第五章

 ―はじめてのことばっかりな学校生活も、一ヶ月もすればだいぶ慣れてきて。
 色んな授業はどれも興味深かったけど、机に座ってってだけじゃないのも結構あるのね。
 それは例えば料理を作ったり、裁縫したり…勉強ってのは将来の生活に役立てるためのものなんだから、そういうのあるのも当然か。

「…はぁ、さすがにちょっとダメ過ぎね」
 ―で、そういう実技みたいな授業をまた一つ終えたんだけど、専用の教室からいつもの教室へ戻る中でため息が出ちゃった。
「しょうがないですよ、ティナさん今まで楽器なんて触ったことなかったんですよね?」
「それはそうなんだけど…でも、できないってのは悔しくなっちゃうものなのよ」
「負けず嫌いなティナさんも好きですよ」
「う、うっさいわね…」
 歩きながら閃那とそんなこと話すんだけど、ついさっき音楽って授業で楽器、今日はピアノってのだったけど、それの演奏をすることになったわけ。
 でも、あたしは今までそんなの触れたこともなかったし、さらに楽譜ってものの見方も解んなくって、要するに何にもできなかったってわけ。
「また勉強しなきゃいけないこと増えちゃったわね」
「ティナさんは真面目ですねぇ…演奏に関してはできなくっても問題ないと思いますよ」
「閃那はそこそこ弾けたからそんなこと言えるのよ、いいわね」
「ちょっとだけ似た楽器をやってみたことあるだけです」
 ま、経験は大事よね…あたしの元いた時代には音楽はあるにはあったけどあんな楽器なかった気がするし。
「歌ってのも、今までそんなことしたことなかったから全然だったし…はぁ」
 この間の授業で一人ずつ歌声を、ってのがあったことを思い出してまたため息出ちゃった。
「それも経験ですって、ティナさんは歌いかたを知らないだけで練習すればうまくなると思います」
「そうかしらね…閃那はちゃんとやれるからそんなこと言えるんじゃない? いい歌声だったわよ」
「あ、ありがとうございます…えへへっ。でも私なんてアサミーナとか彩菜さん…あ、今ちょうど生徒会長をしているかたですけど、とにかくそういうかたがたに較べたら全然です」
 歌自体はあたしが元いた時代にもあって、アーニャの歌もよかったけど、あたしはそういうことしなかったからね…。

「こ、これは我ながら酷いわね…はぁ」
 で、別の日、別の授業でまたため息が出ちゃった。
 そんなあたしの前には、キャンバスっていう台に立てかけられた大きめの紙、そこに描かれたのは閃那…のはず、なんだけども…。
 今は美術の授業で、ペアになってお互いを題材にした絵を描いてみるってなってるんだけど…まぁ、音楽のときと同じことになってるってわけ。
 絵なんてそんなの、今まで描いたことないんだししょうがないでしょ…。
「…はぁ、自分で情けなくなってくる。ごめん、閃那」
 ただ、描いた対象が対象なだけに、あまりの不出来に悲しくなってくる。
「ん〜、確かにこれは…ですけど、ティナさんが私のこと描いてくれたんですから、十分です」
 完成した絵を見せ合うわけだけど、かなり気遣われちゃった。
「閃那がそう言うならいいけど、それであんたのほうは…んなっ?」
 彼女が描いた絵も見せてもらったんだけど、その瞬間言葉を失っちゃう。
 いや、だって…
「何よ、これ…ものすごく上手、っていうかきれい…」
「そ、そうでしょうか…ありがとうございます」
 彼女の絵は、あたしのとは比較するのが失礼すぎるってほどのもの、ではあるんだけども…。
「ただ…これ、誰よ?」
「…はい? ティナさんに決まってるじゃないですか」
「いやいや、あたしはこんなかわいくなんかないはずだってば」
 そう、その絵に描かれた人はあたしのものとは別の意味で対象とはかけ離れたものだったの。
「何言ってるんですっ! こんなんじゃまだティナさんの魅力を全然描けてないくらいですよっ」
「ちょっ、そ、そっちこそ何言って…!」
 まさかそこまで力説されるとは思ってなくって少し驚いてしまう。

「閃那さまの描かれた絵、素敵でした」「ええ、とってもお上手なうえティナさまのものだったのですもの、感動的ですらありましたわ」
 美術の授業が終わって休み時間、教室へ戻るとクラスメイトたちがあたしたちを取り囲んでそんなこと言ってくる。
「ありがとうございます…ほらティナさん、皆さんもああ言ってます」
「え、ええ…」
 あたしのことは美化され過ぎだけど、上手だってのは確かだったしね…曖昧にうなずいておいた。
「閃那さまは芸術家肌なかたでしたのですね」「完璧そうでそこが抜けているティナさまの穴をよく埋めていらっしゃいますわね」
 褒めてるのかよく解んない言葉にあたしと彼女は顔を見合わせてちょっと苦笑しちゃう。
 ちなみに、あたしと閃那はクラスの中でもかなり浮いた存在になっちゃってて、みんな「さま」付けで呼んでくる…叡那さんもそうっぽいんだけど…。
「閃那さま、ぜひ美術部へお誘いしたいですけれど…いけませんわね」「カフェテリアもありますし、それにティナさまとご一緒のお時間を削ってはいけませんもの」
 で、そんな風に気を遣われたりしちゃう。
 こんな風になったのって、やっぱりあたしたちが叡那さんとねころ姉さんの妹ってことで特別に見られてるってのが大きそうで、元いた時代で似た理由から特別視されてたっぽい閃那はいい気分しない…かと思ったりもしたんだけど。
「カフェテリアは明日からしばらくお休みですけど、開店してるときはぜひいらしてください」
 笑顔でそう答えてたりと彼女にそういうこと気にしてる様子は全然見られなくって、これはあれかしらね、今はあたしが一緒にいるから、とか…うぬぼれすぎかな。
「明日からゴールデンウィークでしたね」「皆さま何かご予定は?」「ええ、わたくしは…」
 あの子の言葉をきっかけに別の話題になるけど、明日からは祝日とかが重なっていつもより長い…一年に三回あるらしい長いのよりは短いもののでも十分長い休日になるっていう。
 休みが長くなると学生寮で生活してる人も実家に帰ったりすることが多くカフェテリアもお休みにする、ってわけね。
「閃那さまとティナさまは、ご予定ありますか?」
「そう、ですね…特に決めてはいないですけど、もちろん一緒にいます」
 彼女の返事にみんなが歓声を上げたけど、まぁそれは確かかもね。


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