第七章
「わぁ…今日もおいしそう。いつも本当にありがとっ」
「…別にそういうのはいいですから、はやく食べましょう」
「うん、それじゃ…いただきます」
―里緒菜ちゃんと一緒にあの秘密のスタジオで練習をはじめる様になって、一週間。
この間、私たちは毎日この学校で会ってて、そしてあの日以降はあの日の言葉通りあの子がお弁当を作ってきてくれてる。
今日も作ってきてくれてて、お昼時にはやっぱり誰もいなくて暑いことは暑いけど日陰の席についてるからまだ大丈夫な学食の一角でそれを食べさせてもらう。
「…ん、今日もやっぱりとってもおいしい」
「で、ですから、そんなことは一々口に出さなくってもいいです」
つい出ちゃう本音にあの子はああ言うけど、赤くなったりして照れた様子…かわいいなぁ。
そんなかわいい彼女とこうして一緒に、しかも彼女が作ってきてくれたお弁当を食べられるなんて、幸せだよね。
さらにはこうやって毎日…こういうのって何かに似てる気がしたんだけど、何だっけ。
それが何かを思い出す前に、あの子がお弁当を食べる手を止めてこっちを見てきていることに気づく。
「…ん？ 里緒菜ちゃん、どうしたの？」
「へっ？ な、何がです？」
あ、ちなみにあの子はあの日以降は自分自身が食べる分のお弁当もちゃんと持ってきてる…私のより一回り小さいけどそのくらいで十分なんだって。
「いや、何かこっち見てる気がしたから」
「そ、そうですか？ まぁ、えっと…ずいぶん幸せそうに食べてるな、って思って」
「ん、それはそうだよ、実際そうなんだもん」
「はぁ、それは言いすぎな気が…ですけど、嬉しいです…」
あの子、少しうつむいて小声で何か言った？
「ん、里緒菜ちゃん？」
「え、えっと、何でも…そ、そうです、センパイって何かかわいいな、って感じてたんです」
「…って、えぇっ？ か、かわいいって、私が？ ど、どうしてっ？」
唐突な、しかもあまりに意外な言葉に慌てちゃうけど…いやいや、あんなこと今まで言われたことないのに、一体何事っ？
「そうですね、とっても幸せそうにお弁当食べてるところ見てそう感じちゃいました」
「う、う〜ん、それは気の迷いじゃない？ それか、からかってる？」
「そんなことないですよ、センパイがかわいい、っていうのは前から感じてたことですし」
「い、いやいや、里緒菜ちゃんのほうがずっとかわいいっていうのに、どうしてそんな…」
「それこそ冗談だと思うんですけど…ま、そう気にしなくってもいいですよ」
あの子はそう言って食事に戻っちゃった…もう、色々気になっちゃうんだけど、しょうがないから私も食事に戻る。
「…うん、ごちそうさま。里緒菜ちゃん、今日もありがと」
「いえ、別に…というよりセンパイはお礼言いすぎです」
ちょっとあったもやもやも残りを食べてるうちになくなって、今日も美味しく完食。
「まぁ、そうかもしれないけど、やっぱりお礼を言っても言い切れないな、って思ってるから」
「はぁ、そんなものでしょうか…」
彼女からしてみたらこんなことで、ってところなのかもしれないけど、私にとってはやっぱり…ね。
「ん〜…そういえばセンパイはお料理できるんですか？」
と、お互いお弁当箱を片付けてるとき、まさに私が思ってたことをたずねられちゃった。
「あっ、私は…うん、全然できないよ」
「…そうなんですか？ でも、センパイって確か一人暮らししてるんじゃ…」
「まぁそうなんだけど、そこはもう本当に簡単なもので済ませるか、コンビニとかのお弁当で、ってとこかな」
「はぁ…何です、センパイのほうが私よりもずっと不健康な生活に見えますね」
うっ、そこはちょっと否定できないかも。
「もしかして、いつもお菓子を食べているのって、それを食事代わりにしてるんじゃ…」
「わっ、まさか、さすがにそれはないよっ」
「えぇ〜、本当でしょうか。そうでもないと、お菓子たくさん食べてるのにスタイルがいいのはおかしいと思いますし…じぃ〜」
見つめられちゃってちょっとどきどきしちゃう。
「確かにごはん作るなんてめんどくさいですし、お菓子で済ませちゃおうとするのもしょうがないと思いますから、気にしなくってもいいんですよ？」
「ぶぅぶぅ、本当にそんなことしてないのに。そういう里緒菜ちゃんこそ、面倒だからってそんなことしてないよね？」
「さぁ、それはどうでしょうか…それにしても、やっぱりセンパイってかわいいですね」
うぅ、またあんなこと言って話を誤魔化そうとして、そうはいかないんだから…って、えっ？
「わっ、ちょっ、り、里緒菜ちゃんっ？」
あんなこと言ってきた上に、私の頭をなでてきちゃうあの子に、さすがにあたふたしちゃう。
「あ、ごめんなさい、センパイがかわいくって、つい」
手は引っ込めてくれたけど、あんなこと言いながら微笑まれちゃうものだからさらにどきっとしちゃう。
「も、もう、何言ってるの、里緒菜ちゃんのほうが全然かわいいのにっ」
