里緒菜ちゃんと一緒に練習をする様になって、それにお弁当を作ってもらえる様になって、もう数日。
毎日一緒に練習して、おいしいお弁当を食べたりして、とっても幸せで…こんな日がずっと続いたらいいな、って感じてた。
でも、今日は朝からお仕事があって、でも単独のものだからあの子はこなくって、つまり久し振りに会えない日になっちゃった。
もちろんお仕事は大事だし、しっかり頑張ったんだけど…。
「…はぁ〜」
日の傾く中、事務所のあるビルを出た私は思わずため息をついちゃった。
う〜ん、まさかこれだけ会えないだけでさみしいって、会いたいなって思っちゃうなんて、どうしたんだろうね。
ま、でも明日にはまた一緒に練習したりする予定だから会えるし、こんなところであれこれ考えてもしょうがない。
これからアルバイトがあるからあの喫茶店へ歩いて向かうことにして、途中信号待ちで足を止めるけど、そんな私の中にある気持ちはやっぱり会いたいな、っていうもの…。
「…だ〜れだ?」
「って…えっ、わわっ?」
と、不意に目の前がふさがれて声をかけられちゃうものだからびっくりしちゃう。
「あら、そんなかわいい声あげて慌てたりして、かわいいわ」
後ろに立って両手で私の視界をふさいできた人、そのまま手を離さずに耳元でそんなこと言ってくるものだからびくっとしちゃう。
「い、いや、か、かわいくなんてないし、それにいきなりだったから…!」
「ふふっ…それで、私は誰だか、解るかしら?」
そんなこと言うその人、口調も声色もずいぶん大人びてて…でも、私がどきどきしてきちゃってるのは、そういうものとはちょっと違うところに原因があった。
「も、もう、誰って…り、里緒菜ちゃんでしょ?」
「…あら、本当にそう思う?」
少し意外そうに聞き返されちゃったけど、確かに普段のあの子の声とは全然雰囲気が違う。
「うん、私が里緒菜ちゃんの声を聞き間違えるわけないでしょ?」
声優さんならこのくらい普段と違う声を出せるのは当たり前だし、でもそれでもやっぱりあの子の声は聞き分けることができる。
「…はぁ、何ですか、つまらないですね」
と、少しの沈黙の後、さっきまでとは違う、でももう聞き慣れた口調や声色でそう言われながら私の視界をふさいでいた手が離されるものだから、私は後ろを振り向いてみる。
「つまらない、って…じゃあ、どういう反応をしてもらいたかったの?」
「もっと慌てたりしてくれると思ったんですけど…」
「いや、十分びっくりしたから」
私の後ろに立っていたのは、もちろん里緒菜ちゃん。
「はぁ、そうでしょうか…それにしても、よく私だって解りましたね」
「ふふん、私が里緒菜ちゃんの声を解らないはずないよ」
それに、さっきの声ってほとんどあのアニメで彼女が演じることになってる役のものだったし。
「でも、びっくりしたのは本当だよ。まさか里緒菜ちゃんからあんなことしてくるとは思ってなかったから」
しかも会いたいな、って考えてたときにちょうどだったからなおさら…とってもどきどきしちゃった。
「え〜と、それはまぁ、ついっていいますか…」
「ふぅ〜ん、そうなの?」
少し顔を赤くしたりして、かわいいんだから。
「なっ、何ですか、にやにやしたりして…」
「ん〜、何でもないよっ」
あんなことしてくるっていうことは、彼女は私に親しみを感じてくれてるってことだし、嬉しい…やっぱり、姉みたいに思ったりしてるのかな。
「それより、里緒菜ちゃんはこんなところでどうしたの?」
会えたのは嬉しいけど、こうやって外で会うのはちょっと意外かも。
「私は…まぁ、お買い物に行ってきて、その帰りです」
その言葉どおり、彼女の足元には買い物袋が置いてある…ん?
