第一章

 ―この春、あたし…雪乃ティナは、私立明翠女学園という学校の高等部へ入学した。
 本来二人部屋だっていう学生寮へ入ることにしたんだけど、途中入学の生徒は珍しいらしくって、あたしは一人部屋になったの。
 そう、当初はそのはずで、あたしも入学式の日まではそうだって思ってたんだけども…。

 ―朝、外がまだ薄暗い時間に目が覚める。
 つい先日からまた環境が大きく変わったんだけど、それでもいつもと変わらない時間に目を覚ますことはできるみたい。
 ゆっくり身体を起こすと、まだあんまり見慣れない光景…それもそのはず、この学生寮へやってきてまだ四日なんだから。
 この部屋にはベッドが二つあるんだけど、もう一つのベッドには誰の姿もない。
 でも、部屋にいるのはあたし一人、ってわけじゃなくって…
「う〜ん…むにゅ」
 すぐ隣には、同じベッドで横になって眠ってる女の子の姿。
「…本当、気持ちよさそうに眠っちゃって」
 その寝顔を見てるとかわいくって、そして愛しい気持ちが強くなってきて抱きしめたい衝動に駆られる…けど、もう、何考えてるのよ、あたしったら。
「はぁ、ちょっと気持ち落ち着けなきゃ」
 名残惜しい気もしたけど、まだ眠ってる彼女が起きない様にゆっくりベッドから降りた。
 まだ朝はやいのは確かだし、起こしちゃ悪いものね…ゆっくり眠らせておいてあげよう。

 一人起きたあたしは着替えて、それから部屋の窓から外へ出る。
 ここは二階なんだけど、あたしはそのまま上空へ…今のこの世界じゃ存在しないことになってるみたいだけど、あたしはこういう魔法って呼ばれる力を持ってて、それで空を飛ぶこともできるの。
「…ま、このあたりでいいかしらね」
 少し明るくなってきた空、地上からちょっと離れたところで静止。
 もし地上に誰かいたら見られる可能性はある高さだけど、そこはあたしの周囲にそういうのを防ぐことができる魔法力の膜を張ってあるから大丈夫。
 で、こんなとこにきて何をするか、ってことなんだけど…あたしがこっちの世界へくる前から日課にしてる剣の稽古をしようかなって。
 学生寮へ入る前は毎朝お社の境内でしてたんだけど、こっちじゃそういう場所は…かなり広い学校の敷地のほとんどが木々に包まれた森みたいになってるからそこでしても、あるいはこのまま飛んでお社に戻ってもよかったんだけど、ね。
「…光の剣よっ」
 力を使って左手に光り輝く剣を出す…こういうのが必要なことって今の世界だとまずないかもしれないけど、もしものことがあったときのことは考えとかなきゃ。
 そう…何かあったら、大切な人はあたし自身の力で守りたいから。

「あっ、閃那、起きてたんだ…おはよ」
 窓から部屋へ戻ると、出てく前はベッドで寝てた子が起きてたから声をかけた。
「…おはようございます、ティナさん」
 そう返してくるのはあたしより背の低い、長めの黒髪をツーテールにした女の子…同い年で、そして当初予定になかったこの学生寮でのあたしとの同室になった子。
 目つきがあたしみたいに鋭くってちょっと怖そうな印象を受けそうになるけど、実際はそんなことなくってかわいい…はず、なのに。
「ど、どうかしたの? 何か、怒ってない?」
 ベッドの端に座ってこっち見てる彼女、明らかに不機嫌そうで、その視線もちょっと怖く感じちゃう。
「…別に、何でもないです」
 声もやっぱり不機嫌なうえ、ぷいってされちゃった。
「何でもないって、そんなことないでしょ…本当にどうしたのよ?」
「…解らないんですか? 心当たり、ないっていうんですか?」
 うっ、今度はじと目向けられた…これ多分、いや絶対あたしが何かしちゃったのよね。
「え、えっと…わ、解んない、かしらね…」
 でも、心当たりはなくって、ちょっと気圧されながらそう返すの。
「もうっ、勝手に一人でどこかに行っておいて何にも思わないとか、ひどいですっ」
「…へ? あ、あぁ、そういうこと?」
「私を置いてどこ行ってたんです?」
「いや、剣の練習に…毎日の日課なんだけど、言ってなかったっけ?」
「そんなの聞いてませんっ」
 あれっ、でも昨日は…そうだった、昨日の朝は剣の練習、休んじゃったんだっけ。
「え、えと、ごめん…でも、そんな怒る様なことじゃないと思うんだけど…」
「そんなことないです、朝目が覚めたらティナさんがいなくなってるんですよ? どれだけ心配したと思ってるんですか?」
「うっ、そ、それは…」
 あたしが同じ立場でも心配になったと思うし、返す言葉がなくなっちゃう。
「わ、悪かったわよ、本当にごめん」
「本当に悪かったって思ってるんですか? 言葉では何とでも言えますよね」
「な、何よ…それじゃ、どうしたら許してくれるの?」
 この子が怒ったままなのは嫌だし、あたしでできることなら何でもしてあげたいけど…。
「そうですね、なら…」
 立ち上がった彼女、そんなこと口にしながらこっちへ歩み寄ってきた。
「…私に、おはようの口づけをしてくれたら許してあげます」
 で、目の前で足を止めてそんなこと言ってきて…って!
「…んなっ? く、口づけって、そ、そそそんなこと…!」
「そんな慌てなくっても…夜にはもっとすごいことしてるのに、おかしなティナさん」
「う、うっさい! そ、そんなの、言わなくっても…!」
 昨日の朝に剣の練習できなかったのも、前の日にあんなことをたくさんしちゃったのが理由なわけだけど…あぁもうっ、ちょっと思い出しただけで恥ずかしくなる。
「真っ赤になったりして、かわいい…ですけど、口づけしてくれないんですか?」
「い、いや、だって、そんなの…」
「…ティナさんは私のこと、好きじゃないんですか?」
 間近でじっと見つめられながら、少し悲しそうにあんなこと言われたら…恥ずかしがってる場合じゃ、ないわね。
「そんなこと、ないわよ…んっ」
 目を閉じて、軽く彼女の唇へ口づける。
「…ほ、ほら、これでいいんでしょ?」
 もう、これだけのことでもものすごくどきどきしてきちゃう。
「…ダメです。こんなんじゃ、全然足りません…もっとお願いします、ティナ」
 でも、あの子はそんなこと言うと身体を離そうとしたあたしを抱きしめて、さっきのなんかよりずっと深い口づけをしてきちゃう…!
「ちょっ、せ、せん…ん、んんっ!」
 いきなりのことにあたしは固まっちゃうけど、あの子はさらに激しく唇を重ねてきて…あたしも、ぎゅって抱きしめ返してそれを受け入れちゃう。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4

物語topへ戻る