そんなことのあった翌日、その日は事務所に用事があったからアルバイトをはやめに終わらせてもらって、午後四時前にはそちらへ向かう。
 それでも予定よりは結構はやいんだけど、こういうのは余裕を持って行動しないと何かあったときに対処できないものね。
 もちろん、何かなんてまずないけど、平和ならそれはそれでいいし、もうすぐ三月も終わりってことで今日みたいな晴れた日は結構あったかくって気持ちいいから、のんびりお散歩しながらもいい。
 事務所のあるビルの近くには公園があって、そこには桜の木があったっけ…つぼみの状態はどんな感じかなって気になって立ち寄ってみるんだけど…。
「ん…あれっ? あそこにいるのって、まさか…」
 他に誰の姿もなさそうな公園のベンチに一人座る人影を見て、ちょっと目を見張った。
 さらに一瞬美亜さんの言葉が浮かんできちゃったけど…もう、これは偶然、偶然なんだから。
「わぁ、里緒菜ちゃんだ…こんにちはっ」
 気を取り直して、その人影…ベンチに座って携帯ゲームをしてた子のそばへ駆け寄る。
 でも、その子…少しびくっとしてこちらを見たかと思うと、すぐにゲームのほうに目を戻しちゃった。
「こんなところで会うなんて奇遇だね」
 そばで足を止めて声をかけた相手は、もちろんあの子…事務所の後輩の里緒菜ちゃん。
 最近全然会えなかったけど、まさかこんなところで会えちゃうなんて…驚いたけど、嬉しいな。
「…はぁ、はい、奇遇ですね〜」
 一方のその子はといえば、ゲームのほうへ視線を向けたまま…。
「うんうん…って、あれっ? 何だか反応悪いよ〜?」
 もしかしてお邪魔だったりしたんじゃ、なんて少し不安になりながらも隣に座ってみる。
「そんなこと…ないですよ? 別に事務所の先輩に会ったからめんどくさいとか思っていませんよ?」
 と、彼女はそう言いながらゲームしてた手を止めて電源を落としてくれた。
「そっか、よかった。嫌われてたり邪魔に思われてたらどうしよう、なんてちょっと思っちゃったよ」
「う…まぁ、いいですけどね」
 そこで言葉を詰まらせたりされると不安になっちゃうんだけど…大丈夫、だよね?
「で、どうしたんですか、こんな場所で」
 うん、普通に声かけてくれてるし、大丈夫。
「うん、私は事務所に行く途中でお散歩してたんだけど、そういう里緒菜ちゃんこそ、こんなところでどうしたの?」
「私は学校帰りにお買い物に行って、帰る途中です。ちょっと疲れたから休んでただけで…」
 その言葉通り、彼女は制服姿。
「そっか、でも嬉しいな」
「…嬉しい? 何がですか?」
「うん、こうして里緒菜ちゃんに会えたことが。事務所じゃ全然会えないし」
「…まぁ、私は別に、ですけど」
 少しそっぽを向かれちゃったりしてつれないけど、彼女はいつもこうだし、照れ屋さんなのかな。
「それにしても、お買い物に行って疲れたとか、大丈夫?」
「別に、心配されるほどのことじゃありませんよ。普段外出することがあまりないからなだけですし、ちゃんとごはんも食べ…たっけ?」
「…って、もうっ、そんなことも忘れるなんて、大丈夫?」
 やっぱり心配になっちゃって、じっと見つめちゃう。
「うっ、近いです顔」
 あっ、またぷいってされちゃった。
「あ、ごめんごめん。でも、ごはん食べたかも忘れるなんて、しょうがないなぁ…はいっ」
 常備してるチョコバーの一本を差し出す。
「…何ですか、それは?」
「えっ、何って、この前もあげたチョコバーだよ? サクサクサク…」
 私も一本手にして食べるけど、やっぱりおいしい。
「いえ、えっと…くれるんですか?」
「サクサクサク…うん、おなかすいてるでしょ? 食べると元気出るよ?」
「えと…い、いただきます」
 戸惑った様子ながらもチョコバーを手にしてくれた。
「うん、いくらでもあるから、遠慮せずにどうぞ」
「どんだけ買い込んでるんですか?」
「チョコバーはいくら持っていても多すぎるってことはないんだよ?」
「そ、そうですか?」
「だって、こんなおいしいんだもん。里緒菜ちゃんも食べてよ、ねっ」
「仕方ないですね…サクサク」
 彼女もチョコバーを口にしてくれて…何だかますます嬉しくなっちゃう。」

「サクサク…そういえば、普段外出することがあまりない、とかさっき言ってたけど…」