「あれっ、お買い物って、お料理の材料?」
「は、はい、そうですけど、それがどうかしましたか?」
その袋の中には結構な量の食材が入ってたんだ。
「それってもしかして、明日からのお弁当の材料だったり?」
「なっ…そ、そうとは限らないですよ? うちの学生寮は自炊になってますから、そのためのものなのかもしれませんし…!」
そうやって慌てちゃって、しかも否定はしてない時点でばればれなんだけど、かわいいなぁ。
「うんうん、明日も楽しみにしてるよ」
「で、ですから、そうとは限らないって言ってますのに…」
そうは言われても、食材の量を見ると、そうたくさん食べない彼女一人のとはあんまり見えないんだよね。
里緒菜ちゃん、あんまり外出とかしたくないはずなのにこうやってお買い物して、そしてお弁当を作ってきてくれてるんだよね…。
「…里緒菜ちゃん、ありがと」
それを思うと何て言ったらいいのか…胸の中がいっぱいになって、目の前の彼女を自然と抱きしめちゃう。
「…ふぁっ!? えっ、ちょっ、センパイ…!」
「あっ、ご、ごめんごめん、つい…!」
慌てる彼女の声にはっとして離れるけど…もう、何してるんだろ。
「べ、別に謝ることはないんですけど。それは、確かにこんな場所じゃあれですけど、私はいつでも…」
赤くなったあの子の言葉、最後のほうは小声で聞き取れない。
「そ、そうかな? でも、今何か言った?」
「い、いえ、何でも…気にしないでください」
「う〜ん、里緒菜ちゃんがそう言うなら…とにかく、明日も楽しみにしてるから」
「はぁ…あ、あんまり期待はしないでくださいね」
あっ、結局この食材はお弁当のため、って認めちゃったかな。
やっぱり私のためにそこまでしてくれるのが嬉しくって、まだアルバイトまでちょっとだけ時間もあるものだから、荷物を学生寮まで持ってってあげることにした。
「ま、まぁ、センパイがそう言うんでしたら…」
あの子も納得してくれたから、袋を手に取ろうと…。
「…あっ、そこにいらっしゃるのって」「山城さんだ…こんにちは」
と、横合いから私に声がかかってきたものだから、袋へ伸ばした手を一旦戻してそっちに目を向けてみると、二人の女の子がこっちに歩み寄ってきてた。
「ん、えっと…?」
名前も呼ばれたってことは知り合いのはず、なんだけどちょっと思い出せない…。
「私たち、今からあの喫茶店へ行こうとしてたんですけど、今日はお店には行かれないのですか?」
…あっ、なるほど、お店にお客さんとしてきてる子たちか…そう言われると覚えがある。
「うん、今日は夕方からだからもうすぐだね」
「そうなんですか、では今日はそちらでもお会いできそう」「夏休みに入ってからあまりお会いできない日が多かったですから嬉しい…って、今ここで会えちゃいましたけど」
今の二人は私服姿だけど、里緒菜ちゃんと同じ学校に通ってる子たちか…制服姿で喫茶店へ何度かきてくれてたのを覚えてる。
「あっ、今から喫茶店へ行くのでしたら、私たちと一緒に行きませんか?」
そんな提案されちゃったけど、そういうわけにはいかない。
「ううん、ごめんね、私、これからこの子と…って、あれっ? 里緒菜ちゃん?」
ふと見ると、私のそばにいたはずのあの子の姿がなくなっちゃってた。
ついさっきまでいたはずなのに、あたりを見回してもその姿はなくって、地面に置かれてたはずの荷物も消えちゃってた。
「…山城さん、どうしましたか?」
「えっ、いや、私のそばにいた子、どこ行ったか知らない? 私、あの子と…」
「さぁ、私は知りませんけど…」「私も…誰かいましたっけ?」
二人はそもそも里緒菜ちゃんがいた、という認識もないみたい…えっ、じゃあ私が幻でも見てた、ってこと?
でも、私の視界をふさいだ彼女の手の感覚は確かにあったし…どういうこと?
「ほら、山城さん、行きましょう?」
「う、うん…」
戸惑う私だけど、その子たちに急かされてそのまま喫茶店に行くことになっちゃったんだ。
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