次の日もあの子と一緒にあのスタジオで練習することにした…んだけど、はじめる時間をもうちょっと遅くして、ってお願いされちゃった。
 やっぱり休みの日の朝くらいはのんびりしたいのかな…私としてはあんまりだらけた生活はしてもらいたくないんだけど、一緒に練習してくれるってだけで嬉しいことだし、そこはうなずいてあげた。
 ま、それでも私は結構はやめにきちゃって、しばらく一人でスタジオにいたりして。
「…って、センパイ、何してるんですか」
 お昼前くらいになった頃かな、ようやく里緒菜ちゃんが姿を見せ、そこにいた私へちょっと微妙な視線を向けてくる。
「あっ、おはよ、里緒菜ちゃん。うん、ちょっと一人で練習を、ね」
「はぁ、ちょっと遅めでいい、って言いましたのに、そんなことしてたんですか。何ていいますか、センパイって陰でものすごく練習とかしてそうな感じですよね」
「ん〜、そうかな?」
「はい…本来こんな暑苦しい人とか一番苦手なはずなのに、私はどうして…」
 あの子、小声で何か呟いたんだけど、よく聞き取れない…?
「ん、里緒菜ちゃん、どうしたの?」
「い、いえ、別に何でもありません…!」
 また昨日のはじめの頃みたいに慌てられちゃった…う〜ん、気になる。
「そ、それより、もうお昼になりますし、練習は午後からにしませんか?」
 話をそらされちゃった感じだけど、確かにもうそんな時間だからうなずいてあげる。
「え、え〜と、それじゃ…こ、ここにお弁当がありますから、これを食べませんか?」
 あの子、そう言って手にしたものを見せてくるけど…えっ?
「お弁当、って…それ、もしかして里緒菜ちゃんが作ったの?」
 布地に包まれた中は見えないけど、ちゃんとしたお弁当箱がありそうな雰囲気。
「え、ええ、そうですけど…わ、悪かったですね、どうせ私は料理とかできない人にしか見えませんよっ」
「も、もう、誰もそんなこと言ってないし…でも、里緒菜ちゃんがわざわざ作ってきてくれるなんて…」
「べ、別にこれはただ、えっと…た、たまたま材料が余っててもったいなかったものですから、さっと時間もかけないで適当に作っただけのものなんですからっ」
 慌ててそう言う彼女は赤くなってて、それに昨日の言葉…お昼は用意しなくっていい、って言ってきたのってこれのためだったんだよね、きっと。
「わ、解ってくれましたか? 解ったら…」
「…うん、よく解った。ありがと、里緒菜ちゃんっ」
 あの子がわざわざ、なんて思うと心の中が今まであんまり感じたことのない、とってもあったかい、でもそれだけじゃない、自分でもよく解らない気持ちになってきちゃう。
「…ふぁっ!? せ、センパイっ、な、何を…!」
「…あっ、ご、ごめんっ! えっと、つ、つい…!」
 で、気がついたらあの子のことを抱きしめちゃってて、彼女の慌てる声にはっとして慌てて離れる。
「つ、ついって…つい、そんなことしちゃうものですかっ?」
「い、いや、そうだと思うけど、自分でもちょっとよく解らなくって…ご、ごめんねっ?」
 うぅ、私ったらどうしてあんなこと…先日にもこんなことしちゃったことあったけど、他の人にならこんなことしないのに。
「せ、センパイってもしかして私のこと…」
「えっ、ど、どうしたのっ?」
「…はっ、い、いえ、何でもありませんっ。と、とにかく、お弁当…た、食べましょうっ」
 お互いにものすごく落ち着きをなくしちゃってる中、あの子はそう言うとスタジオの扉へ手をかけた。
「って、どこ行くの? ここで食べれば…」
「…そ、そんなこと、できませんっ」
 そう言い残してあの子は扉を開けて外へ出てっちゃった。
 う〜ん、でも私も、こんな狭い空間であの子のお弁当を食べるなんて耐えられなかったかも…って、どうしてそう感じるんだろう。

