「う〜ん、ああは言ったけど…どうしよっかな」
 アルバイトも終えて喫茶店を後にした私だけど、ふとそうつぶやいちゃう。
 結婚式とかのことは美亜さんに力になってもらえることになったから、今悩んでるのはもちろんチョコレートのこと。
 ああも言ったし、それにそうじゃなくってもこれ以上美亜さんに迷惑はかけられないから、誰か他の人に教えてもらうか、自分一人で何とかしてみるか、それとも手作りは諦めるか、ってことになるよね。
 諦める、なんてことは考えられないし、まずは自分で何とかしてみることを考えてみようかな。
 そういうことで、事務所へ行く前に本屋さんに立ち寄ってチョコレートのレシピ本でも買ってみようと思ったんだけど、バレンタインについての特設コーナーの前で足を止めちゃう。
「…あぅ、やっぱり私って場違いな気がしちゃうかも。入りにくい…」
 そこには何人かの女の子がいて本を手にしたりしてるんだけど、みんなほんとに女の子って感じだし、その特設コーナーの雰囲気もあいまって近寄りがたい。
 一応私も女の子なはずなんだけど、何か全然空気が違うっていうか…あぅ、どうしよ。
「…いやいや、迷ったりしてる場合じゃないよね」
 里緒菜ちゃんのために作るものなんだから、こんなところで恥ずかしがったりしてる場合じゃない。
 うん、ここはまず深呼吸して…。
「…あの、山城センパイ?」
「わっ、わわっ!」
 意を決したところで背後から声がかかってきたものだからびっくりしちゃう。
「きゃっ? あ、あの、ごめんなさい…」
 私の反応に声をかけてきた子もびっくりしちゃったみたいだけど、振り向いてみるとそこには見知った子の姿。
「ううん、こっちこそびっくりさせちゃったみたいでごめんね、麻美ちゃん」
「い、いえ、大丈夫です…」
 ちょっと遠慮がちにそう言うのは、事務所の後輩な麻美ちゃん。
 いつも夏梛ちゃんと一緒にいる彼女だけど、確か今日は夏梛ちゃんにお仕事が入ってるから今は彼女一人。
「あの、山城センパイも何か本を買いにいらしたのですか?」
「うん、まぁ…麻美ちゃんは何買うの?」
 チョコレートのレシピ本を、って言い出せなくってつい話をそらしちゃったけど、麻美ちゃんは何冊かの本を持ってたの。
「あっ、はい、私は新刊の百合作品をいくつか…」
「百合作品、って…あの百合のこと?」
 よく見ると、麻美ちゃんが持ってる本は女の子なイラストが描かれてたりと、確かにそんな雰囲気。
「は、はい、そうですけど…あ、あの、何かおかしかったでしょうか…?」
 あっ、いけない、麻美ちゃんが不安げになっちゃった。
「ううん、そういうわけじゃないよ。ただちょっと意外だったっていうか、美亜さんみたいなこと言われてちょっとびっくりしたっていうか」
「そう、なんですか?」
 麻美ちゃんも女の子とお付き合いしてるんだし百合好きなほうが自然なのかも…って、あれっ、それじゃ里緒菜ちゃんや夏梛ちゃんとか、そもそも私もそうなるってこと?
 う〜ん…まぁ、そのあたりは人それぞれだよね。
「…あっ、バレンタインのコーナーですね。その、山城センパイも作られるのですか?」
 と、私の背後にあるものに気づいた麻美ちゃんがそんなことたずねてきた。
「へ? 作るって、何を?」
「えっと、ですから、チョコレートを…里緒菜さんへ、差し上げないんですか?」
「あ…あぁ、うん、もちろんあげるし、手作りにしたいなとも思ってるんだけど…」
「…えっと?」
 少し言葉を詰まらせちゃった私に首をかしげちゃう彼女だけど…そうだ。
「えっと、麻美ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど…もしよかったらでいいから、聞いてくれないかな」
「えっ、私に…ですか?」
「うん、もし都合とか合ったら、私にチョコレート作りを教えてくれないかな…って」
 彼女のお料理の実力は確かなものだから、そんなお願いをしてみちゃった。
 もちろん迷惑はかけられないし、都合がつかなかったりしたら潔く諦めるけど…。
「あっ、はい、私などでよければ…」
 でも、麻美ちゃんはちょっと遠慮がちにそう答えてくれたの。


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