夏梛ちゃんと麻美ちゃんは毎日よく練習してて私にとってもいい刺激になるけど、あの二人は二人で練習してるのが一番生き生きしてる様に見えたから、そうそう何度もお邪魔はしない。
 相変わらず本来のはじめてな後輩さんには会えない日々が続いててそこが気がかりなわけなんだけど、そんな中、如月さんから朗報がもたらされた。
 何と今日の午後四時にその後輩さんが事務所へやってきてレッスンを受ける、っていう予定があるっていうんだ。
「美亜さん、わがまま言っちゃって本当にごめんね?」
「あら、そんな、別にいいのよ? すみれちゃんはずいぶんその子のことを気にしていたし、せっかく会える機会なんだもの」
 そういうことでちょっとそわそわしちゃう中、喫茶店で美亜さんとそんなやり取り……今日は本当なら午後五時までアルバイトだったんだけど、後輩さんのことがあるからちょっとはやく上がらせてもらうことにしたんだ。
 そろそろ午後三時、普段なら下校途中の学生さんがやってくる時間帯だけど、今日は土曜日だからそういうこともなくまったりしたもの。
 だから、そろそろ上がってもいいかな、なんて考えてたんだけど、そのとき喫茶店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ…って、あ」
 いらしたお客さんを出迎えるけど、その人の姿を見てちょっと反応。
「…げ、あ、あなた、またいたんですか」
「ぶぅ、私がいちゃいけないみたいな反応して…ひどいなぁ」
 対するお客さんも私を見て反応を示した様に、やってきたのは見知った子…これで会うのは三度めだし、もう見知らぬ人じゃないよね?
「別にそんな反応してませんし、気のせいじゃないですか? それより、私、お客さんなんですけど」
「あっ、はい、それではこちらへどうぞ」
 私がテーブルへ案内するのは、かつて二度ほど会った、近くの高校に通う女の子。
 今日もちょっとラフな着こなしだけどいつもの制服を着て…ん?
「…あれっ、どうして今日も制服着てるの?」
「そんなこと、関係ないと思いますけど」
 席についた彼女にちょっと冷たく言い放たれちゃった。
 でもそれは確かで、それに今日は今までよりも疲れた様子でもないしあんまりお客さんに話しかけるのも失礼だから、そっとしておいてあげることにした。
「ありがとうございました、またきてくださいね」
 その子は紅茶を飲んでお会計……って、いけない、のんびりしてたら四時になっちゃう。
「じゃあ美亜さん、私も今日はこれで失礼しますっ」
「ええ、お疲れさま。会えるといいわね」
「うん、それじゃっ」
 慌てて着替えて、早足でお店を後にして事務所へ…って、あれっ?
「…ねっ、どこ行くのっ?」
 お店を出たばかりのあの子が少し前を歩いてたから、駆け寄って声をかけた。
「…ひゃっ? も、もう、誰かと思ったら…お、お店はどうしたんです?」
「ん、今日はちょっと用事があるから、はやめに上がらせてもらったんだ。あなたはどこ行くの?」
「…そんなの、関係ありません」
 すたすた歩きながらちょっと冷たい口調でそう言われちゃう。
「まぁ、それはそうなんだけど、この間みたいに無理しちゃダメだよ?」
「はぁ…解りましたから、もう行ってください」
「ん、解った」
 あんまり心配しすぎてもいけないし、それに私も行くところがあるからね。

「…あの」
「ん、どうしたの?」
「さっきの言葉、解ってくれたんですよね?」
「うん、もちろん」
「…なら、どうしてついてきてるんです」
 すぐ前を歩くあの子のとっても不満げな言葉の通り、私はずっとその子の後ろについて歩いてた。
「いや、私もついてくつもりはないんだよ?」
「なら、はやくどこか行ってください」
 わ、ちょっと不機嫌そう…でも、これはしょうがないんだよね。
「う〜ん、それはちょっと…私もこっちに用事があるから」
「…本当ですか?」
「うん、ほんとほんと」
 私が歩いてるのは間違いなく普段あの喫茶店から事務所へ向かうのに歩いてる道。
「はぁ…そうですか」
 解ってくれたのか、それとも諦めたのか、その子はため息をつくと何にも言ってこなくなっちゃった。
 しかも、やっぱりその子は私の後をついて歩くかたちになっちゃってて、気まずい…。
 思い切って追い抜いちゃおうかな、とも思ったんだけど、ここまで向かう方角が一緒だと、どこまで一緒なのか気になっちゃうし、別れるまでこのままで行ってみよ。

 もうすぐ事務所のあるビルに着くところまでやってきたけど、私の前にはまだあの子……背中越しだから表情は解らないし何にも言ってこないけどきっと不機嫌そうな彼女が歩いてた。
 はじめは軽い気持ちで後ろについて歩いてた私なんだけど、ここまで向かう方角が一緒だと、どうしてもある可能性が頭の中に浮かんでくる。
 この時間帯、それに高校生だということとか、確かにその可能性は十分にあって、とってもどきどきしながら歩いてくんだけど、ついに事務所のあるビルが見えてきた。
 前を歩くあの子はその前まで向かって、そして…入口から中に入った!
 っていうことは、これってもう間違いなくそうだよね…!
「ちょっと、どうしてここまでついてくるんですか? やっぱり、私の後をつけてきてただけなんじゃ…」
 続いて私もビルの中に入るものだから、ついに彼女は足を止め、やっぱりとっても不機嫌そうな表情で振り向いてきた。
「う、ううん、そんなことないって……私も、ここに用事があるんだもん」
 高鳴る気持ちを何とか抑えながらお返事する。
「そんなの、嘘に決まってます。喫茶店の店員がくる様なところじゃないですし」
「ん〜、そんなことはないと思うな…片桐、里緒菜さん?」
「…え、どうして私の名前を知ってるんです?」
 あ、やっぱりそうだったんだ…!
「…まさか、私のストーカーとかですか? だからこんなところまで…」
「って、違うよっ! 私もあなたと同じお仕事……声優をしてるんだって!」
「…は? そんなまさか」
 うぅ、ものすごく疑いの眼差しを向けられちゃった…。
「もう、本当だって! 私はここに所属してる声優の山城すみれだよ」
「山城、すみれ…確かに、名前は聞いたことあります。はぁ、まさか同じ事務所の人だったなんて…」
 よかった、ちゃんと信じてもらえたみたい。
「うん、それじゃ、よろしくねっ」
「…何ですか、それ?」
 満面の笑顔でいつものものを差し出したけど、首を傾げられちゃった。
「何って、挨拶代わりのチョコバーだよ…どうぞっ」
「はぁ、まぁ、じゃあ一応受け取っておきます…それじゃ」
 チョコバーを受け取った彼女、すっと私に背を向けて奥へ向かっていっちゃう。
「あっ、もうっ、待ってよ〜」
 ちょっとクールというか、ドライな子なのかな…でも、今日までにあんな会いかたしたりと縁はあると思うし、これからもっと仲良くできたらいいな。


    (第3章・完/第4章へ)

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