あたしのことを生命を懸けてたすけてくれたアーニャ。
 彼女は、叶うならば遠くで見守ってるって言ってた…現実にそんなことあるのかは別にしても、あたしは彼女に見られても恥ずかしくない様に、そしてこの世界で生きてかなきゃいけない。
 そう…だけど、その決意を固くする前に、最後に一つだけ確認しておきたいことがあったの。
「雪乃さん、九条さんってどこにいるか解る?」
 その日の夜、夕ごはんを取った後、それを持ってきてくれてた雪乃さんにそうたずねる。
「叡那さま、でございますか? 今でしたら、お社にいらっしゃるはずでございますけれども…」
 この家のそばにある建物がお社っていって、神さまを祀ってる場所だそう?
「そっか、ありがと」
「…あ、あの、ティナさん。お身体の調子もよくなってきたことでございますし、明日からはねころたちと一緒にお食事をいたしませんか?」
 立ち上がって部屋を後にしようとしたあたしに雪乃さんがそう声をかけてきた。
 彼女が本当にあたしに親近感なんて覚えてるのかは解んないけど、確かにこのままってのは、余計な手間をかけさせたりしてよくないわよね。
「うん、今から九条さんと話してくるから、その後で決めるわ」
 ただ、これからしにいく話によっては、ちょっとどうなるか解んなかったりする。
 で、家を出てお社に行ってみるけど、外はもう真っ暗で家とお社から漏れてくる明かりはあるものの空の星々はよく見えて、それはあたしがいた世界で見たものと変わらない様に見えて、やっぱりここは星としては同じってことなのかしらね。
 お社は石で敷き詰められた道の先にある、木でできた建物…その両開きの扉をゆっくり開けて、中へ入ってみたんだけど。
「…うわ、すごい」
 その中で見た光景に、あたしは思わず足を止めてそう呟いちゃう。
 お社の中は少し広めの空間になってて、神さまを祀る場所らしいだけあって奥には祭壇っぽいものがあったりと神秘的な雰囲気。
 でも、もっと神秘的な雰囲気を出してたのは、その前にいた九条さん…彼女はそこで一人舞っていたのだけど、それは目を奪われるほどの凛とした美しさで、あたしは声をかけることもできずただその様子を見守ってた。
 やがて、彼女が舞い終えると、彼女を中心にあたりを淡い光が包み込んだ?
「…ティナさん。何か、ご用かしら」
 その声にはっとすると光はすでに消えてて、彼女がこちらへ鋭い視線を向けてきてた。
「あっ、う、うん、その、ちょっと聞きたいことがあって」
 いけないいけない、しっかりしなきゃ。
「ええ、何かしら」
「えっと…あたしが元いた時代に戻ることって、不可能なの?」
 そう、この世界で生きてくって決意する前に、これを確認しておきたかったの。
「ええ、不可能よ」
 一言の元に断言されてしまった。
「えっと、どうして? そんなことするにはあたしじゃ力が足りないから?」
「いえ、貴女のいた時代と現代とで、あまりにも時間が空きすぎている。そこが最大の問題」
 時間移動を行う際、移動したい時代までの間隔が長くなればなるほどぶれが大きくなっていって、行きたいって望む時間があっても正確なその日時にたどり着くことは困難になるという。
 もちろん、そもそも時間移動を行う力や術を持ってる人自体まずいない、あと過去へ遡るのは歴史改変とか並行世界発生とかっていう問題が生じかねないから見過ごせない、ってことだけど…そっか。
「じゃあ、もしもあたしに元の時代に戻る術があったとしても、正確に戻りたい時間に戻ることは無理、なのね?」
「ええ、数日から数週間程度の誤差が出るでしょうね」
 もしあの出来事の後に戻るなんてことになったら、何の意味もない。
 前に戻ったら…あの子は守れるかもしれないけど、あたしが二人いるっていう意味の解らないことになっちゃう。
 あたしが消えた直後に戻れればもしかすると、って思ったんだけど、その方法とか以前のことってことか。
「…そっか」
 目を閉じて、大きく深呼吸…うん、よし。
「…うん、解った、ありがと、九条さん。それで、お願いしたいことがあるんだけど」
「ええ、何かしら」
「あたしを、しばらくここに置いてもらいたいの」
「それは、そうして構わないとすでに伝えたはず」
「うん、そうなんだけど、改めてお願いしたくって…あと、ここであたしができることとかあったら、遠慮なく言って。何でもするから」
 何もせずにいさせてもらうだけ、っていうのは気が引けるから。
 それに、あたしは…この世界で生きてく、そう決めたんだから、できることからしてかないと。
「そう、ね…では、まずは一つだけ」
「あっ、うん、何なに?」
「食事は、私たちと一緒に取りなさい。ねころが、それを望んでいるから」
「…って、う、うん、それはいいけど、そういうのじゃなくって」
 雪乃さんが言ってきたのと同じこと言われちゃったけど、肩透かしを受けた気分。
「焦ることはないわ。この世界で貴女が生きていくならば、必要なことはたくさんあるから…しばらくは、それを身につけていけばいい」
「あ、ありがと…でも、どうしてそんなやさしくしてくれるの? 九条さんが、門を守る役目を持ってるから?」
「…門? エリスさんから聞いたのかしら…別に、それは関係ない。ただ貴女をそのままにしてはおけないと思ったから、それでは不足かしら?」
「う、ううん、そんなことは全然…!」
 全然変わらない声音や表情だけど、やっぱり内面はやさしい人なのね。
「それに、ねころが貴女のことを気にかけているから。ねころに心配をかける様なことはしないで…よい、わね?」
「う、うん、解った…!」
 そんなことを言う彼女の声や視線が明らかにさらに鋭くなってて、あたしはびくってなっちゃったの。


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