まさか今日事務所に行く予定があるなんて知らずに夏祭りで色々回っちゃったけど、里緒菜ちゃんは疲れは残っているそうながら普通に歩けてはいるからちょっと一安心。
「あら、山城さん、それに片桐さんもご一緒にいらしたのですか。やはり、如月さんにうかがっていた通り仲がいいのですね」
 暑い中ようやく事務所にたどり着くと、出迎えてくれたクールな雰囲気の女の人にそう言われちゃった。
「なっ、こ、これは偶然で…しかも、如月さんに聞いたって、何をです?」
「それは秘密です。それよりも、お二人ともご一緒なら話ははやいですし、さっそく打ち合わせをはじめましょう。今日は如月さんがいませんから、私が代わりをします」
 口調もまたクールにそう言って奥へ行ってしまうのは榊原氷姫さんという、事務所のマネージャさんの一人。
 榊原さんは歌手さんのほうのマネージャをしてるからあまり接する機会はないんだけど、今日は如月さんが夏梛ちゃんのお仕事で東京のほうについてってるから、ってことみたい。
 それはいいんだけど、私と里緒菜ちゃん、一緒に打ち合わせするんだ…どういうことか解らなくって互いに顔を見合わせちゃいながらも後について打ち合わせの席につく。
「本格的な話はまた後日、スタッフなどを交えて行いますけれど、今日はひとまず概要と意志の確認、といったところです」
 ちょっと効きすぎなくらいエアコンの聞いた部屋、席についた私たちの机を挟んで向かい側へ座った榊原さんはさっそくそう切り出した。
 無駄なことは話さず、そしてやっぱりクールで仕事のできる人、って雰囲気なんだけど、片手にアイスを持ってるのがちょっと親近感。
 にしても、そんな改まって、しかも私たち二人にって、どういう…?
「少し急な話なのですけれど、来期…ですから十月からはじまるアニメーションについて、お二人を主役にしたい、というお話があります。今日はそれについてです」
「…って、えっ? 来期のアニメの主役…私と里緒菜ちゃんが、ですか?」
 榊原さんの口から出た言葉に思わずたずね返しちゃったけど、それほど驚き…もう夢みたいな一言だったわけで、隣に座るあの子もそんな表情してる。
「はい、お二人を、ですよ?」
「えっと、でも、主役を、なんですよね? なのに、二人って…もしかして、別の作品でそれぞれってこと…?」
「いいえ、同じ作品です。資料によると、二人の女の子が主人公みたいです」
 あぁ、なるほど、そういうかたちのお話か…日常ものに結構ある気がする。
「でも、その…私、そんな作品のオーディションとか、受けた記憶ないんですけど」
「あ、そう言われると、私もないな…どういうことです?」
 あの子の言葉に私も記憶を辿らせたけど、やっぱりない。
「ええ、そうでしょうね。今回の人事は先方とこちらの事務所とで相応しい人を選んだ結果、ですから」
 わっ、それって私と里緒菜ちゃんがそうだ、って思って指名してもらえたんだ…。
「あと、お二人が顔出しなどあまりしたくない、と考えていることは知っていますし、こちらの作品ではそういうことはしないつもり…とのことですけれど、どうされます? このお話、受けますか?」
 しかも、そんなところまで考えてくれているなんて…私のわがままかもしれないのに、もったいなくすら感じる。
 もちろん、こうなると答えは決まってる。
「はい、もちろんです。ぜひお願いします」
 アニメの主役なんて大役、声優になってこんな機会を捨てるなんて、許されることじゃない。
「わ、私もよろしくお願いします」
 それに、里緒菜ちゃんと一緒の作品に出られるなんて…いつかはそんな日がきたらいいな、とは思ってたけど、こんなにはやく実現するなんて。

「このあらすじを読む限り、里緒菜ちゃんが演じるキャラのほうが主役っぽいかも」
「そうでしょうか…センパイのキャラクターのほうが重要人物っぽいですけど」
 はじめての、しかもあの子と一緒な作品なアニメの主役出演。
