にしても閃那の様子は体育祭の話が出てきた当初とは本当に打って変わってて。
「ティナさん、今日からさっそく二人三脚の特訓をしましょう!」
 夕方、アルバイトを終えてお社にやってきた彼女、境内の掃除をちょうど終えて着替えようと家へ戻ろうとしてたあたしに張り切った様子でそんなこと言ってきたの。
「…は? 特訓って?」
「特訓は特訓です! いきなり本番で戸惑ったりしない様に、毎日夕ごはんまでのこの時間で練習しましょう!」
 夕食までには三十分くらいしかないのでそこまでしっかりしたことができるのかは解んないんだけど…にしても。
「まぁ、言ってることは正しいし別にいいんだけど、閃那がそこまでやる気になってるのは意外」
「ふふんっ、私だってやる気を出すときは出すんですよっ」
 調子よさげに胸を張ったりして、かわいいんだから。
 にしても、学校の勉強とか運動とかだいたい面倒がるあの子がこういう様子になるって本当珍しい…学園祭とか、水泳の授業はじまったときくらいしかなかったんじゃないか。
 …ん、水泳の授業のときとか?
「ティナさん、どうしました?」
「…いや、別に何でもないわ。それじゃ、さっそく練習やってみる?」
 ちょっと変な予感したけど、気のせい気のせい、閃那は純粋に頑張ろうとしてるだけよね。
「そうですねっ、それじゃティナさん、ひとまず社殿の階段に座りましょう」
「ちょっと待って、あたしは着替えたほうがいいんじゃない?」
 お社のお手伝いをしててまだ巫女の装束から着替えてない。
「ティナさんの巫女さん姿は大切ですし着替える必要なんて…って言いたいところですけど、袴だとちょっと二人三脚には向かないですし、しょうがないですね」
 ほら、あの子はちゃんとこの競技のこと考えて真面目にやろうとしてるのよ。
 とはいえ、普通に着替えに行ってたら練習の時間が減っちゃうし、動きやすい服装になればいいんだろうから…そうね。
「じゃ、ちょっと待ってなさいよね」
「はい、ティナさ…って、えっ?」
 あたしが光に包まれるものだからあの子が少し戸惑っちゃったけど、光が消えたあたしは元いた世界で着てた服装に着替え済み。
 今の世界の服装とは違って浮いた感じになっちゃうわけだけど、まぁこの時間帯のここに人がくることはまずないし大丈夫でしょ。
「この格好なら運動するのも大丈夫だと思ったんだけど、どう?」
「は、はい、もちろん大丈夫です、これ以上ないくらいいいと思いますっ。さすがティナさんですっ」
「い、いや、そこまで言われることじゃないと思うんだけど…」
 ちょっと過剰な反応に戸惑うけど、大丈夫ってことならよしとしておこう。
「う〜ん、ますますやる気出てきましたよこれは。ほらほらティナさんティナさん、はやくこっちきて座ってください」
 より張り切った様子になった彼女に言われるままに、社殿前の階段に二人並んで腰かける。
「で、ここからどうするのよ?」
 その競技について全然知らないから彼女に任せるしかない。
「はい、まずはこうして…」
 その彼女、あたしに完全に密着するまでに身を寄せてきた?
「ちょっ、閃那ってば、いきなり何を…!」
「わっ、ティナさん、そんな慌てないでくださいよ、これも準備のためなんですから」
「そ、そうなの?」
「そうですよ、もう…私が魔法少女ティナさんの服装見て我慢できなくなって襲いかかってくるとでも思いましたか?」
「い、いや、そういうわけじゃ…」
 …普段のあの子を思うと、あながちそれもあるんじゃないかと思っちゃって、っていうのは黙っておこう。
「しょうがないティナさんですねぇ…とにかくです、ここからこうしてお互いの片足を縛ります」
 そんなこと言いながらあの子はどこからともなく一本の紐を取り出し、あたしの右足と自身の左足を一緒にする様に縛り付けた。
「…あぁ、なるほど、この状態で二人一緒に走るってわけね」
「そういうことです。ですから嫌でも密着しないといけないんですよ」
 まぁ、こういうことならそうするしかないわよね…準備はできたみたいだからその場に立ち上がる。
「わっ、ティナさん、そんな急がなくっても…んしょ」
 つられる様にあの子も立ち上がるんだけど、その左手をあたしの腰にぎゅっと回してくる?
