第一章

 ―あたしの大切な親友、アーニャ。
 数年ぶりに会えたかと思ったら、すぐに引き離されてしまった。
 多分…永遠に。
 それどころかあたしは、薄れゆく意識の中で、自分がどこか遠く…今までいた場所とは全然違うところへ飛ばされる感覚を受けていたの。

「くっ…ん、んっ…」
 身体中の激しい痛みを覚えることで、自分の意識が戻ってきたってことを感じる。
 ゆっくり目を開けると、まわりは光の空間…でも、そこにいるのはあたしだけ。
 そして、あたしが何かを考える前に、光は弱まっていき、あたりの風景が目に入ってくる…ん、だけど。
「何、ここは…?」
 光が完全に消えて、あたりをはっきり認識できる様になったけど、あたしは戸惑っちゃう。
 だって、あたしは…全然見覚えのない、どっかの森の中に一人で立ってたんだから。
 その風景は明らかにさっきまでいたはずの場所とは違って…
「…さっき、まで? あたしは、何を…」
 落ち着いて、意識がなくなる前のこと、思い出さなきゃ。
 そう、あたしは不穏な気配を感じたから数年ぶりに国に戻って、あの子を守ろうと化け物と戦った…身体の痛みや傷、それに力もほとんど使い果たしちゃってるし、間違いない。
 それから、相対してた化け物が固まったかと思えば、あの子と二人、光に包まれて…
「そう、そうよ…くっ、アーニャ…」
 永遠の別れ、そうとしか思えないことを親友が言ってきたことを思い出し、ただでさえ力の使い過ぎで苦しい胸がさらに痛くなった。
「貴女のこと、あたしが守るって約束した、のに…貴女は、あたしを、どうしたのよ…」
 森はとっても静かで、あたし以外の人…もちろんあの化け物の気配も感じない。
 あの子はあたしのことをどっか別の場所に、化け物から逃がすために転送したっていうの?
 そんなこと、あの子にできるっていうの…いや、もしかするとあれは悪夢で、この身体の消耗とかも別の何かがあったからなんじゃ…。
 一瞬そんな風に考える、っていうより逃げそうになるんだけど、ふとあたしの左手に何か小さなものが握りしめられてることに気付く。
「これって、あの子が…」
 手を伸ばしたあたしへ、あの子も手を差し伸べてきて…そして、これを渡してきたんだった。
 あぁ、何よ、やっぱり全ては…現実、だったんじゃない。
「アーニャ…ねぇ、どうして…」
 涙があふれそうになるのをこらえながら、手にしたものを見てみようとする…けど、それはできなくなった。
 なぜなら、あたしの立つほんの少し前の空間から、突如光が柱の様に吹き出してきたから。

 突如目の前に現れた光の柱。
 それは目がくらみそうなほどまばゆく、それに多少の衝撃波を伴ってきてて、あたしの腰まであって栗色で癖のない髪を後ろに大きくなびいてく。
「くっ、な、何なのよ…!」
 今のあたしはその程度でも苦しくて倒れそうになるけど何とかこらえ、そして手にしたものを落とさない様にぎゅっと握りしめながら手で目を覆い隠す。
 そう長くないうちに衝撃波は収まり、そして光も弱まっていくけど、消えていく光の柱の中に人影が見える?
「…まさか、アーニャっ?」
 あたしをここまで飛ばした後、自分もこうしてここにきてくれたんじゃ…!
 そんな期待を抱いてしまって、緊張が増してきてしまう。
「…ふぅ、どうやら成功です」
 でも、光の中から届いた声は、女の子のものではあったけれど、明らかにあの子のものとは違った。
 …そうよね、そんな都合のいいことなんて起こりっこないってことくらい解ってた。
 でも、そうなるとこの人影は何者なのか、もちろん解るはずもなくって…
「…くっ」
 咄嗟に木陰へ隠れようとしたものの、身体中に激痛が走ってしまい、危うく意識まで薄れかけてしまった…思った以上に、限界がきてそう。
 でも、こんなとこで気を失っちゃったらどうなるか解んないし、何とか気を強く持って目の前の動静を見守る。
 やがて、光は完全に消え、どうも冬っぽい森の中とはいえ陽の光は十分差し込んできてるから、そこに現れた人の姿もはっきり見えた。
「ここが、お母さまたちが巡り会ったばかりの…えっ?」
 感慨深そうな様子で独り言を口にしてたその人だけど、あたしと目が合うと固まってしまった。
 …この子、ただ者じゃない。
 あたしも、直感的にそう感じて緊張で固まっちゃう。
「まさか、こんなところに人がいるなんて、完全に想定外でした」
 不思議な色の瞳で鋭い視線を向けられ、圧されそうになるとともに、少し逆の感情も浮かんだ気がした。
「私がここにくる瞬間のこと、完全に見られちゃいました…どうしましょう」
 こちらへ声をかけるでもなく、独り思考してる様子のその少女は、たぶんあたしと同い年くらいに見える。
 背はあたしやアーニャより低めで、長くてきれいな黒髪をツ―テールにした、鋭さを感じさせる整った面立ち…そして、耳があたしとは違って頭の上にはない。
 外の国の人間ってことか…いや、第一、あたしもこの誰かも、ここじゃないどっかから飛んできてるのか…。
「…消すしかないのかも」
 冷たさを感じる視線を向けられたままそんなことをつぶやかれてしまった。
「あ…貴女、あたしのこと、消すって、いうの…?」
 さすがに黙ってられなくて声を上げるけど、あの化け物以上にも思える威圧感に押しつぶされそうに…いや、それ以上にしゃべる力もあんまり残ってないみたいで、情けないことに声が震える。
「…どうしましょうか」
 その人はといえば、いかにも落ち着き払った様子で…これは、やられる。
 思わず身構えようとするけど、身体に激痛が走っちゃう…!
「く、うっ…」
 だ、ダメっ、意識を保てない…!
「あ、なた…あたしを、斬ろうっていうの…?」
 でも、よく考えたら、あたしにはもう、守るものもないんだ…。
 守ってくれたあの子には、悪いと思うけど…この状況、どうにもなりそうにもない。
「そうしたいなら…好きに…」
 そう、好きにしたらいい、あたしはもう抵抗できないから。
 そんなことを言い終えることもできず、あたしはその場に倒れ込んじゃう。
 ごめん、アーニャ…せっかく貴女が生命を賭してたすけてくれたけど、あたしもそっちに行くことになりそう。
 あの少女が何か言ってる気もしたけど、あたしの耳には届かなくって…そのまま、意識は闇に呑まれてった。


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