あの子が服を着替えるのを待って、一緒に学校を後に…神社へ向かう。
「こうやって二人で街を歩くのも久し振りだね」
「こんな暑い中、わざわざ外を歩こうなんて思いませんから…」
 暑さで最近はお散歩もなかったから、ちょっとうきうきしちゃう。
「でも、せっかくのお祭りなんだし、浴衣でも着ればよかったのに」
 制服から着替えたあの子は普通の私服姿。
「そんな面倒なもの着ませんから…というより、そういうセンパイこそ浴衣じゃないんですけど」
「ん…私? もう、私なんかが着たってしょうがないじゃない」
「ん〜…そうでしょうか」
 そんな会話を交わしたり、また暑さでまいっちゃいそうなあの子のために途中でちょっと休憩を入れたりしながら、のんびりとあの神社…のそばの砂浜へたどり着く。
 砂浜の海水浴客はそろそろ帰っていく時間だけど、昨日下見をしたイベント会場には結構な数の人の姿。
「う…この中に入るんですか? やっぱり帰ろうかな…」
「もう、大丈夫だって。私がいるから、ねっ?」
 人ごみの前に尻込みしてしまう彼女にそう声をかけて、そのまま手を取る。
「こうしてればはぐれることもないし…行こっ?」
「は、はい…」
 そのまま手を繋いで、私たちはイベント会場へ入っていくのだった。

 私や里緒菜ちゃんの所属してる事務所は、海沿いの神社が夏祭りをする時期に合わせて、そのそばの海岸で毎年イベントをしてる。
「第十回を迎えました天姫フェスティバル、今年も無事開催することができました。皆さん、今日は楽しんでいってください」
 もうすぐ夕暮れ時っていう時間、特設ステージに立つ梓センパイの進行ではじまったそのイベントは、事務所所属のアーティストさんたちが一、二曲ずつ歌ってくミニライブ。
 歌のライブだし、そうじゃなくっても私はこういう表舞台には出ない様にしてるから、今回の出番は準備だけで本番はこうしてお客さん側に回ってるわけ。
 事務所に所属するのは声優だけじゃなくって歌手な人もいて、今日はそちらの皆さん中心なイベントなわけだけど、もちろん声優な子も出てくる。
 それは司会をしてるセンパイもそうで、それに…。
「はじめに登場は、期待の新人さんユニット『kasamina』のお二人です」
 センパイの紹介に促されてステージ上に出てくるのはゴスロリ…あれっ、今日はそうじゃなくって二人とも浴衣姿になってたけど、とにかく二人の、そして見知った女の子。
「こんにちは、『kasamina』の灯月夏梛ですっ。今日はいっぱいいっぱい楽しんでいってくださいっ」「あ、えと、石川麻美です…今日はこんなにたくさんのかたがいらしてくださって、ありがとうございます」
 ちょっと小さくてかわいく元気な女の子と、緊張気味で清楚な雰囲気を感じるほわほわした感じな女の子の二人…そう、三月に事務所へ入って、つい先日デビュー作なゲームが発売されたお二人、夏梛ちゃんと麻美ちゃん。
「灯月さんはともかく、石川さんがアイドルになるなんて、今でもちょっと信じられないです」
 まわりの人が盛り上がる中、手を繋いだままの里緒菜ちゃんのそんな言葉が届いたけど、それは私もちょっと感じるかも。
 二人がステージ上で歌いはじめたのは、デビュー作のメインテーマ…元々夏梛ちゃんがこの曲でアイドルとしても活動することは決まってたんだけど、その後麻美ちゃんも加わることになって、二人のアイドルユニットになったってわけ。
 人見知りだったりおっとりした雰囲気な麻美ちゃんからお願いしてアイドルになったそうで、麻美ちゃんもアイドル活動に興味があった…というよりは、それだけ夏梛ちゃんと一緒にいたかったのかな、って感じる。
 ま、こうしてステージ上で歌ってる二人を見るととってもいい感じだし、それは結果的によかったんだよね。
「あの二人、息がぴったりですね…」
 里緒菜ちゃんでもそう呟いちゃうくらいだから、やっぱりあのお二人は相性抜群。
 麻美ちゃんのほうがちょっとのんびりしているというか、やっぱりほわほわした印象を受けるんだけど、それはそれで何だか新鮮で、それに元気な夏梛ちゃんと静と動とでバランス取れてる。
「…何だか、羨ましい」
 と、あの子がそう呟いたのが耳に届いた…?
「えっ、羨ましい、って夏梛ちゃんと麻美ちゃんが? あれっ、じゃあ里緒菜ちゃんもアイドル活動とかしたかったの?」
「まさかー。そんな面倒なこと、ごめんこうむります」
 うん、里緒菜ちゃんならそう言うよね。
 でも、それなら何が羨ましかったのかな…もしかして、あのお二人みたいに想い合ってそうな子同士で一緒に何かをする、ってことがかな?
 だとすると、あの子にもそんな子がいるのかな…うぅ、なぜか心の中がもやもやしてきちゃった。
 いけないいけない、今はライブを楽しまなきゃ。