うんうん、だから私もついなでたりしちゃうっていうのに…。
「そんなことありません、センパイのほうがずっとです」
「いやいや、そんなのあり得ないから」
「それはこっちの台詞です。私をかわいいだなんて、そんなの冗談でもセンパイくらいしか言わないですよ？」
「それを言うならこっちだって、私にそんなこと言うの里緒菜ちゃんくらいだって…ぶぅぶぅ」
「むぅ〜、そんなところがそうだって思うんですけど」
あまりにかみ合わない意見に、お互いしばし見つめ合っちゃう。
「…はぁ」
と、あの子がため息をつきながら先に目をそらしちゃった。
「私たち、何を言い合ってるんでしょうね」
「…あ」
その一言でようやく冷静になる…んだけど。
「そ、そうだよね、もう…あ、あはは」
「全くです…ふぅ」
お互い苦笑いになっちゃうけど、何てこと言い合ってたんだろ…急に恥ずかしくなってきちゃった。
「え〜と……では、そろそろ練習に戻りますか？」
ちょっと気まずい空気になっちゃった中、あの子が話をそらせようとするからそれに乗ってうなずこうと…っと。
「あっ、ううん、その前に宿題しなきゃ」
「…えぇ〜、覚えてたんですか？」
「もう、そんな面倒そうな声あげないの。毎日少しずつしていったほうが絶対楽だし、私も手伝ってあげるから、ね？」
「むぅ…しょうがないですね」
渋々といった様子でお弁当と一緒に持ってきた勉強道具を出すあの子…いつかの約束どおり、夏休みの宿題を見てあげることにしたの。
でお、しょうがないって…これは里緒菜ちゃんのことなのに、本当にしょうがないなぁ。
「…もう一時間もやりましたし、今日はこのくらいでいいんじゃないですか？」
「ん、そうだね、続きはまた明日にしよっか」
「えぇ〜、別に毎日しなくっても大丈夫だと思うんですけど」
あんまりやる気のない様子な里緒菜ちゃんの宿題を手伝ってあげてそのくらい、でも彼女はやっぱり勉強もやればできる子で私が教えたりすることは特になかったりして。
「ダメだよ、そんなこと言ってると何だか最終日あたりまでやらないままになっちゃいそうだし」
「…まぁ、それは否定しませんけど」
「ほら、やっぱり…だから毎日少しずつやってかないと、ね。でも、今日はお疲れさま…これでも食べて、元気出して」
キャンディを二つ出して一つをあの子へ渡して、もう一つを自分の口へ…やっぱりチョコバーじゃないとさみしい。
「ありがとうございます…けど、ここはちょっと休憩しませんか？ このまま練習行くのはちょっと…」
キャンディを口にしながらそんなこと言われちゃったけど、確かに疲れた頭で練習してもいいことないか。
「…もう、しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ？」
「はい、ありがとうございます…ふぅ、疲れた〜」
私の言葉を聞くや否や、あの子はテーブルに突っ伏しちゃった。
「もう、里緒菜ちゃんったら…」
そんな様子もまた微笑ましく感じられるんだけど、突っ伏したあの子はそのまま動かなくって、さらに静かな寝息まで耳に届いてきた。
「お昼寝の時間か…もう、本当にしょうがないんだから」
ここはちょっと暑い気もするけど、でも日差しがないからまだ大丈夫。
「ふぁ…っと」
気持ちよさそうに眠るあの子を見てると、つられてこっちもあくびが出ちゃった。
ここは私も一緒にお昼寝しちゃうのも悪くないかも…とも思うんだけど、そんな私の手は自然とあの子の頭へのびていって、やさしくなでなでしちゃう。
そういえば、この間もこんなことあったっけ…あれは、夏祭りに一緒に行ったとき、だったよね。
あのとき、里緒菜ちゃんはおねえちゃん、なんて寝言を言ってきてたっけ…あれが私のことを言ってきてたなら、私は彼女に姉の様に感じてもらってる、っていうことになるのかな？
仕事上での先輩、ってだけの存在じゃないっていうのはやっぱり嬉しい…私にとっても、彼女はただの後輩ってわけじゃないし。
う〜ん、なら、私にとって里緒菜ちゃんはどういう存在なの？
「もう、やっぱりかわいいなぁ…」
彼女の寝顔を見てると何ともいえない気持ちになって、やさしくなでなでしちゃう。
里緒菜ちゃんが私のことを姉の様に感じてるのなら、私のこの気持ちはその逆なのかも…かわいい妹ができた様な感じ？
私は一人っ子だから今までそういう感覚とかもちろんなったことないんだけど、この彼女をとってもかわいいと感じたり、あるいは放っておけない、一緒にいたいって思う気持ちは、そういうことなのかも。
「そっか、妹か…」
私の妹にしてはかわいすぎるけど、でも…あぁ、やっぱりかわいい。
この何ともいえない気持ち…これはそういうことでいい、んだよね？
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