翌朝。
 目が覚めたあたし、昨日までだったらそのまま部屋で雪乃さんがくるのを待ってるとこだったんだけど、今日からはその彼女たちと一緒に食事をすることになってる。
 それにちょっとはやく目が覚めたし、体調も普通に動く分には問題なくらいにまでなってたから、雪乃さんが用意してくれた寝間着から着替えて部屋の外へ出る。
 ちなみに、服のほうは雪乃さんが気を利かせて、あたしが元々着てたのを何着か複製しててくれてそれを着てる…ただ、この世界じゃちょっと浮いた感じになっちゃうらしくってこれから先は考えたほうがよさそうだけど、今はとりあえずってことで。
 廊下も静かなものだけど、ちょっと物音が耳に届いたりまだ暗い中で明かりが漏れたりしてたからそっちへ行ってみた。
「あ、雪乃さん、おはよ」
「ティナさん、おはようございます。今朝はおはやいのでございますね」
 そこは台所で、料理をしてた雪乃さんに声をかけると笑顔で返事がくる。
 いいにおいがしてきたりとおなかがすいちゃうけど、見たところ料理はまだ完成してない。
「えと、もしよかったらあたしも何か手伝おっか?」
「ありがとうございます、けれど大丈夫でございます。ねころ、叡那さまや皆さんのためにお料理をするのが大好きでございますし、それに今朝からはティナさんもご一緒にお食事してくださる、このことが嬉しゅうございますし…それまで、ゆっくりお待ちになってくださいまし」
 本当に幸せそうな微笑まれしかも頭の上の耳を大きく揺らしながらあんなこと言われては、うなずくしかない。
 まぁ、数年間一人で旅してきたとはいえあたしの料理の腕は食べられればいい、程度だからどのくらい手伝えたかは解んないけど。

 玄関から外に出ると、ちょっとだけ冷えた空気で適度に身が引き締まった。
 時間はもう朝のはずだけど空はまだ暗く、どうもこの気温でここは冬らしい…南国なのかしらね?
 と、お社の前あたりから空気をより引き締めてくる気配を感じたからそこへ行ってみると、そこには手にした片刃の剣を振る九条さんの姿があった。
 表情一つ変えず、全く無駄のない動きで剣を振る彼女の姿はまるで華麗な舞を見ているかの様で…昨夜の舞といい、ものすごく凛としてて画になる。
 それに、一応あたしも、実体のじゃないにしても剣を使うから…動きが違うにしても、彼女がものすごい実力だってことはよく解る。
「ティナさん、おはよう。どう、されたのかしら?」
 だからしばらく様子を見てたんだけど、九条さんが動きを止めて声をかけてきた。
「あ、う、うん、おはようございます。いや、特に何かあるってわけじゃないけど、剣を振ってる九条さんがいたから、気になって」
「そう…刀の稽古は、毎朝の日課の様なものだから」
 あの独特の鋭さを持った片刃の剣は刀っていうらしい。
「稽古、か…えと、あたしもここでそういうのして、いいですか?」
「ええ、構わないわ。貴女の力が戻ったら」
 まぁ、今はまだ無理できないか…あんまり何もしない日が続くと腕がなまっちゃいそうだけども。

 そんなことしてるうちに空も明るくなってきて、そして雪乃さんがあたしたちを呼びにきたから家の中へ戻る。
「叡那、それにティナもおはよ。ふぅん、ティナも一緒に食事することにしたんだ」
 その一室には大きめの、でも高さは低いテーブルがありその上に四人分の料理が並べられてて、すでに冴草さんが席についてた。
「まぁ、邪魔にならなさそうならそうさせてもらおうかな、って」
「あによ、誰も邪魔になるとか言ってないし、こっちははやく食事したいんだからさっさと座りなさいよね」
 九条さんと雪乃さんも座ってくけど、床に敷かれた正方形の布地みたいなものの上に座ればいいみたい。
 昨日まで布団に入った状態で食事させてもらってたときは脚を伸ばしてたけど、こういうときは膝を折って座るみたいね。
 実際にそうしてみて座ってみるけど、これは足がしびれそうな気がする。
「ティナさん、大丈夫でございますか?」「慣れていないでしょうし、足を崩してもらっても構わないわ」
「だ、大丈夫大丈夫、それより食事にしよ?」
 こういうのにも慣れなきゃいけないし、それにせっかく雪乃さんが作ってくれたごはん、ちゃんと食べなきゃね。
 で、各々食事を取りはじめて、やっぱり料理はおいしいんだけど、あたしがスプーンやフォークを使ってるのに対して、他の三人は箸っていう二本の棒を使って器用に食事してた。
 あたしは慣れてない、っていうよりはじめて見る、ってことでそれは使わなかったわけだけど、ちゃんと使える様になったほうがよさそう。
 それはそうと…こういうの、久しぶりね。
「ティナ、何か嬉しそうね。ねころさんの料理はおいしいから当然っていったらそうだけど」「えと、そんな…少し恥ずかしゅうございます」
「えっ、いや、雪乃さんの料理がおいしいってのももちろんあるけど…こうやって誰かと食事するのが、本当に久しぶりだったから。こんなあったかいものだったのね…あっ、い、い、いや、別に何でもないからっ」
 恥ずかしいこと言っちゃって少し赤くなっちゃったけど、そう感じたのは本当。
 国を出てからの数年間はずっと一人、しかも野外でありあわせのものしか食べてなかったし、こういうのってアーニャといたとき以来か…。

 食事の間、九条さんは全然変わらない様子だったものの、雪乃さんがやさしげな、冴草さんが冷やかすみたいな視線向けてくるのが恥ずかしかった。
 食後、やっぱり足がしびれちゃって少し立てなかったけど、それからあたしは九条さんに連れられて別の一室…本棚に本がたくさん収められた書庫にやってきた。
「貴女がこの先この時代で生きていくならば、まずは必要最低限の知識を身につけておかなければね」
 なるほど、だからここにある本で勉強しなさい、ってことか。
「…これを、読んでみなさい」
 納得してると一冊の本を差し出された。
「あっ、うん、えっと…」
 何か重要なことが書かれた本なのかなって、受け取ってまずは表紙、それからはじめの数ページに目を通してみる…んだけど。
「…何これ、全然読めない。っていうか、字が解んない」
 全然見たこともない文字が使われてて、何にも理解できなかった。
「そうでしょうね。ここにある本のほとんどは、今のこの時代、この国で使われている文字で書かれている。当然、貴女がいたという、数万年前にあったという国で使われていたものとは別の文字ね」
 あぁ、そっか、そのあたりは当然そうなっちゃうのか…あれ?
「待って…でもあたし、こっちの世界にきてからも普通に話せてる。何で?」
 今の今まで気づかなかったけど、そうよね…あっちにいたときも、国の外の人間の言葉は全然解んなかったのに。
 もしかして、文字は違っても言葉は同じ、とかいう偶然が…?
「門を通ってここへやってきた人は、ここの言葉を話せる様になる」
 …まぁ、実際はそういうことで、そこまでの偶然はさすがにないか。
「ただ、文字までは自動認識できないから、理解したいならば自ら学ぶしかない。ティナさん、貴女はどうしたいかしら?」
 うわ、これは大変そう…だけど、本当なら言葉も通じないはずなんだし、それに較べれば絶望するほどじゃない。
 それに、あたしは…アーニャが生命を懸けて送ってくれたこの世界で生きるって決めたんだ。
「もちろん、学びたいです。文字も、それ以外のことも、できる限り」
 だから、あたしは九条さんの言葉に力強くうなずいたの。


    (第2章・完/第3章へ)

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