 せっかくこうしていいお天気の、それに静かで落ち着いた環境の中で里緒菜ちゃんに会えたんだし、チョコバーを食べながらお話ししてみる。
「はい、めんどくさいですから、外出は必要最低限にしてるんです。でも、それがどうかしましたか?」
 隣に座る彼女も普通にお返事してくれて、それはいいんだけど…。
「必要最低限、って…じゃあ、普段は…」
「部屋の中で過してますけど、何か?」
 平然と答えられちゃったけど、それってもしかして引きこもり、っていうものになっちゃうんじゃ…。
「…何か言いたそうですね?」
「へっ? あっ、うん、だから事務所にも全然姿を見せないのかな〜、なんて」
「はい、わざわざ行くのもめんどくさいですし、必要最小限に抑えるのが当たり前ですよね」
 うっ、私はほぼ毎日、特に予定がなくっても行ってるんだけど、やっぱりちょっとおかしいのかな。
 それにしても、全然姿を見ないのって、そういう理由だったのか…。
「う〜ん、やっぱり心配になっちゃうかも」
「心配、って…練習のことですか? それなら…」
「ううん、そうじゃないよ」
 里緒菜ちゃんの声優としての実力は、この間のレッスンで十分解ってるし。
「はぁ、そうなんですか? なら一体何が…」
「うん、里緒菜ちゃんの健康面とか、そういうことが、ね?」
「…は? な、何でそんな…」
 私の言葉がずいぶん意外だったみたいで驚かれちゃった…けど、これって気になって当たり前のことだと思う。
「だって、ほとんど外に出てないってことは、運動とかもしてなさそうだし、体力のほうとか大丈夫かなって」
「そ、そんなの余計なお世話です」
 あ、またぷいってされちゃった。
「でも、里緒菜ちゃんと会うときっていつも疲れてる気がするし…」
「疲れるし、それにめんどくさいからあんまり外出はしないんですってば」
 う〜ん、面倒って理由までついちゃってるんだね…これは、私が何か言って何とかなる問題じゃないのかも。
 レッスンはちゃんとできてるんだし、私がとやかく言うことじゃないのかな…まずは、ちょっと様子見かな?
「あっ、でも学校はちゃんと行ってるよね?」
 そう、彼女は高校生でもあるんだっけ…学校の敷地内にある学生寮で暮らしてるそうだけど、もしかするとそれも移動をなるべく少なくするために、ってことなのかも…。
 それならさすがに心配ないかな…って思ったんだけど。
「まぁ…この間先生にたたき起こされましたけどね…」
 そんなこと言う彼女はちょっとばつが悪そう…って、それってつまりあれだよね。
「それは、寝てる里緒菜ちゃんが悪いよ?」
「まぁ、解ってますけどね?」
「それなら、ちゃんと授業受けて、ね?」
「うっ…善処します」
 う〜ん、授業中に眠っちゃうなんて、外出したときの疲れが取れてなかったりして、それでなのかな。
 さっきは様子見、って思ったけど、やっぱり心配になってきちゃう。
「…ね、里緒菜ちゃん、ちょっとお散歩しよっか」
「…は? ま、また唐突ですけど、何でそんなこと…」
 ベンチから立ち上がって正面に立つ私の言葉に、あの子は戸惑っちゃう。
「だって、こんないいお天気なんだし、きっと気持ちいいよ」
「いや、でも私ははやく帰ってだらだらしたい…」
 もうっ、毎日そんな生活してたら、やっぱりよくないよ。
 それに、こんなこと提案したのは別に里緒菜ちゃんを疲れさせて明日も眠らせちゃおうとか、そんな理由じゃないんだし…。
「たまにはいいじゃない。チョコバーあげるから…サクサク」
「いえ、チョコバーはいいですけど…めんどくさいですね」
 と、あの子、ため息をつきながらもゆっくり立ち上がった?
「しょうがありませんし、今日だけ付き合ってあげます」
 うぅ、本当に面倒そうな様子なんだけど…でもっ。
「わぁ、本当? ありがとっ」
「ちょっ、そんなに喜ばなくっても…し、しかも、どうしてなでてくるんですっ」
「あ、ごめんごめん、つい」
 嬉しさのあまり、自然と彼女の頭をなでちゃってた。
「もう、全く、本当に何なんです、この人…」
 またため息をつかれちゃったり、呆れられた様子なんだけど、でもそんな彼女の顔が少しだけ赤くなってた。
 もしかして照れちゃったのかな…何だかかわいい。


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