第六章

 ―今みたいな日々がはじまるまで、あたしは何年も一人で過ごしてきた。
 その多感な時期を一人で過ごしてしまったから、その間もちろん誰の影響を受けるってこともなくって。
 そんなせいか、趣味は何かってたずねられても、その前から日課にしてた剣の練習、というくらいしか答えられなくって。
 じゃあ、それなら…友達がいなくって一人でいた、って言ってたあたしの大切な人。
 彼女は誰にも影響されずに今の熱心になれる趣味を持ったのかしらね…?

「うぅ、ティナさーん…疲れました〜」
 ―夕食を終えて、明日は休日だから学生寮じゃなくって叡那さんの家な自分の部屋へ戻るんだけど、扉を閉じるなりあの子が抱きついてきちゃった。
「ちょっ、閃那ってば…もう、別にそこまでじゃなかったでしょ?」
「そこまででしたよー! だって、テスト期間が終わるまで甘えるの禁止、とかティナさんが言い出すんですもん…本当、つらかったんですから」
「当たり前でしょ、せっかく学校入ったんだから、ああいうのはちゃんと勉強して万全にしとかなきゃダメでしょ」
 そう、つい今日まで中間テストっていうのを集中して行う日になってて、その数日前からちゃんと勉強するために彼女にはそう言い聞かせてたの。
 ま、それも今日の午前中で終わって、午後はあの子もアルバイトあったから、テスト期間が終わってからはじめての二人きりな時間になったわけで…。
「もう、ティナさんはやっぱり真面目なんですから…」
「真面目なんかじゃないってば。ただそうしないとついてけないし、それにやっぱ学校入ってるんだからちゃんと頑張らなきゃ、ってだけよ」
 特に、身体を動かすほうは学校じゃ頑張るどころか手を抜かなきゃいけなくってつらいしね…。
「それが真面目だっていうんですけどね…でも、そんな頑張り屋さんなティナさんのことも、やっぱり好きです」
「も、もう、うっさい…!」
「えへへ〜…久しぶりのティナさん分、もっと補充させてください」
「な、何意味解んないこと言ってんのよ…」
 あの子、あたしにほおずりしてきちゃったりして。
 ま、この数日は一緒にいても勉強ばっかしてたし、寝るときにも特に何もしなかったから、こうなっちゃう気持ちも解るけどね。
「ティナさん、大好きです〜」
「もう、しょうがないんだから…お疲れさま、閃那」
 甘えてくる彼女がとってもかわいくって、やさしくなで続けてあげるけど…うん、これ、あたしの心も癒されてくわ。

