第六章

「ふぅん、なるほど、夏祭り、とっても楽しんできたのね」
「うん、里緒菜ちゃんにも喜んでもらえて、本当によかった」
 ―とっても楽しかったお祭りの翌日のお昼、アルバイト先の喫茶店で美亜さんと昨日のことをお話し。
「本当、お二人は仲がいいわね…うふふっ」
 私の話を聞く美亜さんは終始微笑ましげ。
「やっぱり、私の目に狂いはなさそう」
「…って、美亜さん? 私と里緒菜ちゃんはそういうのじゃなくって、先輩と後輩の関係なんだからね?」
 ときどきあんなことを言われるけど、そんな目で見ちゃったらあの子に迷惑かかっちゃうじゃない、もう。
「あら、私としては…ううん、しょうがないわね、今はそういうことにしておいてあげる」
「そういうことも何も…そういうことなんだけど」
 全く、困ったものだよね。
「でも、本当に楽しかったみたいね。あの麻美ちゃんのライブまであったっていうし、私も行きたかったわ」
「なら、こればよかったのに」
「そういうわけにはいかないわ。お店があるもの」
「う〜ん、昨日の、しかも夜くらいお休みにしてもよかった気がするんだけど」
「あら、すみれちゃん? 私はただのアルバイトだから、そこまで決めることはできないわよ?」
 …あぁ、そういえばそうだっけ、私のアルバイト採用を決めたのも美亜さんだったりとそんな風には全然感じられないからすぐ忘れちゃうよ…っと、そうだ。
「う〜ん、でも、私の働く時間は決められるよね? この時期って私がいてもいいのかな…さすがにちょっと、これでお給料もらうのは申し訳ない気がする」
 カウンターに座っている私、店内を見回してみるけどお客さんは一人もいない。
 今日の私はずっとのんびりしてるし、これじゃさすがに…ね。
「そうね…夏休みだから学生さんもこないし、お客さん、少ないわよね」
 普段ならこれから下校時の学生さんが立ち寄ってくれる時間帯になってくるんだけど、そういうお客さんがいないもの。
「でも、私はすみれちゃんにいてもらいたい…そう、すみれちゃんのために」
「…え? それってどういう…」
 私の生活の心配をしてくれてるんだろうか…?
 不思議に思いながらも、出してもらってる紅茶を一口…と、そのとき入口の扉が開く音が耳へ届く。
「あら、ふふっ、やっぱり…いらっしゃいませ」
 妙に意味ありげな微笑みを浮かべる美亜さんに不思議になりながらも振り向く…と。
「…あっ、里緒菜ちゃん、いらっしゃいませっ」
 入ってきた子を見た瞬間、思わず立ち上がってそのまま歩み寄っちゃう。
「ふぅ、暑かった…。えと、はい、こんにちは」
 汗を拭いながら疲れた様子を見せるのは、昨日一緒にお祭りへ行ったあの子。
「こんな暑い中きてくれたんだ…ありがとっ」
 今日も外は快晴で気温も高い…その証拠に外を歩いてきたあの子はずいぶん汗をかいちゃってる。
「べ、別に、センパイのためにきたわけじゃないんですけど…」
 それでも、お祭りの翌日にここで会えるとは思ってなかったから、やっぱり嬉しい。
「とにかく疲れてると思うし、座って座って」
「そうさせてもらいます…」
 あの子を席へ促して、水を取りにカウンターへ戻る。
「うふふっ、他にお客さんもいないし、すみれちゃんもあの子と一緒にのんびりしてていいわよ?」
 美亜さん、水を二つ差し出してきつつそんなことを言ってきて、ちょっと裏を感じちゃう気もするものの、あの子とゆっくりお話ししたいのは確かだからお言葉に甘えさせてもらう。
 ということで水を受け取った私はあの子の席へ戻って、そのままその席へつかせてもらった。
「えと…お仕事はいいんですか?」
「うん、店長さ…じゃないんだけど、とにかくあそこの人が大丈夫って言ってくれたから。あ、何か注文あったら遠慮なく言ってね?」
「いえ、今は水でいいです…暑くて、それに昨日のこともあって疲れてますし」
 そうしてあの子は水を口にして一息つく。
「昨日、って…もしかして、少し振り回しすぎちゃったかな。ごめんね?」
「べ、別に…あれで疲れて身体が痛いのは事実ですけど、まぁ、その、楽しかったですから…」
 ぷいってされちゃったけど、夏祭りが楽しかったって言ってもらえるのはやっぱり嬉しい。
「うん、よかった。でも、身体が痛いんだったら、今日はゆっくりしてたほうがいいんじゃない?」
「私だってできればごろごろしていたいんですけど、今日はあと一時間後くらいに予定があって…」
「そうだったんだ。私も今日はその時間から予定があるからその前にはここを上がらなきゃいけないけど、それまではのんびり身体を休めていってね」

