「里緒菜ちゃんが無事にお仕事を終えられますように」
 少しでも力になれたら、っていうことで、毎日神社のほうにおまいりしてそうお願いしてる。
 おまいり、いつもは早朝にしてて、それはもちろん今日もしたんだけど、今日はさらにってことで…。
「う〜ん、さすがにちょっと暑い…」
 七月ももう終わりを迎えようっていうよく晴れた日の昼下がり、っていう中だから日差しがとっても厳しい。
 そんな時間に神社へきているのは、おまいりってこともあったけどもっと別の理由もあったりする。
「…あ、すみれさん、お疲れさま。今日もお手伝いしてくださって、ありがとうございます」
 と、おまいりを終えたところで後ろから声がかかってきたから振り向くと、そこには巫女さんの装束を身にまとった女の人、竜さんの姿。
「ううん、そんな、お礼を言われることじゃないです。夏祭り、私もとっても楽しみですし」
 社殿の前に立って境内を見渡すと、そこにはたくさんの屋台が並んでる。
 何だかわくわくする光景だけど、でもそこに人の姿はあんまりなくって、屋台もまだただあるだけの状態。
 明日がこの神社の夏祭りで、私はこの数日そのお手伝いをしてた、っていうわけ…おまいりのほうはそのお手伝いが一段落したところで改めてやらせてもらったの。
 お手伝いについては、この神社には泊りがけのお仕事でもない日は毎朝こさせてもらってるし、もしそれがなくっても全然縁がないわけじゃないから、やっぱりお礼言われることじゃないかな。
「今日はもう特にすることはないから、あちらの様子を見てきたらどう?」
「あっ、そうですね…ありがとうございます。じゃ、失礼します」
 竜さんの言葉に一礼して境内を後にした私が向かうのは、神社から出てすぐの砂浜。
 この季節だから海水浴してる人の姿が多く見られるけど、そんな中…神社へ続く森のそばの一角にロープが張られて立ち入り禁止にされてた。
 私はそのロープを乗り越えて奥へ…そこには特設のステージが設けられたりしてるのが見える。
 でも、ステージを見ても人の姿はなくって、もう終わったのかな…ということで、その裏へ回ってみた。
「あっ、センパイ、お疲れさまです」
 舞台裏には少なからぬ人影があってそのほとんどが見知った人だったんだけど、その中でも特にって人へ駆け寄って声をかける。
「ん…すみれちゃん、あっちの準備はもう終わったの?」
「はい、先ほど終わりましたから、こっちの様子を見にきました」
「そっか、すみれちゃんもお疲れさま」
「はい、ありがとうございますっ」
 微笑みかけてくれるのは事務所の先輩な梓さん。
 梓さん以外にも、ここにいる人たちは事務所の人が多い。
「明日、センパイは司会進行役でしたよね。無理せず頑張ってください」
「うん、でもすみれちゃんも出ればよかったのに」
「う〜ん、多分私じゃ場違いだと思いますから」
 それに、やっぱり人前に出るのは気が進まない。
「そうかな…?」
 そんな私たちが話してるのは、明日この場所で予定されているイベントのこと。
 今日はそれに向けての最終リハーサルが行われていた、というわけ。
「すみれちゃんがそう言うならしょうがないけど…明日は、お客さんとしては見にきてくれるの?」
「はい、それはもちろんです…楽しみにしてます」
「ん、ありがと」
 事務所にとって大きなイベントだし、今日まで色々準備を手伝ってきたんだから、当日もできることはなくっても見守りたい。
 そうじゃなくっても普通に楽しみなイベントなんだし、これであとは…。
「明日、すみれちゃんは誰かと一緒にとか、ないの?」
「…えっ? い、いえ、特には」
 あぅ、ちょっとだけ心を見透かされた様なことを言われて、慌てそうになっちゃった。
「そっか…その後はお祭りがあるし、誰かと一緒のほうが楽しいよ? 僕も、むったんと回りたいな」
「そ、そうですね…」
 うん、お祭りもあるし、私もそう思うんだけど…結局、あの子は誘えてないんだよね…。