 そんな私たち、結局昨日同様に誰もいなくって暑い学食へやってきた。
 でも、昨日と違うのは、席についた私の前にあるのがカップラーメンじゃなくって女の子らしいお弁当箱だっていうこと。
「えっと、それじゃ開けてみて、いい?」
「は、はい、どうぞ…」
 あの子はやっぱり昨日同様に私と席を一つ挟んだ隣に座ってるけど、お互いぎこちないというか、緊張した感じ…。
 自分でもよく解らないくらいどきどきしちゃってるんだけど、とにかくお弁当箱のふたを開けて…。
「…わぁ、これ、里緒菜ちゃんが作ったの? とってもおいしそうっ」
 中を見て、緊張した様な気持ちが一気に吹き飛んじゃった。
「も、もう、そんな、お世辞はいいですから…」
「里緒菜ちゃんったら、お世辞なんかじゃないって」
 うん、まず見た目はとってもおいしそう…理想的なお弁当で、一気に空腹感が増してきちゃった。
「じゃ、食べていい?」
「す、好きにしたらいいですよ?」
「うん、それじゃ…いただきま〜す」
 お言葉に甘えて、箸を手にしてさっそく一口…口の中に入れてよく味わってみる。
「んっ、これ…すっごくおいしい」
「えっ、ほ、本当ですか? よかった…」
 一口めを飲み込んで思わず出た言葉に、緊張した様子でこちらを見守っていたあの子がほっと息をついた。
「うん、ほんとほんと。里緒菜ちゃん、お料理上手なんだね…すごいなぁ」
「べ、別にこんなの、大したことじゃないです。あんまり外に出たくないから、ということでできる様になっただけですし…」
「そうなんだ…とにかく、とってもおいしい。こんなおいしいお弁当作ってきてくれて、本当にありがと」
 お礼を言ってまた口にしてくけど、うん、ここまでおいしいって感じるものを食べたの、とっても久し振りかも。
「も、もう、ですから、たまたま余り物があったから適当に作ってきただけなんですけど…ほ、本当なんですから」
 う〜ん、そう言う割には、結構手が込んでる気がする…あの子が練習時間を遅らせたのも、これのためなんだよね。
「で、でも、こんなものでそんなに喜んでくれるんでしたら…えっと、明日からも、都合の合うときには作ってあげてもいい、ですよ?」
 なのに、顔を赤くしたあの子、続けてそんなことまで言ってきた…!
「えっ、いいのっ? うん、里緒菜ちゃんがそう言ってくれるなら、ぜひお願いしたいなっ」
「…ま、まぁ、そこまで言うんでしたら、しょうがないですね」
 ちょっと呆れた様子、でも顔を赤くしながらそう言ってくれる彼女。
「わぁ、こんなおいしいお弁当をこれからも作ってもらえるなんて…ありがとっ」
「べ、別に…深い意味はないんですからっ」
 あの子は照れた様にぷいっとしちゃうけど、面倒くさがりやさんのあの子がこんなこと言ってくれるっていうことは、私は彼女にとって悪い存在じゃない、ってことなんだよね。
 そのことが嬉しいって気持ちをさらに大きくしてとっても幸せで、そんな気持ちだからただでさえおいしいお弁当ももっとおいしくなってきちゃう…って、ん?
「あれっ、里緒菜ちゃん、もしかしてお弁当ってこれしかないの?」
 あの子の前には何も置かれていないことに気づいたんだ。
「もう、そういうことははやく言ってよ…ほら、半分こしよ?」
「えっ、いえ、私のは気にしなくっても…」
「もうっ、そんなわけにはいかないよっ。午後に備えてちゃんと食べなきゃだし、それにこういうのは一緒に食べないとおいしくないし、ねっ?」
 微笑みかける私にあの子はうなずいてくれて…うん、よかった。
 量は減っちゃうけど、あの子が何も食べないのに私だけ、っていうのはよくないに決まってる…一緒に食べないと幸せな気持ちになれるわけない。


    (第6章・完/第7章へ)

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