迎えたマラソン大会の当日はよく晴れてて、それに風も穏やかでマラソン日和っていえる。
さすがに路上に出ての応援なんてことはしないけど、放課後にはきてくれるよね、ってことでいつもの喫茶店でアルバイトしながら彼女のこと待つことにしたの。
でも…もう大会も終わって、とっくに放課後を迎えてる時間になっても、あの子は姿を見せない。
「もしかして、今日はこないのかも…」
別に約束してるってわけじゃないし、疲れちゃっててここまでこれないのかも。
「すみれちゃん、大丈夫? 心配なら、行ってきてもいいのよ?」
「えっ、ううん、大丈夫大丈夫。今はお仕事中なんだし、しっかりやるよっ」
美亜さんがちょっと心配そうに声かけてくれたけど、そういうわけだし、もしかして入れ違いになっちゃうかもしれないものね。
もしこのままこなかったら、アルバイト後に電話でもしてみよう。
そんなこと考えてお仕事続けてると、お客さんの姿…とはいってもあの子じゃなくって、あの子と同じ学校の子たち。
「今日もすみれさんにお会いできて、嬉しい」「今日はマラソン大会があって疲れましたけど、すみれさんに会えて元気が出てきました」
「そ、そう? えっと、とにかくマラソン大会、お疲れさま」
席に着いた子たちとそんなやり取りするけど…そうだ、彼女たちなら今日の里緒菜ちゃんのこと、知ってるかも。
「ねぇ、ところで…」
「里緒菜さまは残念でしたね…お休みされるなんて」「本当、最近すみれさんとご一緒に走っていたみたいでしたから、今日は間近で走っている凛々しいお姿を拝見できるかと思いましたのに」
私がたずねる前に自分たちからあの子について話してくれた…けど。
「…え? ね、ねぇ、今、何て言ったの?」
「あっ、はい、夜にお二人が仲良く走ってるところ、見かけたんですけど…」
「いや、そこじゃなくって…今日、里緒菜ちゃんって学校休んじゃってたの?」
「はい、お休みでしたけど…すみれさん、ご存じなかったんですか?」
「う、うん、何も聞いてない…」
そんな、これってどういうことなの?
体調崩しちゃったとか、それともまさか…ううん、そんなことはないって信じてるけど、どっちにしても学校をお休みしてるなんて…!
うぅ、今すぐ連絡したほうが、いやそんなのより…いやいや、今はお仕事中だし…!
「すみれちゃん、無理はしなくっていいのよ?」
そんな私たちの会話が耳に入ったのか、こちらへ歩み寄ってきてた美亜さんがさっきと同じ声かけてくる。
「いや、でもまだお仕事の途中だし…」
「ここは私だけでも大丈夫よ? それより…大切な人のこと、放っておけないでしょう?」
「そ、それはそうなんだけど…でも、本当にいいの?」
美亜さんは笑顔でうなずいてくれて…そういえば、あの子に告白した日もこうやって背中を押してもらえたっけ。
「すみれさん、里緒菜さんのところに行ってあげてください」「ええ、私たちもそうしてほしいです」
「うん、ありがと…それじゃ、行ってくるねっ」
お客さんたちにもそう言われて、私はお言葉に甘えさせてもらうことにしたの。
里緒菜ちゃんは、彼女の通う学校の敷地内にある学生寮で暮らしてるの。
告白して、それから夏休みの間はよく彼女の部屋に行ってたけど、それからは場所が場所だけに遠慮してた。
でも…でも、今日ばかりはそんなこと言ってられない。
急いで彼女の学校、そして学生寮へ向かって、さらに彼女の部屋を目指す。
平日の放課後、ってことで学生寮にいる他の子たちとすれ違ったりするけど、今はそんなこと気にしてられない。
「はぁ、ふぅ…ふぅ」
そんな他の子たちからの注目浴びちゃってる気もするけど、何とか彼女の部屋の前までやってくることができたから、足を止めて息を整える。
…うん、どきどきはするけど、息は収まってきた。
「里緒菜ちゃ…」
扉をノックしようとするけど、ふと思いなおす。
学校休んだ、ってことは体調崩して寝込んでる、って可能性が一番高いわけで…それを無理に起こすなんてことになったらダメだよね。
じゃあ…あっ、そうだ、あれを使えば。
私は里緒菜ちゃんに自分の部屋の合鍵を渡してるんだけど、彼女の部屋の合鍵もまた私も持ってたりする。
