まだ幼い日、あたしは親の仕事の関係でお城に入ることがあったの。
 そこで知り合ったのが、あたしと同い年なこの国のお姫さま。
 あたしたちは次第に仲良くなっていって、いつしか親友っていっていい関係になって、そしてあの約束を交わした。
 その後、あたしは国から出ていくことになっちゃったんだけど、それでも彼女がかけがえのない大切な、一番の親友であることは変わりないから…あの約束も、絶対守って見せる。
「くそっ、こい、つ…はぁ、はぁっ」
 でも、今目の前にいる化け物はあたしに彼女の姿を見るために振り向く余裕をくれなくて、それどころかあまりに強く…あたしの力も、ほとんど通じてない。
 すでにあたしとそいつとの力の衝突により宮殿は吹き飛び瓦礫になり、こっちは息切れしてるのに、対する不気味なうめき声みたいなのをあげるあっちは全身からあふれ出してる黒い瘴気も弱まらず、その下に見える黒い肉体も大きな損傷は見られないの。
 これはちょっと、ううん、かなりまずい…けど、諦めるわけにはいかない。
「こ、このままじゃ…わたくしに、できることは…」
 あたしの後ろで悲しげな声をあげるあの子…ううん、貴女は心配しないで、何としてもあたしが守るんだから。
 そうよ…たとえ、あたしのこの生命に代えたって!
「絶対、させないんだからっ!」
 人か獣か、一応生物っぽい見かけをしたそいつの口から闇を思わせる黒い光がこっちに放たれるけど、何とか障壁で受け止め…!
「く、うっ…こんなくらいで、あたしは、負けないっ!」
 障壁がひび割れ、何本かの黒い光の筋があたしの身体を切ってくけど、まだっ!
「あたしの生命全て…力に、変えるっ!」
 全部の力を、あの子を守る障壁と…そして、こいつを斬り裂く光の剣に変える!
「く、はっ…あとちょっと、だから…!」
 意識が遠のきそうに、それに苦しくって血を吐いちゃったけど、障壁は破れてないし、左手に集った力も今まで以上に強い光の剣になっていく。
 ここは、何としても…あたし、がっ!
「…もう、やめてっ」
 後ろから届くあの子の叫び、それと同時に…周囲が固まった。
 そう、文字通りに…あたし、そして後ろにいる彼女、それ以外の全てのものが動きを止めたの。
 あの化け物も完全に固まってて、こっちに放たれてる光からもさっきまでの圧力が感じられない。
「な、何なの、一体…」
 突然のことに力が抜けちゃって、左手に出してた光の剣、それに障壁も消えちゃうけど、それで受け止めてた相手の力はやっぱりそこで止まったまま。
 だから、その現象はそいつが起こしたものじゃないはず…なら、どういういこと?
「…えっ、まさか?」
 その可能性に気付いて、あたしは慌てて後ろを振り向いた。

 あたしの視線の先に立ってたのは、少し汚れちゃってるけど白いドレスを身にまとった、あたしと同い年…高めな背なあたしよりは低いけど、でも少女というには大人びた雰囲気を感じさせる子。
 あたしたちの種族の特徴である、頭にある獣に近しいかたちをした耳を少し揺らして、少し涙をあふれさせながらも穏やかな、でも悲しさを帯びた微笑みで私を見つめる彼女…。
「…ごめん、くるのが遅くって。もう少しはやく、ううん、そもそも一緒にいられたら…」
 数年ぶりに会えた、大切な人…だけど、まずはそんな言葉をかける。
 だって、彼女の背後にはすでに息絶えてる数人が横たわってて、その中には彼女の両親とかの姿も…。
「いいえ…またこうして、お会いできたこと。それだけで、わたくしは…満足です」
「うん、そうね…い、いやいや、待って。それだけで、って…」
 微笑み、目を閉じる彼女にうなずきそうになる…けど、今の言葉、おかしいでしょ?
「もう、時間がありません。この国の滅びは避けられませんけれども、せめて…」
 そんなことを言う彼女が…淡い光に包まれる?
「ちょっ、ま、待ちなさいよっ? この現象、やっぱり貴女が起こしてるのよね…どういうことなの?」
「王家に伝わる、時を操る秘術…これで、せめて貴女だけは、お守りします、から」
「な、何言って…あたしが、貴女を守るんだってば!」
 何か取り返しのつかないことになりそうな予感がして、咄嗟に彼女へ駆け寄ろうとする…けど、その瞬間あたりがまばゆいばかりの光に包まれちゃう!
「くぅっ、な、何よ…!」
 思わず目を閉じて動きも止めちゃうけど…いけない、目を開けないと!

 目を開けると…あたしは、光に包まれた空間にいた。
 光以外で目に入るのは、あたしの少し前にいて、さみしげに微笑むあの子の姿だけ。
「大きくなって、よりきれいにかっこよく、そしてかわいくなった貴女に会えて、そして貴女の未来を守ることができて、本当によかった…。これでもう、思い残すことはありません」
 いやいや、きれいになったのはそっち…なんて言ってる場合じゃない!
「だから、何言って…あたしを、どうするつもりなのっ?」
 あの子に近づこうとするけど、全身が宙に浮いて、しかも自由が利かない感覚で、うまく近づけない…!
「わたくしの…いいえ、わたくしや国の皆さんなど、その全ての力を使って、貴女を…」
「ふ、ふざけないでっ、あたしが貴女を、守るのよっ! そんなことができるなら、あたしより自分を…!」
 どういうこと、彼女にそんなことをできるだけの何かがあるっていうの…くっ、何とか止めなきゃ!
「このっ…届けぇっ!」
 身体を…そして手を彼女へ伸ばして、もうちょっとで届きそう…!
「…これを」
 と、彼女からもあたしへ手が差し伸べられて、あたしはそれをつかんだけど、彼女はそんなあたしの手に何かを乗せてきた?
「どうか、それを…これからできる、大切な人に渡して。そして、幸せになって…」
 …いや、何言ってんのよ…?
「もしも、叶うのでしたら…ずっと、見守っています。ですから、どうか幸せになって…わたくしの大切な、ティナ」
 あたしの名前を彼女が口にしたとともに、その手が離された。
 その瞬間、あたしの身体は何か強い力によって、急激に後ろに引き込まれてく…!
「ま、待ってっ!」
 そんな、そんなの…あんな悲しそうな顔で、何言ってんのよっ!
「いや、いやよ…アーニャっ!」
 彼女の名を呼ぶあたしの叫びもむなしく、守るって約束した彼女の姿、そしてあたしの意識も光の中に呑まれていった。


    (序章・完/第1章へ)

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