アーニャのこと、森で出会った少女のこと、あたしをたすけてくれた人のこと、そしてここが一体どこなのか…などなど。
 気になることはあまりに多く、色々考えそうになるけど…それ以上にあたしの身体はかなり限界にきてたみたいで、布団で横になってるとすぐ眠りについちゃう。
「あっ、お目が覚めましたか? では、お食事をお持ちいたしますので、少しお待ちくださいましね?」
 あの人はそんなあたしのことを頻繁に見てくれてるみたいで、あたしが起きたときにはそれからあまり間がないうちに現れるの。
 で、まだ身体の自由が利かないあたしにごはんを食べさせてくれたり、身体を拭いてくれたりして、ちょっと…いや、結構恥ずかしいけど、それ以上にありがたく、申し訳なくもなる。

「お食事をお持ちいたしましたので、食べさせて差し上げますね」
「…いや、もう一人で食べられるから大丈夫よ」
 さすがにそんな恵まれた生活を二日ほど過ごしたら、完全に…はまだほど遠いけど、自分で無理なく身を起こしたり、声を出すのに苦しくなったりする、なんてことはなくなった。
「そう、でございますか…?」
「ん、ありがと」
 まだ心配そうにあたしを見る彼女に小さくうなずいて、食事が乗ってて木でできてるトレーを受け取る。
「で…食事が終わったら、ちょっと話を聞かせてもらいたいの。いい?」
「え、えっと、解りました」
 あたしのほうならともかく向こうが緊張する理由は別にない気がするんだけど…。
 あたしのほうはといえば、そりゃ緊張はするけど、数日費を置いて気持ちを落ち着ける時間は十分あったから、大丈夫…とはいかないまでも、何があっても受け入れる準備はできてる、と思う。
「じゃ、まずはごはんをいただくわ…いただきます」
 彼女が用意してくれる料理っていうのも、病人用っぽい簡素なものながらおいしいんだけど、でも見たことない料理なのよね。
 彼女はあたしと同じ種族っぽいし、服装もどっかで見た様な記憶があるんだけど…夜なのに部屋を明るくしてる天井にある火じゃない光といい、ここがあたしの知らないどこかなのかは間違いない。
「…ごちそうさま、ありがと。じゃ、さっき言った通り、話を聞かせてもらえる?」
 食事を終え、空になった食器の乗ったトレーを、食事の間ずっとそばで待っててくれた彼女へ渡しながら声をかける。
「は、はい、ねころにお答えできる限りのことでございましたら…」
「ん、ありがと。じゃあ…ん?」
 受け取ったトレーを床に置きながらの彼女の言葉だけど、ちょっと引っかかる。
「えっと…ねころ、って何?」
「あっ、それはねころの名前で…そういえば、まだ名乗っておりませんでしたっけ。ねころは雪乃ねころと申します」
 深々と頭を下げられたけど、そういえば二日も色々してもらってたっていうのに、あたしの体調のこともあってそうだったわね。
「あたしはティナっていいます。でも…えっと、貴女の名前、ねころっていうのよね?」
「は、はい、そうでございますけれども、何かおかしゅうございますか…?」
 はっきり言うとかなり変わった名前に感じられるけど、ものすごく不安げにしてる彼女にそんなこと言えないし、あたしが気になったのはそこじゃない。
「えっと、じゃあ『雪乃』って何よ?」
「えっ、一応、苗字でございますけれど…」
「…え〜と、苗字って何?」
「え、えっ? 何とおっしゃられましても、どう説明すればよろしいでしょうか…。その、名前の前につく…あっ、名前の後につく国もあるのでございましたっけ…」
 どうにもよく解んないけど、この国の人はそういうのが名前につくらしいわね…あたしの国にはなかったんだけど、じゃあこの人、雪乃ねころさんはやっぱりあたしとは別の国の人、ってことなの?
