いつもどおり美亜さんのお店でアルバイト…なんだけど、さっきのことがどうしても気になっちゃう。
だから、お仕事のほうがどうしても上の空になっちゃって…。
「…すみれちゃん、ちょっといいかしら」
お客さんの入りが一段落したところで美亜さんに声をかけられちゃった。
「あっ、ご、ごめんなさい。もっとしっかりしなきゃですよね」
こんなふがいない状態じゃいけないし頭を下げる…けど。
「いえ、そういうことではないのだけれど…すみれちゃんがぼ〜っとしちゃうなんて珍しいわよね。何かあったのかしら?」
「…へ? う、ううん、えっと、別に…」
思わず誤魔化しちゃう私を、美亜さんはじぃ〜っと見つめてくる。
「…後輩さんのこと、考えていたのでしょう?」
「へっ、そ、そんなことないよっ?」
いや、まさにその通りだったからこそ、気が動転しちゃって思わず否定しちゃったんだけど。
「そんなに慌てたりして、やっぱり…」
美亜さんがさらに何か続けようとするのと同時に、入口の扉が開く音が届いた。
「あっ、お客さんですし、出迎えないと。いらっしゃいま…せ?」
話をそらせるかの様にそう言いながら入口へ目を向けたんだけど、入ってきた人を見て少し固まっちゃった。
それは私がずっと思ってた人ではないんだけど、でもとっても意外な人…。
「…あれっ、すみれちゃんだ。え〜と…ウェイトレスさん、してる?」
「こ、こんにちは、センパイ。はい、そうですね…」
少し不思議そうにこちらを見るのは梓センパイ…ここで会うのははじめて。
「あら、梓さん、お久しぶり。今日はどうしたの?」
「うん、何となく…久し振りに、立ち寄りたくなって」
でも、美亜さんとセンパイはそんな言葉を交わしてて、どうやら顔見知り…センパイ、ここにくるのははじめてってわけじゃないみたい。
後輩の麻美ちゃんもここにきてて、でも私はここで会ったことがなかったりして、何だか不思議な感じ。
でも、それだけに、里緒菜ちゃんとはここで会えてるっていうのは…って、いけないいけない、きちんとセンパイを応対しないと。
他にお客さんもいなくって、それにお二人が顔見知りってこともあって、センパイはカウンタ席につく。
「すみれちゃんは梓さんの後輩になるのね…麻美ちゃん、それにあの子、里緒菜ちゃんだったわよね、その子もここにくるのよ」
「そっか、じゃあ今度はむったんと一緒にこようかな…でも、ここ数日は会えないからさみしいよ」
睦月さん、今は夏梛ちゃんと麻美ちゃんのお仕事で東京について行ってるんだっけ。
「あら、それなら押しかけちゃえばいいのに。麻美ちゃんはこの前、そうしたわよ?」
そうだよね、私もあの子のところに押しかけちゃえば…って、もう、何考えてるの?
「ううん、大丈夫。もうすぐ帰ってくるから、そのときは思いっきり甘えるもん」
「うふふっ、そうね、それもいいかもしれないわ」
この会話…夏梛ちゃんと麻美ちゃんは最近恋人さんになったっぽいんだけど、センパイと睦月さんもそんな関係なのかな。
「…でも、すみれちゃんは、僕より余裕なさそうかも」
「…へ? センパイ、それってどういう…」
唐突にこっちを見られて話を振られちゃって、しかもよく解らないこと言われるものだから戸惑っちゃう。
「大好きな人に会えなくって我慢できない、って顔…してるよ?」「うふふっ、やっぱり梓さんにもそう見えるわよね」
「えっ、そ、そそそんな顔してませんっ! だ、第一、大好きな人って…!」
思わず顔に手を当てちゃうけど、熱くなってきちゃってるし…!
「ん、誰って…里緒菜ちゃん?」
「わーっ、わーっ、私と里緒菜ちゃんは、そういうのじゃありませんからっ!」
ま、まさか美亜さんじゃなくってセンパイからそんなこと言われるなんて…!
「ん〜…すみれちゃん、女の子同士の恋愛に抵抗ある子?」
「へっ、そういうわけじゃないですけど…」
夏梛ちゃんと麻美ちゃん、それにセンパイと睦月さんの関係がおかしいとは思わないし。
「じゃあ、里緒菜ちゃんとの関係、そんな否定しなくっても…」
「い、いやいや、私とあの子は姉妹みたいなもので…!」
「姉妹、ね…それはそれで素敵だけれど…」「すみれちゃんは、どうしてそう思うの?」
「そ、それは、こんな気持ち、自分じゃよく解らないですし、あの子がそう思ってそうだから…」
「…里緒菜ちゃんが、そう言ってたの?」
「ま、まぁ…寝言で、でしたけど」
う、うぅ、美亜さん相手なら笑って誤魔化せたのに、センパイが相手だとそうはいかなくって、自分の気持ちを改めて見つめなおしちゃう。
今まで色々考えてきて、薄々解ってたはず…でもあの子の寝言での一言でずっと別のものだと思い込もうとしてきた、この気持ち…。
「で、でも、私が好きでも、あの子もそうってわけじゃないし、なら今までどおりにしていくのが、きっと一番なはず…」
あぁ、ついに認めちゃった…今までの関係が壊れるのが怖くって、目をそらしてきてたのに。
私はあの子にとって、いいセンパイでいたい…だから、今までどおりでいかなきゃいけないのに。
そんなこと考えてたら、センパイが立ち上がって…私のこと、やさしくなでてきた?
「え…センパイ?」
「うん、その気持ち、解るよ。僕や麻美ちゃんだって、同じこと思ったもん」
そんなこと言いながら、微笑みかけるセンパイ…。
「でも、ね…ほんの少しだけ、正直になっていいと思うよ。告白、とかは無理かもしれないけど…今のすみれちゃん、里緒菜ちゃんに会いたいんだよね?」
「は、はい、今日、突然いなくなっちゃったから、気になっちゃって…」
「ん…なら、今から会いに行けばいいよ」
うん、できればすぐにでもそうしたい…けど、いいのかな。
こんな気持ちで会ったら、もう想いが抑えられないかも…。
「行動しないで後悔したくない…すみれちゃんは、そういう子じゃなかったかな」「うふふっ、そうよね、私もそう思うわ」
「あ…」
そうだよ、このまま何もしないでもやもやしてるより、どうなるか解んないけど会ってきたい…もしかしたらあの子に何かあったんじゃ、なんて思うとなおさら。
あれこれ考えてばかりなのも私らしくないし、ならさっそく…って。
「でも、アルバイトの時間…」
「うふふっ、そんなこと気にしなくっても…今日はもういいわよ」「うん、それに…僕が、代役しとくから」
「えっ、いいんですか…って、センパイ? そ、そこまでしなくっても…」
「ううん、かわいい後輩のためだから」
そう言って微笑むセンパイ…あぁ、やっぱり私にとって梓センパイは最高のセンパイだよ。
里緒菜ちゃんにも、そういう風に思ってもらえたら…とにかくっ。
「あ、ありがとうございます…それじゃ、行ってきますっ」
お言葉に甘えて、急いで着替えて喫茶店を後にする。
「う〜ん、これからは梓さんにみんなの相談に乗ってもらおうかしら」
「ダメだよ、今日のはかわいい後輩のため、なんだから」
「うふふっ、解っているわ。私だって、相談に乗るの、好きでやっていることだもの」
去り際にそんな会話が耳に届いた気がしたけど、とにかく急がないと。
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