「うん、今日もいいお天気…絶好のイベント日和になりそうで、よかった」
 翌朝、カーテンを開いて空を見上げると雲一つなく、暑くはなりそうなものの快晴で一安心。
 今日はいよいよ夏祭りの日…いつもどおり早朝にランニングで神社へ行ったけど、前日までに準備も終わってあとは本番を待つだけ、っていう状態になってた。
 とっても楽しみ…なんだけど、でも心の中に引っかかりもある。
「あの子もきてくれたらいいのになぁ…」
 ここのところ会えてない里緒菜ちゃんのことを思い浮かべちゃう。
 今日のイベントはうちの事務所のものなんだからあの子にもやっぱりきてもらいたいし、それにお祭りだってきっと楽しいのに。
 さらに、あの子のお仕事は一昨日で一段落して、今日はもう帰ってきてもいる…んだけど。
「昨日電話したら、断られちゃったんだよね…」
 同じ事務所っていうこともあって、電話番号は教えてもらってた。
 で、普段はあんまりかけたりしないんだけど、昨日はそういう事情でかけてみて…暑いし面倒って言われて断られちゃってた。
「でも、行けばきっと楽しいのに」
 電話じゃそのあたりが十分伝わらなかったのかも…顔を合わせて話せないから電話とかはあまり好きじゃない。
「…うん、それならっ」
 ぱっと思い浮かんだことを実行に移すため、さっと準備をするとイベントまでにはまだ時間に余裕がある中で部屋を後にした。

 さすがにちょっと厳しい暑さの中、向かったのは里緒菜ちゃんの通う学校。
 もう夏休みに入って結構たつっていうから校門のあたりに人の姿はなくって、でも門自体は開いてるから中へ入らせてもらう。
 部外者が勝手に入っていいのかな、とも思ったけど、でもこうしなきゃ進めないし…もしダメだったらちゃんと謝っておかないと。
 そうしてあの子の通う学校へやってきて、今まで門の前までならきたことあったけどこうして奥へ入るのははじめて。
 色々気になっちゃうし、見学していきたいって感じるけど…ううん、ここにきたのはそういう目的じゃない。
 この学校の敷地内に学生寮があるはずなんだけど、どこにあるのかな。
 幸い、学生寮の場所については校門を入ってすぐのところに案内板があったからそれで解った。
 たどり着いた学生寮、入ってすぐのところで寮長さんか何かのお部屋があって、そこにいた人へ用件を伝えると割とあっさり場所を教えてもらえて中へ通してもらえた。
 こういうところって部外者は入りづらいんじゃ、って思ってたからちょっと意外…でも、これで直接あの子のところへ行けるわけだし、それは嬉しい。
 それでも部外者であることには変わりなくって廊下を歩いててもちょっと緊張しちゃうけど、その廊下も外からセミの鳴き声が聞こえるくらいで人の姿は見られない。
 やっぱり夏休みの間はみんな実家に帰ったりしてるんだよね…でも、それなら里緒菜ちゃんはそのあたり、大丈夫なのかな。
 ちょっと気になったけど、でも確か夏休みの間もお仕事のないときは学生寮にいる、って言ってたし、まずは気にせず彼女のお部屋へ向かってみる。
 なかなかきれいで、私の暮らすアパートよりいい感じのする学生寮、その一室…里緒菜ちゃんのお部屋だと教えてもらった扉の前で足を止め、深呼吸…。
 いきなり押しかけたりして、里緒菜ちゃん、どんな顔するかな…楽しみな様な、でもちょっと不安かも。
 ちょっとどきどきしてしまいながらも、思い切って扉をノックする…んだけど。
「…あれっ、お返事がない」
 何回かノックをしても、扉の向こうからは何の反応もない。
 もしかして寝てるのかな…でも、こんなに何回もノックすれば普通は気づくはずなんだけど。


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