第四章

 ―私の所属する事務所の新人さん、でも夏梛ちゃんや麻美ちゃんよりは一ヶ月くらいはやくやってきたはずの子、片桐里緒菜ちゃん。
「…ど、どうして山城さんがいるんですか?」
「ん、ちょっと見学したいな、って思って。許可も取ってあるし、私のことは気にしないで…サクサク」
 ようやく事務所で会えたその日、彼女はスタジオでレッスンを受けることになってて、私もそこへお邪魔させてもらっちゃう。
「はぁ、私は許可していないんですけど、面倒ですし別にいいです」
 ちょっと気だるそうな彼女、レッスンがはじまってもそんな様子で、明らかにめんどくさがってた。
 大丈夫かな、って心配になっちゃうんだけど、でも…それはいらないおせっかいだったみたい。
「わぁ…里緒菜ちゃん、すごかったよっ」
 レッスンが終わるとともに彼女のそばへ思わず駆け寄っちゃったりして…それは彼女の演技に感激しちゃったから。
 はじめの基礎的な練習はやる気のない様子だった彼女なんだけど、実際に演技してみる練習になるともう完全にその役に入り込んだかの様な迫真のものになっていったんだ。
「別に、そこまでいうほどのことじゃ…」
「ううん、そんなことないよ。やっぱり、高校生でデビューできるだけのことはあるよね」
「あなただって声優なのに、褒めすぎです…」
 練習が終わって素に戻った彼女は冷めた様子…ちょっと落差を感じるけど、あることに気づいた。
「…里緒菜ちゃん、何だか疲れた様子だけど、大丈夫?」
「い、いえ、あんまり大丈夫じゃありませんし、今日はもう帰らせてもらいます」
「う、うん、帰るのはいいんだけど、どうしたの? 今日、体調悪かったのかな…?」
 会ったときにはそんな様子は感じられなかったんだけど、とにかく心配。
「いえ、練習で疲れただけです。では、失礼します」
 う〜ん、それほどレッスンにボリュームはなかったって思うんだけど、あれほどの演技をするとたくさん体力を使っちゃうのかも。
 もしかして、今まで彼女に会ったときにとっても疲れてたのって、こうして練習をした帰り道だったのかも…って、とにかくっ。
「ちょっと待って。私が送っていってあげる」
 この間みたいなことにならないか心配だもんね。
「えっ、もしかして車があったりするんですか?」
 うっ、何だか変な期待をされちゃった…視線が痛い。
「いや、それはないけど、ついてこうかなって」
「何です、もう…じゃあ結構です」
 あぅ、とっても冷たくあしらわれちゃった。
「第一、山城さんも用事があって事務所にきたんですよね? 私のことはもういいですから、そっちに行ってください」
 自分が疲れてるのに私のことを気遣ってくれるなんて、いい子だよね。
「ううん、今日私がきたのは里緒菜ちゃんに会いたかったからだから、心配しなくっていいよ」
「な…わざわざそんなことのためだけにくるとか、信じられません。それに、いつの間にか里緒菜ちゃん、とか呼んできてますし、馴れ馴れしいです」
「ん、あれっ、ダメだった?」
 どっちのことも、私としては自然なことだったんだけど…不思議そうにしてるとため息をつかれちゃう。
「…まぁ、一応先輩になるわけですし、そのあたりは別に好きにしてくれていいですけど」
「ん、ありがと」
 後輩さんに片桐さん、とかちょっと堅苦しいもんね…って、そうだ。
「じゃあ、私のことはセンパイ、って呼んでくれると嬉しいな」
「…遠慮しておきます」
 わっ、即答されちゃった。
「えぇ〜っ、どうして?」
「どうしても何も、理由なんてありません。ただ嫌だからです」
 もう、それがどうして嫌なのか、ってところが知りたいんだけど。
「それじゃ、失礼します。あっ、ついてこなくってもいいですから」
 それ以上私が何かを言う前に、彼女はその場を後にしちゃった。

「ふぅん、それじゃ、やっと新人の子とお話しできたわけね」
「うん、でもあんまりしっかりお話しできなかったから、またちゃんと会いたいな」
 里緒菜ちゃんのレッスン風景を見させてもらった翌日、そのときのことをさっそくアルバイト先で美亜さんと話したりした…んだけど。
「すみれちゃん、その様子だと昨日も会えなかったのかしら」
「はぅ…うん、夏梛ちゃんと麻美ちゃんはいつもきてるのになぁ」
 それから一週間後には、美亜さんからそんないつもの言葉をかけられる様になっちゃってた。
 そう、その彼女の言葉どおり、あの日以来里緒菜ちゃんには会えていないんだ…如月さんにたずねても次に絶対にくるって日ははっきりしないっぽい。
「そう…その子、事務所には必要最低限の日しかこないのでしょう? なら、そう会えなくっても仕方ないのじゃないかしら」
 まだお客さんのこないのんびりとした時間、カウンターに座る私に紅茶を出しながらそう言う美亜さん。
「うん、でもどうしてそこまでこないのかな、って気になっちゃうんだよね」
 レッスンのときの実力を見れば練習もそう必要ないのかもしれないけど…う〜ん、やっぱり同時に高校に通ってる、ってところが大きいのかな。
 学生生活との両立は大変だって思うし、あんまり勝手なことを考えちゃいけないか…。
「そんなに、心配することはないと思うわ。だって、すみれちゃんとその子は強い絆で結ばれている気がするし、きっとまたすぐに会えるわ」
 おいしい紅茶を口にしながら心の中で納得していると、美亜さんがそんなことを言ってくる?
「強い絆、って…いや、私とあの子はまだちょっとしゃべっただけだし」
 それだけでそこまで言われると、さすがに戸惑っちゃう。
「うふふっ、そうかしら? でも、これまでにも何度か会えていたでしょう?」
「う〜ん、それはまぁ…」
 微笑む彼女の言葉どおり、私と里緒菜ちゃんは同じ事務所だって解る前に偶然何度か会えてたんだよね。
「それはきっと偶然なんかじゃなくって運命がそうさせているのではないかしら、って私は思うの」
 運命とか、また大げさすぎ…って、この話の流れ、何だか嫌な予感が…。
「きっと、すみれちゃんとその子は運命の赤い糸で結ばれているのよ」
「い、いやいやいや、何言ってるの…!」
 予想通りとはいえ、あんまりといえばあんまりな言葉に慌てちゃう。
「あら、私は結構本気でそう思っているのだけれども…私のこういう直感、妹同様に外れたことないのよ?」
「そ、そんなこと言われたって、私は恋とか興味ないし、第一里緒菜ちゃんだって…」
 そもそも、そんな直感とか…しかも美亜さんの妹さんまでとか、もう何が何だか…。
「そういうこと言ってる子ほどあれだと思うのだけれど…第一、すみれちゃんっていつもあの子のこと気にしてるじゃない」
「それは、後輩として気にしてるんですっ」
 ちょっと強い口調で言っても、美亜さんはただ微笑むばかり…もう、何だか敵わないなぁ。
 でも、あの子のことが気になるのはやっぱり後輩、しかも全然事務所にこないからなんだから、あんまりおかしなことは言わないでほしいかも…誰かのことが気になるからってそれが何でも恋愛につながるわけじゃないんだし。


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