 夏梛ちゃんと麻美ちゃんにとって初ライブともなったイベントも無事終わって。
「里緒菜ちゃん、どうだった?」
「…まぁ、悪くはなかったです」
 あの子もきてよかった、って感じてくれてるみたいでよかった。
 本当ならイベントが終わったセンパイや夏梛ちゃんと麻美ちゃんたちに声をかけてきたいところなんだけど…。
「うん、それじゃお祭りのほうに行ってみよ?」
 今日は参加者のかたで打ち上げとかあるかもしれないからそれはまた明日、っていうことであの子にそう声をかけた。
「え〜…でも、人ごみすごそうなんですけど」
 イベント会場から出て行く人たちへ目を向ける彼女。
 すでに日も暮れた中、それらの人たちのほとんどは神社へ向かっている様にも見え、それにお祭りはもうはじまってるからすでにそっちにも人がいるだろうし、確かに結構な人ごみになるかも。
「大丈夫だって、私がついてるから。こうやって手も繋いでてあげるから、ね?」
 改めてしっかり手を繋いであげる。
「ちょっと恥ずかしいんですけど…ま、まぁ、行きましょうか」
「うん、行こっ」
 別に手を振りほどかれたり、あるいは帰られたりする様なことはなくって一安心。
 私も人ごみの中で里緒菜ちゃんを一人にしたくはないし、ましては何かよくないことなんて起こっちゃいけないから、しっかり護ってあげなきゃ。

 私が昨日まで準備をお手伝いした神社の夏祭りは、結構たくさんの人で賑わってた。
 日も暮れて、海のほうでは花火の打ち上げもはじまってるし日本の夏って感じ…お祭りの独特の空気、私は好きだな。
「色んな屋台が出てるね…里緒菜ちゃんはどこ行きたい?」
「ん〜…お任せします」
 そんな中、私とあの子ははぐれない様に手を繋いでゆっくり移動。
「え〜っ、もう、遠慮しなくっても大丈夫だよ?」
「いえ、遠慮してるわけじゃなくって、お祭りなんてもう本当にずっときたことありませんでしたから…」
 要するに戸惑っちゃってる、ってことかな。
「うん、それなら私に任せてっ」
「ま、まぁ、ほどほどにお願いします…」
 そうだね、食べ物関係は後に回して花火を見ながらゆっくり食べるのがいいかな…歩きながら食べる、ってのもまたいいものなんだけど。
 じゃあ、まずは彼女がやって楽しい、って感じるものか…射的とかいいかも。
 そんなこと考えながら歩いてたんだけど、すぐ近くから子供の泣き声が聞こえてきた?
「…何か一人で泣いてる子がいますね」
「うん、一人っていうのが気になる…ねぇ、どうしたの?」
 屋台と屋台との間の片隅でまだ小さな女の子が泣いてたから歩み寄って声かけたけど…なるほど、迷子か。
 もちろん、これは放っておくわけにはいかないよね。


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