ということで、夏休みも後半に差しかかるかの頃、その新作アニメの第一話の台本がもらえたから、次の日からさっそく二人一緒に練習することにした。
「ふぁ…だからって、こんな朝からすることないじゃないですか」
学校内にある秘密のスタジオ、先にやってきていた私に対してちょっと遅れてやってきたあの子は眠そうな様子。
「そんなこと言って…でももう十時過ぎだよ? やっぱり、夏休み中は遅くまで寝ちゃってるの?」
「当たり前です、ゆっくり寝られるのにそうしないなんて、もったいないです」
う、う〜ん、もったいないとまで言われちゃった…時間を気にせず眠るのは確かに気持ちいいし、こうやってちゃんときてくれただけでもよしとしておこうかな。
「じゃ、さっそく練習しよっか。まずは…もらった台本、もう一回読み直してみる?」
「そう、ですね…まだあまりしっかり読めてないですし」
わっ、そうなんだ、私はわくわくしちゃって何度も読み直しちゃったんだけど、里緒菜ちゃんは大物だね。
と、このスタジオに椅子はなくって壁にもたれかかるかたちで座るんだけど、あんまり広い場所でもないから、肩が触れそうな近さで座っちゃう。
「え、え〜と…」
「ん、どうしたの?」
「な、何でもないですっ」
少し戸惑ったみたいな様子のあの子だったけど、私が顔を向けるとぷいっとしちゃった…よく解らないけど、でもかわいいなぁ。
そんなすぐ隣にいるあの子のことが気になっちゃって、妙にどきどきする…はじめて一緒に練習、っていうことで緊張しちゃってるのかな。
いけないいけない、そんなことじゃ…センパイとしてしっかりしたところを見せなきゃいけないし、練習に集中しなきゃ。
「…里緒菜ちゃん、大丈夫そう?」
気を持ち直して台本を読み直し、それが終わったところで隣へ声をかけてみる。
「…へっ? だ、大丈夫って何がですっ? わ、私は全然大丈夫ですよっ?」
「…って、里緒菜ちゃん? あ、あんまり大丈夫そうじゃないんだけど」
ものすごく上ずった声が返ってきたものだから思わず目を向けちゃうけど、すぐそこには真っ赤になったあの子の顔。
うっ、どうしたんだろう、またどきどきしてきちゃう…じゃなくって。
「わ、私は全然落ち着いてますし、問題ありませんっ」
「いやいや、ものすごく慌ててるって。もしかして、私と一緒に練習するの、緊張してる?」
あの里緒菜ちゃんがそんなことで緊張するとは思えない気もするんだけど、他に慌てる理由とかないものね…私も自然と緊張しちゃったのかどきどきしてるし。
「べ、別にそういうわけじゃ…ないことは、ないかもですけど…」
「そっか、でも里緒菜ちゃんはいつもここで練習してるわけだし、いつもどおりに、ね?」
少しでもリラックスしてもらおうと、持ってきたお菓子を一つ差し出す…やっぱり外は暑いからチョコバーじゃないんだけど、キャンディを持ってきてたんだ。
「いつも練習してるわけじゃないんですけど…えと、ありがとうございます…」
遠慮がちにキャンディを受け取ってくれたから、もう一つ取り出して私も口にする。
「ん、おいし…そうなんだ、じゃあ里緒菜ちゃんはどのくらい練習してるの?」
「ん…と、そ、そんなこと、別にいいじゃないですか」
あの子もキャンディを口に入れつつそう答えてきた。
「う〜ん、それもそっか」
練習の量なんて人それぞれだし、それに彼女の性格からするとどれだけ努力してるか、なんて口にするのは恥ずかしいなんて考えそう…自分はこんなに頑張ってる、なんてアピールしてきたりするよりは全然いいんだけど。
「意外に物分りがいいんですね…そ、そういうセンパイは、いつもどのくらい練習とかしてるんですか?」
「ん〜…秘密、かな」
別に隠す様なことでもないんだけど、あの子がああいうお返事してきたものだから、つい笑顔でそう返しちゃう。
「つっ…そ、そうですか…!」
と、あの子、また顔を赤くしながらそらしたりして…そんな反応されると、こっちもまたちょっとどきっとしちゃうんだけど。
「え、え〜と、とにかく、もう台本は読んだし、一回合わせて…ううん、それよりまずは発声練習からしなきゃだね」
ちょっと気まずい沈黙が流れちゃいそうになったからそう声をかけてみる。
「えっと、そ、そうです…けど、もうお昼なんじゃないですか? お昼ごはんとかしたほうがいいって思いますけど」
「…ん? あ、ほんとだ、もうそんな時間か」
スタジオに時計はないけど腕時計を見ると確かにもうお昼前。
「はい、ですからお昼ごはんにしましょう」
あの子はそう言うとそそくさと扉を開けてスタジオの外に出ちゃう…もう、そんな慌てる様に出て行ったりしなくってもいいのに。
しょうがないから、私も続いて外に…。
「…はぁ、やっぱりきついけど、何とかしないと…」
と、外に出たあの子、深呼吸して何か小声で呟いてる?
