結局、里緒菜ちゃんはお部屋から出てこなかった。
 一応寮長さんらしい人に声をかけてみると、そういえばあの子は休日にときどき制服姿で出かけることがある、なんて聞かされちゃった。
 今日がそれでいないのかは解らないけど、とにかくお部屋にいないっぽいのは確か。
「う〜ん、やっぱり事前に電話しておくべきだったかなぁ…」
 学生寮を後にした私、ちょっとため息をついちゃう。
 びっくりさせよう、あるいは避けられたりしない様にってこうしてこっそりきたんだけど、そんなやましい気持ちできてもダメ、ってことか。
「これからどうしよ?」
 留守っぽいのは間違いないし、ここは諦めるしかないのかな…なんて思いながら、校門へ戻る道へ差しかかろうとした、そのとき。
「…ん、あれっ?」
 その道を校舎側から歩いてくる一つの人影が見えたんだけど、それがとっても見覚えのあるもので、目を凝らしちゃう。
「…あっ、間違いないよねっ」
 諦めかけてただけにより嬉しくなって、確信が持てた瞬間、つい駆け出しちゃう。
 向こうもこちらに気づいたみたいで…背を向けて元きた道を引き返そうとしはじめちゃった。
「…里緒菜ちゃん、こんにちはっ」
 でも走っちゃった私のほうがずっとはやくって、そんな彼女の背に追いつくとそのまま抱きついちゃった。
「…ひゃっ!? なっ、なな、何でセンパイが…しかも、ど、どうして抱きつくんですっ?」
「あ、ごめんね、嬉しくってつい」
 危うくバランスを崩しそうになった、でも足を止めてくれたあの子…里緒菜ちゃんの身体をゆっくり離してあげる。
「う、嬉しいとか、意味解りませんし…」
 こっちを向いてくれたあの子は顔をかなり赤くしちゃってた。
「と、とにかく、センパイはこんなところで何を? こ、ここは学校の敷地内のはずなんですけど」
 そんなあの子、まだちょっと落ち着かない様子でそうたずねてくる。
「うん、夏祭りに一緒に行こ、って里緒菜ちゃんを誘いにきたの」
「…は? ど、どうしてそんなの…暑いし面倒だって断ったはずなんですけど」
「確かに電話ではそう言われちゃったけど、どうしても諦めきれなくって…きっと楽しいし、一緒に行こ?」
「はぁ…この人、どうして私なんかにこんな…」
 微笑みかける私に彼女は小声で何かつぶやいたんだけど、よく聞こえなかった…と、よく見たら。
「里緒菜ちゃん、制服着てるけど…もしかして、補習か何かだった?」
 そう、彼女は夏服な制服姿…校舎のほうから歩いてきたし、そういうことなのかも?
「もう、私がそんな面倒なことするわけないです。面倒なことにならない様に、試験で最低限の点は取れる様にしてますから」
 だいぶ落ち着いてきた様子でそう言う彼女だけど、それって最低限の点しか取ってない、って意味にも聞こえちゃうかも。
「そっか、でも里緒菜ちゃんって声優のお仕事もしてるから、それで補習とかはないのかな、って考えちゃった」
「そのあたりは問題ありませんから」
 ちゃんと両立できてる、ってことか…里緒菜ちゃん、めんどくさがりやさんだけどしっかりしてるものね。
「うん、えらいえらい」
「べ、別にそんなの…と、当然ですから…」
 思わずなでちゃうとまた顔を赤くしちゃったりして、かわいい…んだけど。
「…ん? でも、それならどうして制服着てるの?」
 他によく理由が思い浮かばなくって、なでるのをやめて首をかしげちゃう。
「そ、それは…別に、何でもありませんから」
 あっ、あからさまに目をそらされちゃった。
「…ほんとに?」
「ほ、本当です…」
 じぃ〜っと見つめると、あの子は少し赤くなりながらもやっぱり目をそらして落ち着かない様子。
「…怪しい。もしかして、何か悪いこととかしてるんじゃ…」
「わ、悪いこと、って何です?」
「それは…思い浮かばないけど、でも絶対何か隠してるよね? 言えないことなの?」
 言えないこと、っていうことはやっぱりやましいことなのかな、って思っちゃうし、もし彼女がおかしなことしてるみたいなら私が何とかしなきゃ。
 そんな気持ちで見つめ続けてると、汗をかきはじめたあの子、ため息をついちゃう。
「…わ、解りました。その、センパイになら言ってもいいですけど、他の人には言わないでくださいね?」
「うん、ありがと、里緒菜ちゃん」
 お礼にチョコバーを渡そう…っと、最近は暑さでチョコが溶けちゃうから持ち歩いてないんだっけ、残念。
「じゃあ、ちょっと…ついてきてください」
 校舎へ向かうあの子…後についてくけど、きっと悪いことじゃないよね?

