序章

 ―彼女とはじめて会ったのは、珍しく父に連れられて森の散策へ出かけたとき。
 母ははやくに亡くなり、父も仕事熱心ではあるけれどあたしのことは…子供心でも察することができるくらい、疎んでた。
 だから一緒に散策とか本当に珍しく、でも森では好きにしなさいなんて言われたから、結局一人で歩き回ってた。
 そんな中で遭遇したのは、滅多に人前に現れない猛獣の群れに取り囲まれちゃってた一団…あたしと同い年くらいの女の子と、そのお付きと思われる人たち。
 護衛の人もいたけど、分が悪い様子で…それを、あたしがたすけたの。
「危ないところを、ありがとうございます。とってもお強いのですね」
「べ、別に、このくらい…」
 他の人たちはあたしへ何とも言えない目を向けてきてたけど、その子だけはにこやかな笑顔を向けてきた。

 それが、あたしとアーニャとの出会い。
 今思えば、この出会いは父が意図的に行ったことだったのかもしれないけど、それはもう確認できないし、どうでもいい。
 ともかく後日お城へ招待されたあたしは彼女と仲良くなっていき、お城で暮らして彼女の側にいられる様になったの。
 お城勤めの父もよく様子を見にきたけど、それはあたしのことを気にして、ってわけじゃないってことは解ってた。
「あの忌み子がこんなかたちで役に立つとはな。おかげでやりやすくなった」
 父が一人でいるときそんなこと呟いてたの聞いちゃったりしてたから、あたしがお城にずっといるのを利用して何かしてるんだろうな、って…でも、あたしにとってはそんなのどうでもよかった。
 そんな父だからあたしは家族ってもののあたたかさとかは知らなかったわけだけど、でも大切な親友はいて、その人とずっと一緒にいられたらもうそれだけでよかったから。

 でも、結局そのどうでもいいって思ってた父の行動によって、あたしはアーニャと引き離されることになった。
「じゃ、おやすみ、アーニャ」
「ええ、おやすみなさい、ティナ。また明日」
 いつもみたいに軽く言葉を交わして別れたあたしたち…そりゃ、さすがにお姫さまと同じところで暮らすってわけにはいかないから、別のとこに部屋があったってわけ。
 で、翌朝、そのあたしの部屋へやってきたのは、あたしを捕らえにきた人たち…国をわたくししようとした父のたくらみが露見し、娘であるあたしも捕らえられたってわけ。
 こうして突然、別れの一言とかも伝えられないままにあたしは彼女の前から姿を消すことになったの。

 父が処刑された、ってのを伝え聞いても悲しくならなっかったあたしは、冷たい人間なのかしらね?
 でも、あたしにとってはアーニャとの関係のほうがずっと、とっても大切で、それを引き裂いた父に対しては…彼がどういう思い、考えでああいう行動を起こしたか解んないし今後も解ることはないけど、やっぱり負の感情しか抱けない。
 唯一っていっていい大切な人と引き離されたあたしは、犯罪者の収容される場所へ送られて。
 そういう場所だから、環境としてはお城での生活とはまさに一変、よね…今思えばさらに下があったわけだけど、それは完全な自業自得だから。
 で、収容所っていってもまだ子供だったあたしは同年代な子たちのいる施設へ入れられた。
 集団生活、さらに同年代の子とだなんてはじめてのこと、ただそういう場所にいる子ってこともあって気の荒い子が多く、さらにお姫さまに取り入って国を滅ぼそうとした、なんてことにされてたあたしは他の子からかなり目の敵にされた。
 不快ではあったけど父のしたことを思えばしょうがなかったし、それにアーニャ以外の人に何と思われようがどうでもよかったから言葉は気にしないでおいたし、暴力も…まぁ、痛くなかったしね。
 ただ、あたしもやっぱ子供で…アーニャとお揃いの指輪を見つけられて、罵られながらそれを取られそうになったとき、我慢できなくなっちゃった。
「あんたたち…これに触るなっ。これはあたしとアーニャの…大切な、想い出なんだからっ」
 そう叫んだとき、怒りで力が抑えられなくなって…あたしを取り囲んでた子たちをその力で吹き飛ばしてしまった。
 さらに手に光の剣を出し、吹き飛び倒れた子たちへ向けたけど…怯えた様子にもなってたその子たちを斬るってのはさすがにできなくって、でも怒りは抑えられなくって、剣を振るって建物を破壊、そのまま勢いで空へ向け飛んでその場を後にしちゃったの。

 そんなことしちゃったものだから、もう国にはいられなくなって。
「アーニャ、せめてもう一目会いたかったけど…ごめん。もしも何か大ごとがあったら戻ってくるけど、そんなのまずないだろうし…その、幸せになって、ね」
 お城のはるか上空、届かない別れの言葉をかけて…あたしはその場を、そして国から飛び去った。

 国の外へ出ることは禁忌とされてて、そもそも国の周囲は果ての見えないほどの大海原に包まれてたから、外へ出たのはあたしがはじめて、ってくらいだったかもしれない。
 でも、その大海原の先の先には国よりもずっと大きな陸地がいくつもあって、そして人間の姿も見られた。
 ただ、その人たちはまだ国っていえる単位でまとまったりはしてなくって、そしてかなり素朴な生活をしてたの。
 外見にも大きな違い…頭の上にある耳が外の世界の人にはなく、それに言葉も解らなかったりしたから、外の世界を回りながらもあたしは誰とも接することはなかったの。

 ―家族なんて元からいないみたいなもので、唯一の大切な人とも引き離されて、居場所すらなくなって。
 このまま一人で世界を回って、それで何になるのか…あたしは、この先何のために生きてくのか。
 あの子にもしものことがあったときのために生きてく、そうなんだ、って自分に言い聞かせて。
 でも、多分もう二度と会えない…それどころか、誰とも接することなくずっと、ずっと一人でいなきゃいけない。
 これがあたしの運命だって、それは解ってる…解ってるけど、やっぱり、さみしいわよ。
 どうしようもないけど、でも…さみしいって感じて、当たり前でしょ?


    (序章・完/第1章へ)

ページ→1

物語topへ戻る