「あぁ、なるほど、センパイと美亜さんって同い年だったんですか」
 しばらくアルバイトをしてると今日のお仕事を終えた里緒菜ちゃんがきてくれた。
 他にお客さんもいなくって、それに美亜さんもお客さんがくるまでのんびりしてていいっていうから里緒菜ちゃんに紅茶を出してそのまま彼女の席にいさせてもらう。
 で、さっき…っていっても数時間前のことだけど、美亜さんに話してたことを彼女に話したの。
「そういえばセンパイ、お正月にも成人式で地元に行く、とか言ってましたっけ。そうですか、センパイと美亜さんがどちらも二十歳…」
 そうして里緒菜ちゃん、カウンタにいる美亜さんと私とを交互に見比べる?
「…あんまりそうには見えませんね」
「むぅ〜…どうせ私は美亜さんに較べて子供っぽいよ、ぶぅ」
 あんな悪戯っぽい微笑みを浮かべながらあんなこと言うってことはつまりそういうことで…ぶぅぶぅ。
「いえいえ、そんなことはないかと…センパイのほうがずっと背が高いんですし、黙っていれば同い年に見えますよ」
「それってつまりしゃべったら私が子供っぽい、っていうことじゃない」
「誰もそんなことは言ってませんって…美亜さんが大人っぽい、ということです」
「…う〜ん、それはそう、かも」
 美亜さんは私から見ても落ち着いたお姉さま、って印象だものね。
「解ってもらえたのならよかったです。でお、私はすみれの子供っぽいところ、好きですよ?」
「…はぅっ」
 あんなこと言って微笑まれちゃうものだからどきっとしちゃう。
「…うぅ、里緒菜ちゃんって私より大人っぽいかも」
「そうですか? 私は別にそんなこと感じませんけど」
 微笑む姿もクールで、彼女のクラスメイトがかっこいいって感じて一目置くのもよく解る。
 見た目なら梓センパイも似た印象を受けるんだけど、梓センパイはしゃべるとかわいい人だし…って、こんなこと言うと梓センパイが子供っぽい、って意味になっちゃって失礼かも、なんだけど。
「…う〜ん、一番年下の里緒菜ちゃんが一番大人っぽい、って感じすらしてきたかも」
「…センパイ、何を言ってるんですか?」
 ふとつぶやいちゃった一言にあの子が首をかしげる。
「あっ、うん、私たちの事務所の歳が近めな声優さんたちを思い浮かべてみて、ちょっとそう感じたの」
「え〜と、それって…私とセンパイ、あとは誰です?」
「うん、梓センパイ、それに夏梛ちゃんと麻美ちゃんあたりかな」
 もちろん他にも所属声優さんはいるけど、ちょっと年齢が離れてくる。
「その中で私が一番大人っぽいんですか…月宮さんはセンパイと同じにおいがしますものね」
「わっ、それってどういう意味?」
「まぁまぁ、別にいいじゃないですか」
 それって黙ってたら、ってことなのかな…って、あぅ、ついさっき私も同じこと思っちゃったんだった。
「で、夏梛さんは小さくて麻美さんは頼りない感じがするから、ってところですか?」
「わわっ、里緒菜ちゃん、そんなはっきり言っちゃ…!」
 確かにそういうあたりが、ってことになってくるんだけど、でももうちょっと言いかたってものが…。
「いいじゃないですか、本当のことなんですから」
 う〜ん、まぁ、彼女のそういうはっきりしたところが好きっていえばそうなんだけども…。
「でも、麻美さんは確かに頼りない感じはしますけど、かなりよくできた人ですし、私より大人だと思いますよ?」
「ふふっ、そっか」
「…何がおかしいんですか?」
「ううん、何でもないよ」
 そういうことが解るくらい仲良くなったのかな、って思うと何だか嬉しくって…里緒菜ちゃんと麻美ちゃんって私が見てるときは別にそんなしゃべったりしてないんだけど、私のいないときに話したりしてるのかな。
「じゃあ、夏梛ちゃんは?」
「夏梛さんは…そうですね、ライバルでしょうか」
 あ、里緒菜ちゃんの口からそういう言葉が出てくるなんてちょっと新鮮かも。
「そっか、じゃあ里緒菜ちゃんも頑張らなきゃね」
 声優として同期っていっていい三人の中じゃ今のところ夏梛ちゃんが一番目立ってるとは思うけど、里緒菜ちゃんや麻美ちゃんだって実力あるし、これからも三人でどんどん伸びてってほしいよね。
「そうですね、とりあえずセンパイを猫派に取り込まれない様にしないと…犬のほうが絶対いいですよね、センパイ?」
「…へ?」
 あれっ、この話の流れって、もしかして…。
「麻美さんはやっぱりもう取り込まれちゃってるんでしょうか…そういえば月宮さんも猫派らしいですね、残念なことです」
「…ねぇ、里緒菜ちゃん。夏梛ちゃんがライバルだっていうのは、もしかして…」
「はい、猫派っていうことでですよ?」
「あぁ、やっぱり…あはは」
 二人はそういうことでよく対立しちゃってるものね…。
 大人っぽいって感じた里緒菜ちゃんだけど、ここはちょっと子供っぽいかも…でも、そういうところも微笑ましくって好きだけどね。
「それにしても、私がセンパイよりも大人っぽい…本当にそう感じるんですか?」
「う〜ん…そう、だね」