 しばらくそんなことして、お互いにテストで疲れた気持ちを癒しあって。
「じゃ、今日からまたアニメ観たりしてもいいですよね」
「ん、ああ、もちろんいいけど」
 それが一段落して身体を離したところでそんなやり取り…この数日はそっちも我慢させてたものね。
「わーいっ、じゃあさっそく…」
 いそいそと机の上にパソコンを出したりするあの子だけど、その動作とかもいちいちかわいく感じられちゃうのよね。
 はじめて会ったときなんかは、むしろ叡那さんとかに近いクールそうな印象受けてたのにね…もちろん今でも彼女の見た目は変わってないはずなのに、不思議なものね。
「…ティナさん? どうしました?」
 気づくと、彼女が作業の手を止めてこっち見てきてた。
「…へ? どうしたって、何がよ?」
「いえ、さっきからティナさんの熱い視線を感じて…私に見とれたりしてました?」
「うっ…そ、そうよ、悪いっ?」
 つい変な返事が出ちゃったけど、でもその通りでもあったし…あぁ、もうっ。
「えっ、わっ、ティ、ティナさんったら…! 恥ずかしいですけど、でもとっても嬉しいです…」
 あの子も慌てながらも赤くなって微笑んだりして、かわいいんだから…じゃなくって!
「う、うっさい! そ、それより、何か観るんならさっさとすればっ?」
「ツンデレティナさんもかわいいですねぇ…。でも、ここまで準備したんですしまずはアニメ観ますかね」
 変なこと言われちゃったけど、ひとまず彼女も元の目的に戻って一安心。
「今日は何を観ましょうかね…あ、この間観たやつの第二期を観ようと思うんですけど、ティナさんもご一緒にどうですか?」
 と、準備を終えた彼女がそう声をかけてきた。
「ん、それって…えっと、あの魔法少女な話のやつ?」
「はい、それです。その続編その一を観ようかなって思いまして」
 あたしが彼女へ趣味を聞いた日に観させてもらったアニメ…あたしに似た力を使う魔法少女って呼ばれる子が主人公なお話なんだけど、その後数日かけて最終話まで観させてもらったの。
 そこできれいに完結してるみたいに見えたんだけど続きがあったのか…しかも『その一』ってことは一つだけじゃないってこと?
「そうね、閃那がそう言うなら観てみようかしらね。なかなか面白かったし」
「あっ、本当ですか? わーいっ、嬉しいです…この作品はティナさんと一緒に楽しめそうですね」
 無邪気に喜んだりして、やっぱりかわいいんだから…でも、そういえば気になってきた。
「閃那ってあんまりあたしと一緒にアニメ観ようとしないわよね。やっぱ、一人で楽しみたいものなの?」
 そう、あたしが彼女と一緒に観たのはあの一作品だけ。
 彼女は他にも色々観てはいるんだけど、そのときにはヘッドフォンっていう外に音が聞こえないものをつけたりしてて、あたしを誘ったりはしてこないの。
「えっ、ティナさん、私と一緒にもっとアニメ観たいですか?」
「ん、いや、どうだろ、閃那が誘ってきたら断らないと思うけど。閃那のことだからもっとあたしと一緒に観たいとか言ってくるんじゃないかって思ってたけど、そういうの全然なかったから意外かもって…だから一人で楽しみたいんじゃないかって思ったわけだけど、違うの?」
「あ〜、それはですね…そりゃ、私だって大好きな人と一緒に好きなものを楽しみたいです。でも、あんまり急ぐのもよくないかな、って思って…」
「…ん? どういうことよ?」
「えーと、あんまりぐいぐい勧めて引かれちゃったり、初心者のティナさんに濃いものを観させて引かれちゃったりしないかって思うと、怖くてなかなか…」
 ちょっともじもじした様子でそんなこと言われちゃう。
「何言ってんのかよく解んないとこもあるけど…つまり、慎重になってたってこと?」
「まぁ、そんなとこです…他の人にアニメとか勧めたりするなんて、今までなかったですし…」
 あぁ、そっか、だから色々不安になっちゃったってことか…趣味をなかなか言い出せなかったのと同じってわけね。
「そうね、色んな内容のがあるだろうし、あたしにも合うものやそうじゃないものはあるだろうけど…ま、閃那と同じことして過ごす時間は嫌いじゃないし、そこまで深く考えなくってもいいんじゃないかしらね」
「ティ、ティナさん…」
 彼女、うるんだ目でこっち見てきて…あ、この流れは、何とかしないと。
「と、とにかく、何か観るんでしょ? 一緒に観てあげるわよ?」
「は、はい、そうですね…ティナさん、隣にきてくださいよ」
 話を修正したのにあんなこと言われちゃって…断るのも変だから、彼女の隣へ腰かけた。
「ティナさん…えへへ〜」
 で、彼女はあたしに甘える様に身を寄せてきた…かわいいし、このくらいならいいか。
「ティナさんと一緒にアニメ…これからもお誘いしていいですか?」
「ん、そうね、別にいいけど」
「わぁい、ありがとうございます…大丈夫です、あんまり濃そうなのは一人で観ますし、一緒に観るのでも内容に引いちゃったりしたら遠慮なく言ってください、それはそれで参考になりますから」
「そ、そう、解ったわ」
 実のところ何言ってんのかちょっとよく解ってないとこもあったけど、うなずいておいた。
 ま、あれよね、多分お話の感想とかは閃那に遠慮せず感じたままに言ってね、ってことよね。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4/5

物語topへ戻る