ出る。
 このお社は森に囲まれた、そして小高い山の上にあって、外に出るにはかなり長めな石段を下りてくことになる。
 石段を下りるにつれお社まわり特有の空気は感じられなくなってって、そんな石段の先は今は真冬ってことで何も作ってない畑とかが広がってた…どうも今の時代はあたしの元いた時代よりずいぶんあったかくなってるみたいで、農作物とかも育てやすくなってそう。
 そんな中をしばらく歩いてくと建物が増えてきて、九条さんたちが通ってる学校もあるっていう街にたどり着く。
 山あいにあるその街は規模は小さく、あたしの国にあった小さな町とそう変わらないんだけど…
「ちょっとティナ、あんまりきょろきょろするのやめなさいよね」
「ご、ごめん、でもやっぱり色々珍しくって…」
「…ま、気持ちは解るけどね」
 目にするものがほとんど新鮮で、冴草さんにああ言われちゃったけどそれでもついあたりを見回しちゃう。
 勉強してたときに知識としては覚えたけど、やっぱり実際にこの目で見てみると驚かされるものが多く、特にかなりの速さで走る乗り物とか、すごいわね。
 今の時代の人間は乗り物で空を飛んだり、果てはその空のさらに上の宇宙にまで出るっていうんだから…はぁ、数万年もたつとこうにもなるのか、外の世界の人間があたしのいた国の文明水準になったのは何年前くらいのことなのかしらね…。
「科学の力がここまで発達したのはこの数百年にもならないくらいのことらしいわよ。今の時代も結構な勢いで発達してるみたいで、科学の力で結構色々できちゃうわけね」
「すごいのね、あたしの力なんかよりずっと」
「…あぁ、それ、気をつけたほうがいいわよ。あんたのその力、私たちは魔力、魔法力って呼んでるけど、そういう力持ってる人間なんて基本的に存在しないし、そういう力の存在自体、この世界じゃあり得ないって考えられてるから」
 あたしの元いた国ではあたし以外にも力を使える人はいたけど、外の世界はどうだったかっていうと…う〜ん、あたしの種族がちょっと特殊だったってことなのか。
 でも、ここまで科学の力が発達してるなら、力を使うよりずっと快適な生活できそうね…変な目で見られてもいけないし、人前では使わない様にしとかないと。
「…あれっ、でも九条さんも明らかに力を持ってるわよね」
「は? 叡那は例外に決まってるでしょ。あと、隠してたり気付いてなかったりするだけで、今のこの世界にも魔法力を持った人、いるかもね」
 あと創作、物語の世界では魔法とかが昔からよく扱われてるらしくって、あたしの国のこと…はさすがに古すぎるけど、そういうごくごく一部の人、あるいは冴草さんみたいな別の世界からきた人のことが大本になってるのかも、とかなんとか。
「さてと、これからどうする? まずは明日受験しにいく学校の場所の確認にいくけど、それからは…ティナの服でも買っておく?」
 う〜ん、確かにこれからこうやって外に出るときに着るもの、九条さんとかから借りたりしないで自分の持っといたほうがいいわよね。
「そうね、明日の受験で着てく服もいると思うし…」
「あぁ、そこは気にしなくていいわよ」
 なぜかそんなこと言われちゃった?


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