 私についてきて、って言ったあの子、後者の中へ入ってく。
 上履きを借りて私もついてくけど、夏休みの校舎はやっぱり人の姿はなくって、でもどこからか運動部のかけ声が聞こえる。
 そんな中で私たちがやってきたのは、三階にある視聴覚室…の隣にある準備室。
 そこはたくさんの備品が山積みになった、そしてほこりもたまってる、明らかに物置にされててさらにあんまり使われてなさそうな場所。
「えっと、ここがどうしたの?」
「まぁ、わざわざこんなところまできてもらうことはなかったんですけど、疑われたままというのも気分悪いですから…ここです」
 不思議になっちゃう私に彼女はそう言いながら大きな備品をずらすんだけど、そこには扉があって、彼女はそれを開けて中へ入ってく。
 で、私も続いて扉の奥へ入らせてもらうんだけど…。
「…わぁ〜っ。これって、もしかしてスタジオ?」
 扉の先にあった光景に思わず感嘆の声をあげちゃう。
 そこは数人程度が入れるくらいの小さな空間だったんだけど、マイクスタンドがあったり、壁も防音仕様になってる様子だったりと、まさにそんな感じ。
「まぁ、明らかに誰も使っていないここをたまたま見つけて、勝手に使ってるだけなんですけど…とにかく、さっきまでここにいたんです。解ってくれましたか?」
 う〜ん、何だかどこかで似た話を聞いた様な…あ、確か麻美ちゃんも高校時代にこんなところを見つけてこっそり練習してたとか、夏梛ちゃんに話してるのを耳にしたんだっけ。
 学校にこんないい練習場所があるなんて、羨ましいかも。
「それってつまり、ここで練習してた、ってことだよね」
「ま、まぁ、そういうことです」
 そっか、やっぱり里緒菜ちゃんも努力してるんだ…だからあの実力があるんだね。
「…って、な、何するんですかっ」
「あ、ごめんね、つい」
 そんな彼女に感心しちゃって、また自然となでちゃってた。
「も、もう…とにかく、このことは絶対他の人には言わないでくださいね?」
 確かに、学校の人にこのことが知れたら彼女が声優してるって知られるだけじゃなくって練習場所もなくなっちゃうか…完全に使われていないっぽい場所だし、目をつぶってもいいよね。
「うん、解った。私と里緒菜ちゃんだけの秘密ね」
「なっ…か、勝手にどうとでも受け取っておけばいいです」
 二人だけの秘密、っていうのが何故だかとっても嬉しくって、思わず笑顔になっちゃう。

 里緒菜ちゃんの秘密の場所は視聴覚室扱いだからかエアコンまでついてて、練習するには申し分のない環境。
 でもさすがに平日はここへたどり着くまで、あるいは出るときに人目につきそう、そして何より毎日は面倒、ということで主に休日に使ってるらしい。
 こうやって誰にも言わず、陰で練習に励んだりして、やっぱり里緒菜ちゃんはいい子だなぁ。
「里緒菜ちゃん、これから予定とかある? 何もないなら、一緒にお祭り行こ?」
 それはそうと、今日会いにきた理由をもう一度お願いする。
「それはさっきお返事したはずですけど…暑いし面倒だから遠慮します」
 そしてまた同じお返事が返ってきちゃった。
「でもでも、今日は事務所のイベントもあるし、見てみたほうがいいって思うよ。それに、お祭りもきっと楽しいし…屋台のお金は私が出してあげるから、ね?」
「別に、そんなことでつられたりはしませんけど…」
 あっ、練習を頑張ってるご褒美のつもりで言ったんだけど、そう受け取られちゃったか…。
「でも、どうしてそんなに私を誘いたがるんですか? 事務所の先輩だからですか?」
「う〜ん、それもあるにはあるって思うけど、やっぱり里緒菜ちゃんと一緒に行くと楽しそうだから、かな」
「…本当にそんなこと思ってるんですか?」
「うん、もちろん」
 なぜかじと目で見られちゃったんだけど、気にせず笑顔でお返事…って。
「あ、これじゃ私が楽しいだけ、になっちゃう。でも、行けばきっと里緒菜ちゃんも楽しいって思うんだ…どうしても嫌だったらしょうがないんだけど、ダメ?」
 せっかくのイベントやお祭り、彼女にも楽しんでもらいたいんだけど、無理強いはよくない。
 で、その里緒菜ちゃん、少し黙っちゃうんだけど…。
「…センパイがそこまで言うんでしたら、しょうがないですね」
 ため息混じりにそう言って…えっ?
「わっ、里緒菜ちゃん、本当? 無理はしなくってもいいよ?」
「わざわざここまで押しかけてあれだけお願いしておいて、何言ってるんですか。予定がないのは確かですし、お祭りとか全然行ってませんでしたし、たまにはいいかもしれません」
「…わぁ、うん、ありがとっ。それじゃ、さっそく行こっ」
 嬉しさに思わず彼女の手を取っちゃう。
「ちょっ、お、落ち着いてください、その前に着替えてこなきゃいけませんし…」
 …いけないいけない、確かに落ち着かなきゃ。


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