そう、そのときはそう思ったんだけど…。
「うぅ、ティナさん、今日中には帰ってきますから、さみしがらないでくださいね…?」
 お休み初日の朝食後、境内であの子がさみしそうにそんなこと言ってくる。
「それはこっちの台詞じゃないの…焦って事故とかあってもいけないし、無事帰ってきなさいよね」
「は、はい、じゃあ…いってきますね」
「ん、いってらっしゃい」
 あたしへ口づけしてきちゃう彼女だけど、身体を離した瞬間光に包まれて…それが消えると、彼女の姿も消えてた。
 自由に時間を行き来できる彼女、今日は用事があるからって元いた時代に帰ってったの…戻ってくるのを今この次の瞬間にすればいい気もするんだけど、自分だけ歳を取っちゃうとか会えない時間ができちゃって不公平だとかいう理由で、向こうで過ごしたのと同じ時間だけ先の時間に帰ってくるんだって。
 ま、気持ちは解るしそれはいいんだけど、閃那のいない時間、か…お社のお仕事だけってのもあれだし、あることをやってみることにした。

「ティナってばそんなとこで座って何してるのかと思ったら…落書き?」
「う、うっさいわね、覗かないでよ…」
 よく晴れて陽射しが暑いくらいだったから境内側の木陰に腰かけて…どのくらいたったかしらね、隣に歩み寄ってきてたエリスさんがあたしの手にしてたノートをのぞき込んできてた。
「別にいいじゃない、でも何それ?」
「…社殿、のつもりなんだけど。あぁ、全然見えないって突っ込まなくってもいいから、そんなの自分でも解ってるし」
 苦手だ下手だですませたくないから絵の練習してた、ってわけ。
「一応教科書とかも参考にしたけど、うまくいかないものね…」
「絵は、ね…才能もあると思うし、無理して描こうとしなくていいんじゃない?」
 才能、ですませるのって何か嫌なのよね…そこまで上手になりたいってわけでもないんだけども。
「エリスさんは絵とか上手なの?」
「え、私? 私は見る専門ね、最近特に」
 楽しそうに笑ったりして、そんなに見てて楽しい絵とかでもあったのかしらね。

「ティナさん、ただいまっ。さみしくありませんでしたかっ?」
「おかえり…って、ちょっ! さ、さみしかったのはそっちでしょ!」
 夕方、剣の稽古を終えて一息ついてたらあの子が帰ってきたんだけど、会うなり抱きついてきちゃった。
「さみしかったですよー! でも、またこうして会えましたからいいんです…えへへ〜」
 甘えた声出したりして、かわいいんだから。
「わ、解ったから離れなさいってば…! もうすぐ夕ごはんなんだし、誰かくるかもしれないでしょっ?」
 あたしもできれば抱きしめ返してあげたかったんだっけど、前みたいなことになるのもあれだからね…。
「ぶぅ、しょうがないですね…もっとティナさんの感触やにおいを堪能したかったんですけど」
「んなっ…さ、さっさと離れなさいっ」
「恥ずかしがり屋さんなんですから、ティナさんは。そんなティナさん、私がいない間は何して過ごしてたんでしょう…まさかずっと神社のお仕事してた、とかないですよね?」
 身体を離した彼女はじっとこっちを見つめて、まるでそうしてたら悪いみたいじゃない…。
「いや、ちょっと絵の練習とか…」
「わぁ、そうなんですかっ。よければ見せてくださいっ」
「…い、いや、やっぱものすごく下手だし、見せるのは恥ずかしい」
 あんな目を輝かされたりしたら余計見せづらいってば。
「んー、残念です。ちなみに絵を描くの、楽しかったですか? 好きになれそうでしたり?」
「…へ? そ、そうね…悪いけど、そこまでじゃなかったかな」
 閃那は絵を描くの上手だから好きなのかもしれず、正直に答えていいか迷ったけど、変に喜ばせて後でがっかり、ってのもあれだものね。
「そうですか、う〜ん…」
 がっかりされるかと思ったんだけど、あの子はそういう様子じゃない雰囲気で考えこんじゃった。
「…何よ、どうしたの?」
「じゃあティナさん、明日は歌とか歌ってみませんか?」
「…へ? ま、いいんだけど、どこでそんなことするのよ」
「それは任せてください、いい場所がありますから」
 随分唐突な提案だったけど、まぁああ言うならね…歌も練習しないといけないって思ってたし。


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