「んなっ、ちょっ、閃那ってばいきなり何するのよ?」
「何って…手のことですか? 二人がバランスよく走るには手のほうもこうしてぎゅってしないと安定しないと思いますよ? それに、私とティナさんとじゃ身長差がありすぎて、肩に手をまわしづらいですから…」
 なるほど、言われてみれば脚が固定されてるなら上半身も固定したほうが安定するし、彼女の言う通りあたしたちはちょっと身長差があるものね。
「ふぅん、そういうことね、解ったわ」
 ということで、あたしは閃那の肩に右手を回す。
「よし、これで準備はできたってわけね。後は走るだけなのよね?」
「一応そうなりますけど、走り出すときにどっちの足から出すのかとか、あとちゃんと一緒に走らないとすぐこけちゃいますから掛け声も出したほうがいいんですよ」
「ん、解った、そっちに合わせるわ」
 色々言われてみたら納得できることばかりで、これはちゃんと元から解ってる閃那に任せたほうがいいわね。
「では、お互いの外側の足から踏み出すことにして、まずはゆっくり、私の掛け声で参道をまっすぐ進んでみましょう」
「ん、解った、いつでもいいわよ」
「はい、それじゃ…いきましょう」
 あの子の声とともにお互い結んでないほうの足から踏み出して…
「いち、に、いち、に…いいですね、この調子です」
 あたしはあの子の肩に、あの子はあたしの腰に手をやってお互いの身体を支えながら結んだ足をバランスよく踏み出してって、歩くくらいの速さなら問題なく進めてる。
「でも、実際の競技だともっとはやく、走らないといけないくらいなんでしょ? どうするの?」
「いち、に、いち、に…それじゃ、もうちょっと早足にしてみましょう」
 彼女の言葉にうなずいて歩みを駆け出すくらいにしようとしてみるけど…
「…んなっ、ちょっ」
「わっ、わわっ」
 あたしと彼女との歩幅が合わなくなっちゃってお互い慌てちゃって転びそうに…
「…危ないっ」
「わわわっ」
 とっさに閃那を抱き寄せるけど、崩れたバランスはどうにもならなくってあたしが閃那を抱きかかえつつ尻もちをつくかたちで倒れこんじゃった。
「…っ、閃那、大丈夫?」
「は、はい、私はティナさんのおかげで…そ、そういうティナさんこそ、倒れこんじゃいましたけど大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫、このくらい何でもないわ」
 尻もちをついたときに片手も地面についたけど、まぁ普段鍛えてるしちょっと痛かったくらいで本当に特に問題ない。
「本当ですか? 私のこと支えてくれたりして、そんなかっこよくってやさしいティナは本当頼りになって大好きですけど…」
 すぐ間近で心配そうな表情されて見つめられちゃう。
「本当だってば…っていうか、閃那、近いわよ…」
「いつももっと近くにいるんですから、恥ずかしがることなんてないじゃないですか。あぁ、こんな格好した魔法少女ティナさんがかっこよく護ってくれるなんて、やっぱりこんなの絶対我慢できそうにないです」
 そんなこと言う彼女、あたしに迫るかの様に顔をさらに寄せてくる…!
「ちょっ、お、落ち着きなさい、練習するんでしょっ?」
「そんなのどうでもいいです、そんな格好で誘惑してくるティナが悪いんですから」
 な、何言ってるのよ、本当に…!


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