第三章

 ―あたしが生まれ、そして十五年を過ごしてきた時代からはるかな未来。
 そんな先の世界のことなんてもちろん想像もしたことなかったけど、あたしはそこで生きていくことになってしまった。
 この先どうなるかなんて、これまで以上に解んない。
 でも大丈夫、あたしはちゃんと生きてくから…だから、もし見守っててくれるなら、ううん、そうじゃなくっても安心しててよね、アーニャ。

 こっちの世界にやってきてもう数日。
 さすがに力が完全回復、とまではいかないものの普通に過ごす分には問題なくなってきた。
 結構な怪我をしてたり、立ち上がれないくらいに消耗してたりしてたのを考えると、自身でも驚くほどの回復のはやさ。
 雪乃さんの献身的な看病とかもあったけど、この場所自体に一種の神秘的な力がある様に感じられるのよね…九条さんの存在を思えば、それも気のせいじゃなさそう。
「九条さん、おはようございます」
「ええ、ティナさん、おはよう」
 朝のまだ暗い時間、家の外へ出たあたしはその九条さんと顔を合わせる。
 そこは厳かな空気の流れる、お社の社殿って呼ばれる建物の前の空間…九条さんはそこで奉職する人の着るらしい装束ってのを身にまとってて、とっても似合ってるけどこの空間以上の厳かな雰囲気を覚えちゃう。
 その彼女の左手には一振りの片刃の剣…刀が握られてて、先日同様にここでその稽古をしてた。
「ティナさんも、朝ははやく起きられるのね」
 そう言われたけど、その彼女のほうがさらにはやく起きてて、ここで刀の稽古をする前にも何かしてるっぽい。
「九条さん、今日はあたしも一緒に剣の稽古をさせてもらいたいんだけど、いい?」
「ええ、構わないけれど、刀…いえ、剣はお持ちかしら。なければ、稽古用の刀をお貸しするけれど」
「ありがと、でも大丈夫。あたしの剣は…これだから」
 そう返事をしたあたし、左手に力を込め…九条さんの持つ刀と同じくらいの長さな光の剣を出す。
「なるほど、魔法力を刀身に…力の消費は、大丈夫かしら。まだ、完全には回復していないでしょう?」
「うん、このくらいなら問題ない。何にもしないとかえってなまっちゃうし」
 力を光の矢として放ったりするのと違ってこれはずっと実体化しとかなきゃいけないわけだけど、今はそこまで強い力を込めてるわけじゃないから大丈夫。
「そう、ならば…いかがかしら、一手手合わせをしても、よいけれど」
「うん、九条さんがいいっていうなら、お願いします」
「ええ、では…ティナさんから、かかっていらっしゃい」
 そう言いながら九条さんはゆっくり刀を構えるから、あたしも剣を構える。
 はじめて会ったときからただ者じゃないって感じてる彼女の力、実際はどんなものなのかしらね…それを見られるって思うと楽しみだけど、それ以上に緊張してきた。
 だって、刀を構えた彼女に隙は全くなくって、それどころか対峙してるだけで圧倒されそうで冷や汗まで出てきちゃったけど、これは稽古なんだから胸を借りる気持ちでいくしかない!

「…このくらいにしましょう」
「はぁ、はぁ…あ、ありがとうございました」
 で、九条さんが汗一つかかず、息も切らさずに動きを止めたとき、あたしはといえばすっかり息が上がっちゃってた。  手に出してた光の剣を消して一息つくけど…うん、想像通り、いやそれ以上だったかも。
「ティナさんは魔法力も、剣の実力も、かなりのものね。魔法力はともかく、剣の実力はこの世界の人々の中でも屈指のものになるのではないかしら」
 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、九条さんには手も足も出なかったのよね…いや、曲がりなりにも刃を交えてかたちにできただけでも十分なのかもしれない。
 だってあたしは、稽古こそほぼ欠かさず毎日やってきたけど、それはずっと一人でやってきてて、だから剣技も独学もいいところ。
「あの、九条さん。もしよければ、これからもあたしに剣の稽古をつけてくれませんか?」
 こうして他の、しかも実力が大きく上な人にそうしてもらえるなら、こんなありがたいことはないわけで、息が整ってきたあたしはそうお願いしてみた。
「構わないけれど、貴女は剣の腕を高めてどうしたいのかしら。ただの向上心、ならばそれはそれでよいけれども」
 あたしが日々稽古を欠かさずしてきたのは、アーニャとの約束を守るため。
 でも、その約束は守れなくって、あの子はもういない…だから、もうこんな力を持っててもしょうがないんじゃ、なんて考えそうになったりしたときもあったけれども。
「それもあります。でも、もしまた何かあったとき、後悔したくないから…次は、守りたいから」
 あたしは、この世界で生きてくって決めた。
 アーニャみたいに守りたいって思うほどのものは、まだないけど…でも、それが見つかったとき、それまで怠けてて守れなかった、なんてことになるのは絶対に嫌。
「そう…解ったわ。では、そろそろ朝食を取りに行きましょう」
 と、九条さんは手にした刀をどっかに消しつつ戻っちゃって…納得してもらえた、のよね?


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