正確に言えば夏休みに何度も学生寮にきてた私を見て寮母さんが提案してくれたわけなんだけど、とにかくその後こなくなってたから返さなきゃって思いつつ、今まで持っちゃってた。
普通、学生寮の部屋の鍵を本人以外が持つなんてあり得ないことだって思うし、里緒菜ちゃんは了承してくれてたけど悪いかなとも思ったんだけど、でも…今のこの状況を思うと持っててよかったって感じる。
その持ってた鍵で解錠して、ゆっくり扉を開ける…うん、慎重に。
静かに中へ入って扉を閉じ、久しぶりに入った彼女の部屋を見回すけど…う〜ん、私がはじめてきたときよりかはまだましなんだけど、でもずいぶん散らかってる。
それはともかく、部屋はカーテンも閉められてて静かなんだけど、ベッドのほうからはちょっと苦しげな吐息が聞こえて…。
「り、里緒菜ちゃんっ?」
ベッドの上で苦しげに横になってる彼女を見た瞬間、思わず声を上げちゃいながらそばへ駆け寄ってた。
里緒菜ちゃん、眠ってるみたいなんだけど、顔は赤いし苦しそうで息もちょっと荒くって、風邪を引いちゃってるみたいだったの。
「そんな、里緒菜ちゃん…」
昨日までは普段どおりで何の兆候も見られなかったはずなんだけど…うぅ、どうしてこんな…。
ショックで思わずその場にへたり込みそうになるけど、何とか気を持ち直して…そっと彼女の額へ手を当ててみるけど、とっても熱い。
「うぅ、里緒菜ちゃん、こんなに熱があるなんて…」
「…すみ、れ?」
と、彼女が私を呼ぶ声がしたと思ったら、うっすらと目を開けて私のこと見てる…!
「あっ、里緒菜ちゃん、起こしちゃった…?」
「えと…すみれ、ですよね…? これって、夢の中…?」
「ううん、夢じゃないよ。里緒菜ちゃんのこと気になって、きちゃった」
彼女、意識はあるけど熱のせいか寝起きのせいかちょっとぼ〜っとしちゃってる。
「そう、ですか…その、ごめんなさい…」
そして、弱々しい声で謝られちゃった?
「えっ、ちょっと、何を謝ってるの?」
「私のことで、心配かけたみたいで…。本当は、きちんとすみれに連絡したかったんですけど…」
「もう、そんなこと、気にしなくってもいいよ?」
こんなに苦しそうじゃ、電話とかも大変だものね。
「それに、マラソン大会もお休みしちゃって…。せっかく、すみれが毎日走るのに付き合ってくれたのに…」
「だから、そんなこと気にしなくっても…風邪引いちゃったんじゃ、しょうがないよ」
身体が弱ってるせいか気も弱くなっちゃってる彼女に安心してもらおうと、やさしくなでなでしてあげる。
「それに…里緒菜ちゃんが風邪引いちゃったの、私のせいかもしれないし…」
と、ふとそんな気がしてきちゃいはじめた。
「え…どうして、そうなるんです?」
「だって、慣れない里緒菜ちゃんを寒い中毎日走らせちゃって、それで…なんじゃないのかな、って」
あぁ、こんなことになっちゃう可能性を考えられなかったなんて、私って情けなさすぎるよ…。
「うぅ、ごめんね、里緒菜ちゃん…」
「い、いえ、別にそのせいじゃないと思いますし、すみれは何も悪くなんて…」
こんなときまで私のこと気遣ってくれるなんて、里緒菜ちゃんは本当にいい子だなぁ…。
「ううん、やっぱり私が里緒菜ちゃんに無理させちゃったせいだよ」
「ですから、そんなことは…うっ」
「…って、わっ、里緒菜ちゃんっ?」
いけない、彼女の息が上がってきちゃった…もう終わっちゃったことなんだし、こんなこと言い合ってる場合じゃない。
それはそうなんだけど、じゃあ一体何をすれば…ううん、そんなの決まってる。
「里緒菜ちゃん、今日は私が看病してあげるから、安心してね」
うん、大切な人が風邪引いちゃったんだから、こうしなきゃ。
「でも…いいんですか? すみれ、今日もアルバイトが…」
「大丈夫だよ、そっちはちゃんと美亜さんの許可を得て出てきたから」
「そう、ですか…すみれがそうしてくれる、っていうんでしたら、私も嬉しいです」
苦しそうながら微笑んでくる彼女を見て、しっかり看病してはやく元気になってもらわなきゃ、って思いを新たにしたの。
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