お昼ごはんも食べ終わって、再びスタジオへ戻ってきた私たち…エアコンが効いてるここはやっぱり涼しい。
「うん、それじゃ里緒菜ちゃん、練習のほう、頑張ろっ」
「すぅ、はぁ…は、はい、私はいつでも大丈夫です」
 あの子は大きく深呼吸したりして、まだちょっと緊張した様子に見えた。
 実際、まずやってみた発声練習なんかでは、ちょっと硬さが見られたりして…この間の事務所でのレッスンのときよりずっと緊張した様子だったから、ちょっと不思議。
 でも、ずっとそんな状態だったわけじゃなくって、台詞を合わせてみようってなったときから、彼女の様子は変わっていった。
「…あら? あの子、まさか…私と、同じ?」
 台詞を口にし出した彼女は普段の様子とは全く違う、もう完全にその役の人物としか感じられない声…ううん、表情とか全体的な雰囲気も、かな。
 ついさっきまで緊張してた様に見えたのに、さっと役に入り込んで何の違和感もない演技をするのは、やっぱりさすがって感じちゃう。
 それに、今回の役は普段の彼女とは全然違うタイプだから、そのギャップに思わずどきっとしちゃったり…って、いけないいけない、私も集中しなきゃ。
「…ん? 何だか視線を感じた気がしたんだけど…ま、かわいい私じゃしょうがないわよね」
 私の演じる役も普段の自分とは全然性格の違う人物だけど、そういうキャラクターだからってしっかり演じられない様じゃ声優さんなんてやっていけない。
 しっかりこの役になり切って台詞合わせ…うん、やっぱりこうやって何かを演じるの、純粋に楽しく感じられるし、今日はさらに気持ちが上向いてるかも。
 それはやっぱりアニメのメインキャラの役ができる実感がわいてきたからなのか、それとも…。
「…ふぅ、里緒菜ちゃん、お疲れさま。今日はこのくらいにしておこっか」
 何度か台詞を合わせたりして、ふと我にかえって時間を確認するともう夕方近くになってたから、一息ついてそう声をかける。
「あら、どうしたの、ファティシアったら。まだまだこれからでしょう?」
「…って、えっ、里緒菜ちゃん?」
 なのにあの子はあの役のキャラのまま、大人びた雰囲気で微笑んでくるものだからどきっとしちゃう。
「…はっ、い、いえ、失礼しました…。そ、そうですね、今日はこのくらいにしておきましょう」
 と、はっとした彼女、次の瞬間には普段の様子に戻ってて、少し恥ずかしそう。
「ふふっ、里緒菜ちゃんって完全に役に入り込んじゃうんだね」
「わ、悪かったですね…」
「ううん、そんな、何も悪いことなんかないって」
 いや、完全にその役になり切れるなんてむしろいいことだし…やっぱり、里緒菜ちゃんはこれからどんどんいい声優さんになっていけそう。
「でも、里緒菜ちゃんの演技もしっかりしてるし、こうなるとそうたくさん練習する必要ないのかな…」
「…え、そ、そう、ですか…?」
 思わず呟いた言葉に、あの子は何だか微妙な反応を見せた?
 …あれっ、お休みをつぶして練習してるんだから、てっきり喜んだりするのかなって思ったのに。
「うん、でもやっぱりアニメのメインキャラだなんてはじめての大役、しかも二人で一緒の作品に出るんだし、もうちょっと一緒に練習したいな。里緒菜ちゃんも付き合ってくれる?」
「つ、付き合って…しょ、しょうがないですね、ちょっとくらいなら我慢してあげます」
 あっ、赤くなってぷいってしちゃった…かわいいなぁ。
 でも、この反応…彼女も私と一緒にもっと練習したいとか、思ってくれてるのかな。
 朝の緊張した様子とかちょっと心配だったんだけど…うん、それなら嬉しいな。


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