 その夏梛ちゃんとの対立のことを入れても、やっぱりそう感じられるかも。
「じゃあ、そうなってみますか?」
「…へ? どういうこと?」
 何だか唐突に質問を投げかけられて思わず聞き返しちゃう。
「私が年上でセンパイが年下、っていう設定で話してみましょうか、っていうことです。まぁとりあえずほんの少しだけでも」
 なるほど、なりきりってわけか…そんなこと考えるなんて、かわいいんだから。
「うん、いいよ。やってみよっか」
 断る理由もないしちょっと面白そうでもあったからうなずく…と。
「…そう、解ったわ。こんなことがしたいなんて、すみれはかわいいわね」
「って、わっ、里緒菜ちゃんっ?」
 突然に彼女の口調が変わっちゃうものだからちょっとびっくり…心なしか表情もいつもよりさらにクールになった気がする。
「もう、すみれ? 私のほうが年上なんだから、ちゃんとそれらしく呼んでもらえない?」
「…あ、あぁ、もうはじまってたんだ」
 切り替えはやいなぁ…そういえば、彼女はお仕事のときもすぐ役になりきれるんだよね。
 今の彼女は去年のあのアニメで彼女が演じてた役に似てるけど、でも今回はあくまで里緒菜ちゃん本人ってわけだからより自然でどきどきしちゃうかも。
「ほら、どうしたの? 私のこと、呼んでみて?」
「あっ、う、うん…え〜と、里緒菜さん?」
「…何だか他人行儀ね。すみれのほうは私のこと、会ってすぐ馴れ馴れしく呼んできたのに」
 うん、そうだよね、じゃあ何て呼ぼうかな…。
「ほら、遠慮せずにセンパイ、って呼んでいいのよ? すみれ、後輩にそう呼ばせてるし、迷うことなんてないわよね」
 …あぅ、そうだった、今は私がそう呼ぶ立場だったんだ…里緒菜ちゃんや夏梛ちゃんと麻美ちゃんに呼んでくれる様にお願いしておいて自分は断るとか、そんなのないよね。
「そうだね、じゃあ…里緒菜、センパイ?」
「ふふっ、よくできました。じゃあ、ご褒美にチョコバー…は、自分が持ってるの食べてね」
 あの微笑みを見ると、やっぱり里緒菜ちゃんって大人っぽいなぁ…私が後輩って立場でもよかったのかも。
「じゃあセンパイも…はい、チョコバーっ」
「ええ、ありがとう…ふ、ふふっ」
 あれっ、チョコバー差し出して受け取ってくれたところであの子が吹き出しちゃった。
「センパイ、どうしたの?」
「いえ、すみれが私のことそう呼ぶのが、妙におかしく感じられちゃいまして。すみれが出てたゲームで演じてそういうキャラもいましたけど、すみれ本人が私をそう呼ぶのって…」
 あ、里緒菜ちゃん、素に戻っちゃった。
「それに、立場が逆でもすみれはすみれですね、って思ったらますますおかしくなってきて…サクサク」
「ん、それってどういうことかな…サクサクサク」
 お互いにチョコバーを口にしつつそうたずね返す。
「はい、すみれは年上でも年下でもかわいくって、それに自分から何かしようってすることに変わりはないんですね、って」
「えっ、そ、そうかなぁ?」
 かわいいかはともかく、その後のことってあんなすぐのことで解るとは思えなかったりするんだけど…。
「後輩にすると健気に頑張ってる、って感じに見えてくるんでしょうか…とにかく、微笑ましいと思いますよ?」
「そっか…じゃあ、センパイとしての私はどう見えるの?」
 それはつまり今の私そのもののことを聞いてることになるわけで、ちょっと緊張。
「恋人としてじゃなくてセンパイとして、ですか…となると、そこそこ頼りになるセンパイ、じゃないですか?」
「わぁ、本当っ?」
「そんな大げさに喜ばなくっても…あくまでそこそこ、っていうところですよ?」
「うんうん、それでも十分、里緒菜ちゃんに頼りになるって思ってもらえてるだけで嬉しい…これからもっと頑張るから、どんどん頼ってねっ」
「全く…やっぱり、すみれはかわいいんですから」
 もう、どうしてそこでそうなるのかな…ぶぅ。
「でも、私はすみれみたいないい先輩にはなれませんし、後輩でよかったです」
 と、そんな言葉続けられちゃった?
「えぇ〜、そうかなぁ? さっきの里緒菜ちゃん素敵だったし、そんなことないって思うんだけど」
「いえ、私は人に頼られるとかめんどくさいですから何もしたくありませんし、かわいくもありませんから」
「ううん、私はそんなことないって思うな。どっちのことについても、ねっ」
 彼女がかわいい、っていうのは言うまでもないことだし、めんどくさがりやなところだって…私に対してはお料理とか色々してくれてるもの。
「…そう、ですか?」
「うんうん、私が保証するよっ」
 向かい側に座ってる彼女に笑顔でうなずいてあげて、そのまま抱きしめたくなっちゃう…けど、はっとしてカウンタへ目をやる。
「うふふっ、私のことは気にせずに続けて?」
 カウンタではやっぱり美亜さんが微笑ましげにこっちのこと見てきてて、あんなこと言ってきたけどこっちは恥ずかしくなってきちゃった。


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