 榊原さんに出演したい意思をお互いに伝えて今日はおしまいで、その出演作品の資料を受け取って事務所を後にした私たち、また美亜さんの喫茶店へ立ち寄って、そこでその資料を見させてもらう。
 資料にはまださすがにそこまでの詳細は書かれてなくって、ストーリーについてもほんの序盤くらいしか書かれてなかったけど、メインとなる二人の少女の説明はちゃんとあって、のんびり紅茶を口にしながら感じたことを言い合う。
 …あ、ちなみに今の私はお客さんとしてここにいるから、のんびりしてても問題ない…っていっても、店内には私たちの他には美亜さんしかいないけど。
「里緒菜ちゃんのキャラはお姉さまっぽい感じだね…どうなるか楽しみ」
 うん、あの子の役は大人な雰囲気だけどちょっと悪戯っぽい印象も受ける。
「センパイのは…ツンデレですか。どう見てもツンデレですね」
 で、私のほうはといえば、あの子が口にした通りのキャラ…自信家なんだけど、自分の想いにはなかなか素直になれないっぽい。
 ツンデレなら、素でその傾向のある里緒菜ちゃんのほうが似合いそうなんだけど…。
「センパイがツンデレとか、面白そうですね…少しだけ楽しみにしておきます」
 あの子にそう言われたらもう頑張るしかないし、それにどんな役でもしっかりこなさなきゃ、だよね。
「ん、ありがと。里緒菜ちゃんの演技も楽しみ」
「わ、私のなんて別に…それにしても、どんなお話になるんでしょう」
「う〜ん、そこは私たちも先を楽しみにしながら演じてけばいいんじゃないかな」
 今回私たちが出演することになったのは、来期…それほど局数は多くないながら、それでも地上波で一クール放送されるアニメ。
 アニメになる作品って元がコミックとかノベル、あるいはゲームっていうのも多くってそれならその原作に触れればいいわけだけど、今回のものは完全オリジナル作品らしい。
 今のところ解ってるのは、現代を舞台にした、でも主役の二人は人間じゃなくってアンドロイドらしい、ってことくらいかな。
「収録は八月の半ばすぎから、こっちで行われるんだっけ」
「らしいですね…私としては近くてまだ楽ですからいいですけど」
 メインキャラを演じるのが同じ事務所の私たちっていうこと、それに彼女がまだ学生っていうこともあって、そんな気を遣ってもらえたみたい。
「第一話の台本もそのちょっと前に渡してもらえるんだよね…あっ、それ受け取ったら一緒に練習しよ?」
「えっ、一緒に…ですか?」
「うん、多分一緒に出るシーンも多いと思うし、そのほうがお互いにいいんじゃないかな、なんて」
 そこまで口にしてから、そういえば私ってまだ里緒菜ちゃんと練習とか一度もしてなかったっけ、って気づいた。
 彼女がレッスンを受けたりしてるところは見たんだけど、自主的な練習とかって事務所じゃしてないみたいだから…。
「別に一人でも大丈夫…っていうより、絶対な用事もないのに事務所行くのは暑いし面倒です」
 う〜ん、やっぱりそうなっちゃうか…あっ、それなら。
「じゃあ、里緒菜ちゃん、学校のあの場所でしよ? 夏休みの間だったら、きっと大丈夫だって思うし」
「あの場所…あぁ、あそこですか。う〜ん…」
 確かに二人で使うにはちょっと手狭かもしれないから里緒菜ちゃんが悩むのも解るんだけど、でもあそこなら移動もそう負担にならないって思うし…やっぱり、一緒にしたいな。
「ダメ、かな?」
「…まぁ、同じ作品に出るわけですし、しょうがないですね。そこまで言うんでしたら、いいですよ」
 そして、あの子はちょっとため息混じりながらもそう答えてくれた…!
「…わぁ、本当っ? うんうん…里緒菜ちゃん、ありがとっ」
「べ、別に…って、ちょっ、こ、こんなところで何するんですっ?」
 あっ、いけないいけない、嬉しさのあまりつい抱きついちゃった。
 でも、それだけ嬉しいのは確かなんだし、それに店内には他には美亜さんがいるだけなんだから、いいよね…って、美亜さんにはまたからかわれちゃうかもしれないけど。

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