―お城の中庭、その噴水を取り囲むお花畑。
 そこは国の第二王女であるアーニャことアルセニア姫が自らの手で育てていて、あたしもそのお手伝いをしてる。
「みんな、きれいに咲いてくれました。これも、ティナが一緒に育ててくださったおかげです」
「何言ってんのよ、そこはアーニャが大事に育てたからでしょ」
 穏やかに微笑む彼女には、きれいに咲く花が本当によく似合う。
「こうして、これからも、ティナと一緒に、穏やかな日々を過ごしていきたいです」
「うん、そりゃ、あたしだって…」
 こういう毎日がこれからも続けばいいなって、心から思う。
 この国は外界から隔絶されてるから戦乱とかとも無縁だし、そうそう問題ないって思うけど、でも…もしもってことも、ないとも限らない。
 そういうとき、あたしは…
「…大丈夫よ。たとえ何かあっても、貴女のことはあたしが守ってみせるから」
 こんなことはっきり伝えるのはちょっと、いやかなり恥ずかしいんだけど、でもあたしのこの力は、このためにあるんだって思う。
「ありがとうございます、ティナ」
 微笑むあの子だけど、次の瞬間突如激しい違和感を覚える。
「でも…」
 続けて言葉を口にする彼女が、大きくなってる…つい今まであたしと同じ九歳だったのに、一瞬で大人びちゃった。
 いや、よく見るとあたし自身の背も、伸びてる?
「わたくしは、ティナのその気持ちだけで、十分幸せです。でも、ティナは…もっと大きな幸せを、見つけてください」
 しかも、いきなり何言い出してるのよ。
「ティナが幸せな未来を手に入れることが、わたくしにとっても一番の幸せです。その幸せがこれから見つかることを心から願って、見守り続けていますから…」
 待ってよ、あたしは貴女といることがその幸せなんだってば。
 それなのに、どこへ行こうっていうのよ…彼女の姿が、どんどん遠ざかってく。
 あたしが国を出てったことを、怒ってるの?
 それなら謝るから、貴女が望むならまわりが何と言おうがどういう目で見ようが、ずっと一緒にいるから、だから…行かないで、アーニャ…。

「…アーニャっ!」
 あの子を呼び止めようとして叫びながら身を乗り出す…けど、その瞬間、身体中に激痛が走っちゃう。
「…く、うっ!」
 その痛みを感じるのと同時にかどうか、あたしは目の前の光景がさっきまでと全然違ってることに気付く。
 あたしがいるのは、あまり広くはない部屋の中で、しかも布団の上…上半身を起こした状態だったの。
「えっと、これ、って…?」
 しかも、その部屋っていうのが今まで全然見たこともない様なところだったから戸惑っちゃう。
 なので一度目を閉じて、深呼吸…すぐに思い出すのはお城のお花畑でのアーニャとのことだけど、あれは夢だった、のよね。
 この身体の痛みから、今いるのは夢の中じゃないって解るけど、じゃあここは一体何なのよ?
 あたしは確か、どっかの森の中で…そうだ、得体のしれない誰かに消されそうになって、でもその時点でもう身体に限界がきてて、その人が何かする前に気を失ってしまったんだった。
 こうして今生きてるってことは、その人は何もしなかった、ってことなんだろうか。
「…で、ここはどこ、なのよ」
 あの森でもその疑問は浮かんだけど、今はそれ以上で…目を開けて、改めてあたりを見てみる。
 あたしは布団で寝かされてたみたいなんだけど、その布団はベッドではなく床に直接敷かれてて、でもその床も木や石とかじゃなくって…何これ、草みたいなのを細かく縫い込んでるの?
 扉や窓っぽいのもあるんだけど、それらは木の枠に紙にしか見えないものを貼ってできてるし、こんなのあたしのいた国じゃ見たことないし、ましては外の世界でだってとてもじゃないけど…。
 不安、それに純粋に気になって、とにかくもう少し様子を見てみようと立ち上がろうとしてみる…けど。
「…くぅっ!」
 途端に身体中に激痛が走ってしまい、思わず倒れ込みそうになるのをこらえるので精いっぱい。
 どうやら、あの森で気を失ってからまだあんまりたってないみたいね…でも、こんなんじゃ、これからどうしよう。
 そんなことを考えたそのとき、紙でできてるっぽい扉の向こう側に人影が映る…!
「だ、誰…っ!」
 それに反応して思わず立ち上がろうとしたけど、痛みで声を詰まらせちゃう。
「えっ…あっ、気がつかれましたか? よろしゅうございました…」
 あたしの声に反応してか扉が引かれ、中へ入ってきた誰かがそう声をかけてきた。
 その声は森で会った人のものとも違い、とても穏やかでやさしい雰囲気の、でもやっぱり聞き覚えのないもので、あたしは声の主へ顔を向ける。
「あの、もう起き上がったりして大丈夫なのでございますか…?」
 少し変な気もする口調であたしに声をかけながらそばへ歩み寄ってくるのは、あたしより少しだけ年上に見える女の人。
 声と同じくやさしそうな表情をし、あたしに近い色のでも短めな髪をした、そしてその頭の上にはあたしと同じ様な耳があるのが見えた。
 森で会った人にはなかったけど、でもあの人も別のどっかから飛んできたみたいだったしね…なら、ここは一応あの国なの?
 でも、その割に部屋の雰囲気が違い過ぎるし、あの化け物は国中に現れてた気がするのに…。
「…あ、あの、大丈夫、でございますか?」
 あ、いけない、すぐそばにまできてたその人が心配そうにしてる。
「ご、ごめん、あたしは全然…っ!」
 軽く返事するつもりだったんだけど、胸が苦しくなっちゃって声を詰まらせちゃう。
「あっ、やっぱりまだお身体の調子、お悪いのでございますね…どうかご無理をなさらず、横になってくださいまし」
「い、いや、あたしは…」
「数日も気を失っていらして、それに全身にお怪我をされていらっしゃるのですから…ここにいれば何も心配はいりませんから、どうかゆっくりお休みになってくださいまし」
 その人、そんなこと言いながらあたしの隣にしゃがんで、そして身体を支えてくる。
 よく見ると、あたしの来てる服も見たことない様なものに着替えさせられてて、それに包帯が巻いてあったりと手当てがされてる?
「えと、でも…」
「色々考えるのは、元気になってからにされてくださいまし、ね?」
 微笑まれながらあんなこと言われては、こっちもうなずくしかない。
 確かに、この人の言う通り今のあたしは身体の調子もどうしようもなく、それにここが安全だってのも…この人のことも、信じて大丈夫そう。
 そのうえでああまで言われたんだから…今はお言葉に甘えさせてもらおう。


    次のページへ…

ページ→1/2/3/4


物語topへ戻る