 ちょうど今日のアルバイトを終えるくらいの時間まであの子がここにいる、ってことなので、その間は一緒にのんびり。
 他にお客さんもこないこともあって、ずっとあの子の席にいさせてもらっちゃった。
「そういえば里緒菜ちゃん、夏休みの宿題はちゃんとしてる? 油断してると夏休みなんてすぐ終わっちゃうよ?」
「うっ、そんなこと、今はどうでもいいじゃないですか…何とかなりますよ」
 少しゆっくりしてあの子も少し体調よくなったみたい…よかった。
「もう、そんなこと言って…」
「う〜ん、センパイはそういうの、毎日こつこつ地道にやってそうなタイプですよね…。まぁ、でも終わればどういう経過だろうが…いえ、面倒ですし出さない、っていうのもありですけど」
「もう、里緒菜ちゃん、そんなのダメだよ?」
「もう、嫌ですね、冗談ですよ〜?」
 さすがに注意しないと、って見つめると、あの子はちょっと乾いた笑いをあげたりしてちょっと怪しいけど、そこは信じてあげなきゃだよね。
「ん、ならいいんだけど、でも本当にどうにもならなさそうなら言ってね? 私にできることがあったら手伝ってあげるから」
「…って、いいんですか?」
「うん、でももちろん手伝うだけだし、ちゃんと自分でするのが大切だよ?」
「は、はい…っと、もうそろそろ行かないと間に合いませんし、もう行きますね?」
 あの子、話をそらせるかのように立ち上がっちゃったりしてやっぱり心配…お仕事もあると思うし、手伝ってあげられるところはそうしなきゃ、だね。
「あ、待って、私もこれから予定あるから、一緒に行こ?」
「はぁ、しょうがないですね」
 彼女を待たせない様に急いで上がる準備をする。
「美亜さん、それじゃ今日もお疲れさまでした」
「ええ、頑張ってね」
 あれっ、今日これからの予定なんて話してないのに応援されちゃった…ま、いいか。
「お待たせ、里緒菜ちゃん。それじゃ、行こっか」
 待っててくれたあの子と一緒にお店を出て…。
「…うぅ、やっぱり暑い…」
「う、うん、そうだね…なるべく日影を歩こ?」
 外は相変わらずの真夏の陽射しで、彼女が途中で喫茶店で休んでくのもよく解る。
 そういえば麻美ちゃんがよく日傘を差してるところを見るんだけど、あれも麻美ちゃんならよく似合うけど私じゃ差せないかな。
「あ、ところで里緒菜ちゃんはどこ行くの?」
「今日は事務所ですよ? 仕事の打ち合わせがあるそうなので…詳しくは聞いてませんけど」
「そうなんだ、私と同じだね。それじゃ、一緒に行こ?」
 うん、里緒菜ちゃんと一緒に事務所へ行けるのは嬉しい…けど、ちょっと引っかかる。
 事務所に行く理由が全く同じだったんだけど…これってただの偶然なのかな。


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