お二人の厚意に甘えて喫茶店を飛び出して。
 すでに陽も落ちた中で向かうのは、あの子の通う学校の敷地内にある学生寮…普通に考えたらお部屋に帰ってきてるはずだもん。
 まだ夏休みってこともあって、この間きたときと同様に人の気配のあんまり感じられない、でも廊下とかはきちんと明かりのついてる学生寮、この間と同じく簡単に中へ入らせてもらえた。
 ここまで走ってきて乱れた息を整えながら、それに結構かいちゃった汗を拭いながら廊下を歩くけど、どんどんどきどきが大きくなってきちゃう。
「すぅ、はぁ〜…里緒菜ちゃん、いるかな…?」
 あの子のお部屋の扉、その前で足を止めて深呼吸…うぅ、どきどきする。
 でも、ここまできちゃったんだし、あれこれ考えてもしょうがない…会いたいってことでここまできたんだから、意を決して扉をノックした。
 数回ノックしたけど、反応がない…この間きたときも結局ここにはいなかったし、今回もいないの?
 少し不安になりながらも、もう数回、今度はちょっと強めに叩いてみる…と。
「…誰、ですか?」
 扉越しに小さめの、そしてちょっと不機嫌そうに感じられたながら、でも確かに聞き覚えのある声でお返事があった…!
「あっ、うん、私…山城すみれだけど」
「…え、せ、センパイ? ど、どうして…」
 扉越しの声が驚いたものになっちゃう。
「うん、里緒菜ちゃんに会いたくって…いい、かな?」
 どきどきしながら、ちょっと長めの沈黙を我慢してお返事を待つ…。
「…私は、会いたくありません」
 と、ちょっと暗めの声で返ってきたのはそんな言葉…。
「えっ、そんな…里緒菜ちゃん、どうして?」
「別に…会いたくないから、会いたくないだけです」
「そ、そんな…」
「あと、明日から、練習はもういいですから、こないでください」
 そんなことまで言われて、私は一瞬言葉を失っちゃった…けど。
「そういうことですから、帰ってください」
「…嫌だよ」
 そんな突然すぎる言葉、納得できるわけない。
「こんなんじゃ、帰れないよ…どうして? 明日もお弁当作ってくれるって、約束してくれたじゃない」
「そ、そんな約束…」
「なのに突然…今日、突然いなくなっちゃったけど、あのとき何かあったの?」
「つっ…べ、別に何もありません。帰ってください…」
 あの子の声が一瞬詰まった気がした…けど、それ以上に引っかかったことがあった。
「…帰らないよ。だって、今の里緒菜ちゃん、とっても悲しそうなんだもん」
 そう、あの子の声は今にも泣きそうで…放っておけるわけない。
「ね、何かあったなら、遠慮しないで私に話して?」
「…帰ってください」
 もう、だからそんな悲しそうな声されて帰れるわけないんだって…。
 でも、このままじゃどうにもならなさそう…なら、ちょっと強引なことするしか、ないか。
「もうっ…あ〜け〜て〜っ! り〜お〜な〜ちゃ〜んっ!」
 大声でそんなこと叫びながら、かなり強めに扉を叩く。
「なっ…センパイ、何して…!」
 案の定、あの子は慌てた様子で扉を開けてくれる…!
「あっ、よかった、これがダメだったら窓から入るしかないかな、って考えてたから」
「む、無茶苦茶です、他に誰かいるかもしれないのに、恥ずかしい…と、とにかく入ってくださいっ」
「わっ、ととっ」
 かたくなに拒み続けてたのが一転、今度は強引にお部屋の中へ引っ張り込まれちゃった。

 里緒菜ちゃんのお部屋の中は、明かりもついてなくって真っ暗。
「…で、何なんですか。どうして、こんなところに…」
 窓の外から差し込むわずかな光だけで何とか見える、私の前に立つあの子…あんな扉の開けかたをしたこともあって、不機嫌そう。
「だから、里緒菜ちゃんに会いたかったからだよ」
「どうして、私なんかに…」
「うん、色々あるけど、今日急にいなくなったのが心配になっちゃって…何か、あったの?」
 あれは幻じゃなかったはずで、やっぱりとっても気がかり…。
「…別に、何でもありません」
 そっけなく答えるあの子、でもうつむいちゃう。
「何でもありませんから…センパイは、アルバイトに行ったらどうですか?」
「えっ…?」
「アルバイトに行って、あの子たちと仲良くしてればいいんですっ! そのほうが、こんな嫌な性格の私といるよりずっと楽しいでしょうしっ?」
 顔を上げた彼女、こちらをにらみつけながら強い声を上げたけど、これって…。
「センパイみたいな明るい人が、私みたいな子といることないんです…思う存分、他の子と仲良くしてればいいんですっ」
 そう声を上げる彼女はつらそうなんだけど、私の胸の中は…彼女が愛しい、という想いでいっぱいになってきた。
 だって、里緒菜ちゃん、私にやきもちをやいてくれてるんだもん…そんな彼女がかわいくって、愛しい。
 それに…彼女の、私へ対する想いも伝わってくる。
 里緒菜ちゃんも、私のこと…私が彼女へ対するのと同じ様に、想ってくれているみたい。
 彼女が、私のことを…なんて、あまりに幸せすぎることだよ。
「…嫌だよ」
 だからこそ、これ以上つらそうなあの子を見ていられなくって…それに私自身の想いが抑えられなくなる。
「私は、他の誰でもない、里緒菜ちゃんと一緒にいたいの」
 ゆっくり、彼女の目前まで歩み寄る。
「それは、どうして…後輩だから、ですか?」
「…うん、それもある」
「そう、ですか…なら、灯月さんや石川さんとでも…」
「…ダメだよ、里緒菜ちゃんじゃなきゃ」
 落胆した声を出すあの子を、そっと抱き寄せる。
「私、里緒菜ちゃんのことが好きだから…誰よりも、何よりも」
 今まで迷ったり、目をそらそうともしたけど、もう迷わない…私は、彼女のことが大好き。
「せ、センパイ…わ、私でいいんですか? 私、嫌な子なのに…」
「そんなことない…ううん、嫌な子でもいいよ。里緒菜ちゃんは自分を好きじゃない、って言ってたけど、私は…好きだから」
 面倒くさがりやさんで、でもお仕事はしっかり頑張ってる里緒菜ちゃん…ぎゅっと抱きしめる。
「う、うぅ…わ、私、人付き合いとか苦手で、それに暑苦しい人が特に嫌いなんです」
 涙声になってるあの子、そんなことを言う。
「なのに…ずかずか私に関わろうとしてくるセンパイのこと、いつの間にか好きになってました。不思議ですよね…?」
 私が里緒菜ちゃんに惹かれたのは、いつからなのかな…美亜さんの言葉にあり得ない、って言っていたのに、いつの間にか…。
「でも、センパイ…私のこと、本当に好きなんですか?」
 と、ゆっくり身体を離されて、そうたずねられる。
「それなら…証拠を、ください」
 涙のかすかに残る目を閉じる彼女…。
「うん、里緒菜ちゃん…んっ」
 そんな彼女に惹かれるかの様に、私も目を閉じて…彼女と口づけを交わした。
「センパイ…んっ、ちゅっ…」
 あの子からもぎゅっと抱きしめ返してくれて、そしてよりあつく、激しく口づけをしてくれる…もう、とろけちゃいそうになる。


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