「…里緒菜ちゃん、どうしたの?」
「べっ、別に何でもありませんよっ?」
う〜ん、今日の彼女、やっぱり落ち着きない…ああ言ってる以上これ以上突っ込むのはやめておくけど、何か問題とかあるなら何でも私に言ってくれたらいいのに。
「うっ、外はやっぱり暑いですね…」
慌てる様にスタジオの外へ出たあの子だけど、もちろん外は校舎内とはいえエアコンなんてかかっているはずもないから、そんなこと口にしちゃってる。
「それならもう少しスタジオにいればよかったのに」
「う…い、いいんです。それより、お昼ごはんはどうするんですか?」
乱雑に置かれたものの間を抜けて廊下へ出る私たちだけど…そうか。
「あ、そういえば全然考えてなかった。どうしよ?」
「…って、私に聞かれても困るんですけど。今は夏休みですから学食もやってませんし」
「う〜ん、そっか…じゃあ、私のアルバイト先の喫茶店にでも行く?」
普段もそこでお昼食べてるし、それがよさそう。
「え〜…こんな炎天下、あんな遠くまで歩くんですか? 私は嫌です」
窓の外の天気を見ながらものすごくきっぱり言い切られちゃった…このほうがいつもの彼女らしいといったらそうなんだけど。
「あぁ、そういえば学食にインスタント食品の自動販売機がありましたっけ。面倒ですし、それに夏休みで誰もいないでしょうから、もうそれでいいですよね」
特に反論とかできなくって、結局食堂でカップラーメンを食べることになっちゃった。
「うぅ、ちょっとわびしい…ずるずる」
誰もいない学食、二人でカップラーメンを食べる姿ってさみしい気がする…いや、これが私一人なら別にいいんだけど、あの子が一緒だし、ね。
「もう、贅沢ですね…それにしても、やっぱり暑い…」
そんなあの子は私の…椅子を一つ挟んだ隣に座って食べてるんだけど、汗をかいてきちゃってる。
まぁ、広い室内空間と入っても真夏で冷房も止まってる場所でラーメンを食べてるわけだから、正直に言って私も暑い。
「やっぱり、これなら喫茶店へ行ったほうがよくなかった?」
「ですから、そんな面倒なことは遠慮します」
「う〜ん、それじゃ、エアコンの効いてるスタジオで食べるとか」
「そ、それは…それもちょっと、遠慮しておきます」
まぁ、あそこは狭い上に換気も悪そうだから、ラーメンを食べるのはあまりよくないかもしれないか。
しょうがない、まずはこのままで我慢しようかな…。
「でも、明日もこんな食事じゃちょっとあれだし、明日は何か買ってこようかな…」
「…って、明日も練習するんですか?」
「うん、そのつもりだけど…いいじゃない、一緒に頑張ろっ?」
「はぁ、しょうがないですね…暑苦しいのは嫌いですし、ほどほどにしておいてくださいね?」
さすがに毎日だとせっかくの夏休みな里緒菜ちゃんに悪い気がするし、そこは適度にってしておくけど、でもはじめの数日はいいよね。
と、その彼女、食事の手を止めて、何か考え込みはじめちゃった?
「ん、里緒菜ちゃん、どうしたの?」
やっぱり、そんなに練習したくないとか考えちゃったのかな。
「いえ、別に…そ、その、センパイ? 明日は、別に何も買ってきたりしなくってもいいですよ?」
と、返ってきたのはちょっと意外な言葉。
「…へ? どうして?」
「何でもいいですから、とにかく何も持ってこなくってもいいですっ」
「えっと、う、うん、解ったよ」
あの子の強い口調に思わずうなずいちゃった…まぁ、よく解らないけど、あの子がああ言ってるんだし、ここは大人しく聞いてあげたほうがいいよね。
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