序章

 ―あたしには、力があった。
 他の人より強くて、何かを傷つけるくらいじゃすまないくらいの力が。
 周囲から疎まれ、生まれ育った国を出て行かなくちゃいけなくなったのも、今思えばそんな力を持ってたのが一因だったのかもしれない。
 でも、あたしは…その力を持っててよかったって考えてた。
「たとえ何かあっても、貴女のことはあたしが守ってみせるから」
 その力があれば、その言葉…約束を、守れるって思ったから。
 だから、国の外へ出てからも日々の鍛錬は欠かさなかった…いつか何かある、そんな日がくるかもしれないって、思ったから。

 そして…そんな日が、きてしまった。
 突如、国を襲った大災厄。
 そのとき、あたしは国から遠く離れたところにいたけど、異様な気配を感じて急いで戻ることにした。
 追い出されるかの様に出ていって、何もなければ戻ることはなかったかもしれないけど…大切な約束が、あったから。

「な…何なのよ、これは」
 数年ぶりに戻った国は、すでに異形の…そう表現するしかない黒い化け物に蹂躙され、目をそむけたくなる光景が広がってた。
 長い間国の外にいたけど、そのときももちろんこんな化け物は見たことなくって、その光景が信じられなくって固まっちゃう。
 でも、化け物の一体…あたしの二倍ほどの大きさな体躯を持ったそれが、こっちに向かってきた…!
「ふっ…ざけないでっ!」
 我に返って、左手に力を込め…己の内なる力を光の剣に変えて、そいつに構えるとそのまま突っ込んで真っ二つにする!
「こんなの…考えてる場合じゃない。消えろっ!」
 身体を浮かして空中で静止、両手から下に光の矢を放ってそいつらを貫き、消し去っていく。
 うん、やれる…けど、のんびりしてる場合じゃない。
 建物は壊され、そこにいた人たちは…その光景、音、そしてにおいに吐き出し、足がすくみそうになるけど、だからこそ止まってなんてられない。
「…お願い、間に合って!」
 あたしは、黒煙立ち込める空を全速で飛んでいく。
「邪魔…するなぁっ!」
 空を飛んででも前に立ちふさがろうとしてくる化け物を斬り裂いて…向かうのは、この国の都。
 そこに、あたしが約束を交わした人がいるから。

 都もすでに化け物の侵入を許していて、空から見下ろすかたちなのではっきりとは見えないけど、多分もう…。
 そう、だからそんな中にあたしが行ってももう遅いって思うけど、もちろんそんな奴らは許せないし、できるなら全部あたしの手で消し去ってやりたい…けど、そんな時間はない。
 あたしは自分の目指す場所…都の中心にあるお城へ目を移す。
 白亜の立派だったそれも今は黒煙に包まれはじめていて、化け物が外周から浸食、破壊され、でも中心部はまだ…
「いや…何よ、このおぞましい気配、は…」
 お城の中心あたりから、他の化け物とは較べものにならないくらい大きく、そして禍々しいまでの気配を感じる。
 そんなとこに大物がいるとか、こいつら知性なんて感じない奴らだとしか思えなかったけど、そうじゃないっていうの…?
「…ま、さかっ」
 恐ろしく嫌な予感がして、その瞬間にあたしはお城へ向かって急降下してた。

 お城の中庭に降りると、そこには倒れた兵士たち、そして…大きな力か何かで貫かれたかの様な大きな空洞が宮殿にできちゃってた。
 そこをまっすぐ駆け抜けた先…宮殿内でも一際広い空間、謁見の間に出る。
「こいつが…」
 目の前には、ここまで通ってきた空洞とほとんど変わらない…数階分の大きさの体躯を持つ、そして圧されそうなほどの力を感じる、黒い化け物の、背中を向けた姿。
「ここまで…なの、ですね…」
 その化け物を挟んで向こう側から届いた、諦めの感情の混じった声…!
「いけない…させないっ!」
 声に反応して咄嗟に化け物の向かい側に回り込み、振り下ろされてきた黒い瘴気みたいなものを伴った手を…力で作った障壁で受け止める!
「…くぅっ!」
 相手の強い力に押されそうになるけど、何とかこらえることができた。
「うそ、そんな…まさか…」
 後ろからは、驚いた様子な女の人の声…ほとんどその姿を見る余裕はなく化け物と相対することになっちゃったけど、この声、あれから数年たっててちょっと大人びた雰囲気にはなってるものの、間違いない。
「貴女のこと、たとえ何かあっても守る、って約束したでしょ…だからっ!」


次のページへ…

ページ→1/2

物語topへ戻る