彼女も納得してくれたから、遅刻しないですむ時間に学生寮を出ることができた。
「ん〜、今日もいいお天気ですねぇ」
 あの子はそんなこと言いながらごく自然にあたしと手を繋いでくる。
 今の時間、もちろんあたしたち以外にも登校してる人たちがいて、少し恥ずかしい気がしないこともないんだけど…ま、いいわ。
「こうしてティナさんと一緒に学校、しかもこの時代のここへこうして通うことになるなんて、夢みたいです」
「まぁ、そうね…」
 あたしも、閃那と同じ学校、しかも学生寮で同室になるなんて思ってなかったから、確かに夢みたいなことよね。
「閃那は元の時代でもここに通ってたの?」
 彼女は二十年くらい先の未来から今の時間にきてる…んだけど、今の時点ですでに彼女のいる世界とこの世界とで歴史の流れが変わってたりする。
 でも、閃那は別な未来と今の時間とを自由に行き来できてて…かなり特殊な生まれでその影響による力のためっぽいんだけど、ややこしいわね。
「そうですけど、今こうしてティナさんと一緒に通えてるほうがずっと幸せです」
 繋いでる手を少し強く握られたけど、どうも彼女は元の世界での学校ではうまくいってないっぽい様子があるのよね…こっちから聞く様なことじゃないからたずねないけど。
「でも、この時代のここに通うことができてるのも夢みたいなこと、ってどういうこと? 叡那さんたちが学生として通ってるから?」
 この学校に彼女の母親になる人が通ってる…んだけど彼女の未来とはお付き合いしてる人が変わってる、ってのもまたややこしい話よね。
「そうですね、それもちょっと面白いです…うーん、贅沢いえばあと一年早かったりすればなおよかったんですけどね」
「何よそれ、どういうこと?」
「私の好きな声優さんが三月で卒業しちゃってるんですよね…でも、好きな作家さんはまだいますけど」
「…え、え〜と?」
「あっ、ごめんなさい、解りづらかったですよね。つまり、私の時代だと憧れの存在な人たちが今だとここで学生してるんです…あ、お一人は卒業しちゃってますけど」
「ふぅん…」
 彼女のいた未来はこっちとちょっと変わってるっていうけど、それでもこういうのはあんまり詳しく聞いたりしないほうがよさそう。
「…あ、ティナさん、もしかしてやきもちですか? 大丈夫ですよ、好きっていうのはあくまでファンとして、ですから」
「…は? な、な何言ってんのよ、誰もそんなこと考えてないってば」
 あたしの反応を別なふうに受け取られたみたい…全く。
「えぇー、本当ですか? それならいいんですけど…ティナさんは、今の時代でこうして私と学校に通えたりして、幸せですか?」
「何よそれ、そんなの…聞かなくっても、解るでしょ?」
「それでも、ちゃんとティナの口から聞きたいんです」
 もう、またそんなこと言って…恥ずかしいわね。
「そんなの…幸せに、決まってるでしょ?」
 あんなじっと見つめられたりすると、ちゃんと答えるしかないじゃない、もう。
「えへへ、よかったです」
 でも、そんな幸せそうな顔してくれるなら、このくらいちゃんと言ってあげていいのかもね。
 本当…今のあたしの状況なんて、ほんの数ヶ月前までは全く想像もできなかったこと、よね。
 数年間一人で世界を放浪して、その末に大切な親友を国ごとなくしたと思ったら、数万年後の未来だっていうここへ飛ばされてきて…つらいことばかりだったけど、こっちへきてからそれも変わったのよね。
 こんな穏やかで幸せを感じる日々を過ごすのって、いつくらい振りなのかしらね…あたしにはもったいないとか、そんな気持ちになっちゃうくらい。

 そんなあたしたち、他の登校する子たちとともに木造のちょっと古さを感じる三階建ての建物へ向かう。
 そこは明翠女学園の高等部校舎、まだ入学して三日めなわけだけど、これから約三年間ここへ通い続けることになるわけね。
 学校、か…今の時代、数年間はそこにたくさんのひとと一緒に通って勉強する、ってのが普通のことらしい。
 でも、そうなると…大丈夫、かしらね。
「…ティナさん? どうしました?」
「…へ? どうしたって、何がよ?」
 手を繋いで隣を歩くあの子が急にあんな声かけてきたから戸惑っちゃう」
「いえ、手に力が入ってましたし、ちょっと深刻そうな表情してましたから何かあったのかな、って」
 あぁ、いけない、自然と態度に出ちゃってたのか。
「別に大したことじゃないし、気にしなくってもいいわよ」
「…むぅ〜」
 ものすごく不満そうな顔向けられちゃった。
「…な、何よ」
「何よ、じゃないです。私たちは想い合った仲なんですから、不安とかあったら話してほしいです…ティナさんが何かに悩んだりしてるなら、私も力になりたいんです」
「…解ったわよ。なら話すけど、本当に大したことじゃないんだからね?」
 真剣な顔されてあんなこと言われたんじゃ、こう答えるしかないじゃない。
「ちょっとだけね、学校でうまくやってけるか不安になったのよ。あたしって今までこういうたくさんの人と行動を共にするみたいなのって経験ないし…いや、一回だけなくはなかったけど、そこでは失敗しちゃってるし、ね」
 ちょっと嫌なこと思い出しちゃったわね…あそことここは全然違うんだし、ああいうことはないって思いたいけど…。
「結構大したことな気がするんですけど、ティナさんが元いた時代には学校なかったんですね。まぁ、そんなこと言われると私も不安になるところあったりしますけど…でも、大丈夫だと思いますよ?」
 その嫌なことについて深くたずねられなかったからちょっと安心…閃那も何かあるっぽいけどこっちからもそれについては触れないでおこうかしらね。
「何でそんなことが言えるのよ?」
「だって…ティナは、こうやって私と一緒にいるんですから」
 と、彼女、あたしと腕を組んでぎゅっとくっついてきた。
「ちょっ、せ、閃那ってば…!」
「はじめての学校生活、不安になるのも解りますけど、私が一緒にいても…不安ですか?」
「…ううん、そうね。閃那がいるんだもんね、大丈夫よ」
 そう、一人きりだったら不安は消えなかったと思うけど、ここにはこうして彼女がいる。
 ただ…こうして歩いてるのはあたしたちだけじゃないから、こうしてくっつかれると恥ずかしいんだけど。
「えへへ、よかったです」
 でも、そうして微笑む彼女がかわいくって、離れてとか言えなくなっちゃう。


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