用事があるっていう閃那と別れて、あたしは一人学園を後にする。
 学園の外はあまり大きくない、でもきれいに整備されて静かでいい雰囲気の街になってる。
 ただ、あたしの目的地はちょっと離れてる上に今は一人だから…誰もいない場所で力による膜を張って周囲から姿を見えなくしたうえで空を飛んでいくことにした。
 空から見ると、広い敷地を持つ学園を中心に町があり、その周囲を山々が取り囲んでいるのがよく見て取れるけど、あたしが向かうのはその町から結構離れた山の中。
 空からだと森にも見えちゃう場所へ降りたつと、そこは厳かな空気の漂う神社。
「あっ、ティナさん、おかえりなさいまし」
 と、膜を解除して一息ついたとこでこえがかかってきた。
 見ると、お社の社殿から少し離れたとこに建ってる家の玄関口に一人の女の人の姿。
 あたしより少し背の低い、でも閃那の言うところのスタイルはいいと思う身体をメイドって呼ばれる人の服で包んだ、穏やかな雰囲気をした人。
「あ、ねころ姉さん…ん、ただいま」
  その人…雪乃ねころさんは確かにあたしのによく似た耳が頭にあるんだけど、実の姉妹ってわけじゃない。
 あの学校へあたしが通うってなったときに「雪乃ティナ」っていう彼女の妹ってことになったわけなんだけど、突然現れたあたしを本物の家族として見てくれてるの。
「お昼ごはんはもう取られましたか? 閃那さんの分も、ねころがお作りいたしますのに…」
「ありがと、でも気にしなくっても大丈夫だから、気持ちだけ受け取っとくわ」
 彼女は本当にやさしい人なんだけど、それに甘えすぎるってのはよくない。
「そう、でございますか…」
「あ、いや、でも夕ごはんは食べてくから、楽しみにしてるわ」
「は、はい、ありがとうございまし」
 いや、お礼言うのはこっちのほうよね…あの様子見てると遠慮しなくってもいいんじゃ、って思えちゃうわけだけど、ダメダメ。
「それで、ティナさんはこれからお社のことをされるのでございますか?」
「ん、そうね、これからも一応放課後は夕方までそうするつもりだから」
「そんな、お気になさらなくっても大丈夫と叡那もおっしゃっておられましたけれど、本当によろしゅうございます…?」
「うん、もちろん。あたしがそうしたいって思ってるんだから」

 ということで、学校の制服から巫女っていわれるお社に務める人の服へ着替えて。
「さて…と。はじめようかしらね」
 改めて境内へ出て、一呼吸…気を引き締める。
 数ヶ月前、あたしがこの時代のここに現れて、この時代で生きてくって決めて、身体の調子が戻って以来、この服を着てお社のことを手伝ってる。
 それは何にもしないでここに置いてもらうっていうのはとか、そういう気持ちもあったけど…今は何だろ、家族のためにできることをしたいとか、そんな気持ちが強いのかも。
 ま、そんな偉そうなこと色々考えたとこで、今のあたしにできることはほとんどなくて、今みたいに境内を箒で掃除したりするくらいなんだけどね。
 お社の周囲を包む桜の木々は学校のと較べるとまだあんまり散ってなくって、でもちらほら散りはじめてるからこの先かなり大変になりそうかも。
「…ティナさん。そこまでしっかりと掃かなくとも構わないわ」
 そんなあたしの心を読んだかの声が後ろから届いた。
「あ、叡那さん…でも、本当にいいんですか?」
「ええ。そもそも、ティナさんがこの様なことをしてくださっている、それだけで感謝をしている」
 振り向くと社殿から一人の、あたしと同じ服装をした人が出てきて、そんな言葉を交わしているうちにそばへやってくる。
 あたしより長身でかなり長くてきれいな黒髪をした、そしてものすごく美人ながらかなり鋭い雰囲気の、何よりあたしよりずっと強い力を感じるその人は九条叡那さん。
 このお社の主、っていっていいのかは解んないけどともかくそういう立ち位置な人で、かなり重大、重要な使命を持った人でもある…あたしがここにいるのもその縁から。
「ティナさんは学生寮での生活となったけれど、朝の稽古はもうされていないのかしら」
 うん、そうなる前はここで叡那さんと剣の稽古をしてた…っていうより稽古をつけてもらってた。
「あ、少しだけしてます。お社に戻ってやろうかとも思ったんですけど…」
 叡那さん相手だと自然と敬語になる…何というか、そうしなきゃっていう雰囲気が、ね?
「そう…。彼女をあまり一人にするのもよくないかもしれないし、それでよいのではないかしら」
「そ、そうですね…剣を交わす機会がなくなったのは残念だけど…」
「ふむ…では、今から少し手合わせをしましょうか。ここには昼でもほとんど人はこないし、きたときには解るから構わないわ」
 そう、お社って参拝したりする人がいるっていうんだけど、ここではそういう人見たことなくって、町外れすぎだからなのかしらね…って、それより。
「…へ? いいんですか?」
「ええ、ティナさんがよろしければ、だけれども」
「は、はい、あたしはもちろん…お願いします」
「そう。では…」
 叡那さん、あたしから少し距離を取ると何もない空間から一振りの刀を出してくる。
 あたしも力を込めて左手に光の剣を出す…叡那さんとはこの数ヶ月かなり剣を交わしたけど、やっぱり緊張するわね。


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