 彼女も説明しづらそうだからあんまり詳しく聞くのはやめておいたけど、親しい人に対しては名前で呼ぶけどそうじゃない人には苗字で呼んだほうが失礼にならないらしい。
「そっか、じゃあ雪乃さん、聞かせてもらいたいことが色々あるんだけど…まず、ここはどこ?」
 失礼にならない様に苗字で呼びつつ、本題に入らせてもらう。
「はい、ここはねころがお仕えさせていただいております、叡那さまのお家でございます」
「…仕えてる、って?」
「はい、ねころは叡那さまにお仕えするメイドでございますから」
 そっか、雪乃さんの服装、どっかで見たことある気がしてたんだけど、お城でアーニャとかのお世話してた人たちに似てたんだ。
「この家のことは解ったけど、ここがどこなのか…う〜ん、何て言えばいいかしらね。えっと、ここってヴェルーシュハイドの国、だったりする?」
「えっ、いえ、ここは日本という国でございますけれども…」
 今までの感じからして多分違うだろうなとは思ってたけど、返ってきたのはやっぱり全然知らない国の名前だった。
 そもそも、あたしは数年間国の外を旅してきたけど、外の世界には国っていえるほどの勢力、そもそも文明は…いや、でも世界中を見て回ったわけでもないし…。
「あ、あの、どうかなさいましたか…?」
「いや、えっと…じゃあ、雪乃さんはヴェルーシュハイドの民、じゃない、のよね…?」 「どうして、でございます?」
「いや、あたしと同じ耳してるから。あたしの知る限りじゃ、この耳があるのはあたしの国の民だけで、だから雪乃さんもそうなのかしらね、って」
 これもあくまであたしの知る限り、だからあたしの行ってない場所にはいるのかもしれない…今の雪乃さんみたいに。
「えっ、ね、ねころの耳、でございますか…? これは、あの、その…それに、ティナさんの、そのお耳は…」
 一方の雪乃さんはといえば、ものすごく慌てちゃってるというか、うろたえてるっていうか…頭の耳も大きく揺れちゃってる。
「えっ、ちょっと、どうしたのよ?」
「その、ご、ごめんなさいまし。ね、ねころは、その…」
「いや、何か言いづらいことがあるなら言わなくていいし、気にしないでいいから」
「は、はい、ごめんなさいまし…」
 雪乃さんはしゅんとしちゃったりして、話を聞ける雰囲気じゃなくなっちゃった。
「…あ、あの、詳しいお話は、明日、叡那さまにおうかがいしてはいかがでございましょう…?」
「へっ? それって、貴女が仕えてるっていう?」
「は、はい、ティナさんが元気になられたらお会いする、とおっしゃられておりましたから。まだお元気にはなられていらっしゃらないかもしれませんけれど、お話しできるみたいでございますし、あのかたでしたらねころよりも上手にティナさんの疑問にお答えしてくださるはずでございますから」
「うん、解った、雪乃さんがそう言うなら、そうさせてもらうわ」
 あんまり雪乃さんを困らせるのもあれだものね。
 話はこれで終えてもう休むことにして、雪乃さんも空食器を持って部屋を後にしようとする…って、そうだ。
「ちょっと待って、最後に一つだけ聞きたいんだけど、あたしをたすけてくれたのって雪乃さん? それとも貴女が仕えてるって人? それに、あたしはどういう状況でたすけられたの?」
 このことが気になって、それにこれなら別に困らず答えてもらえるんじゃ、ってことで彼女の背中に問いかけた。
「あっ、はい、その…気を失っていらしたティナさんを、このお家へ運んでいらしたかたがいらっしゃったんです」
 足を止め振り向いてくれた彼女によると、この家の勝手口をノックしてきた人がいて、雪乃さんがそれに応対したのだそう。
 その人は雪乃さんに対し、気を失ってるあたしの介抱をお願いし、彼女がそれを受け入れるとあたしを渡して去ってったという。
「そんな人がいたの…名前とか解る?」
「いえ、そのかた、ひどく急いでいらしたみたいで、ねころにティナさんのことを託すとすぐにいなくなってしまわれて、お名前もおうかがいできませんでした」
「そっか、じゃあどんな人だったか、解る範囲でいいから教えて?」
「えっと、そうでございますね…そのかた、終始うつむいていらしたのでお顔は解りませんでしたけれど、叡那さまに似た長めの黒髪をツインテールにしていらっしゃる、背はねころよりも低めの女の子でございました」
「…んなっ?」
「ティナさん、どうかなさいましたか?」
「い、いや、何でもない。教えてくれて、ありがと」
 あたしの反応に雪乃さんは不思議そうにしながらも、明かりを消す方法を教えてくれてから部屋を後にしていった。
 一人残されたあたし、彼女が教えてくれた特徴を持った人…そう、森の中で会った人のことを思い返す。
 はっきり断言はできないけど、そうはいってもかなり一致してるし、多分そういうことなのよね。
 でも、だとしたらどうして…あたしを消そうとした人が、あたしをたすけてくれたの?
「…ダメ、全然解んない」
 ただでさえ解んないことばかりなのに、それがさらに増えちゃった。
 明日には、ちょっとでも何か見えてくるのかしらね…。


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