「はぁ…やっぱり思ったとおり、嫌な予感が的中しました」
 いつもより時間をかけてやってきた目的地の入口、そこでまたあの子がため息ついちゃった。
「まぁ…こればっかりはしょうがないかも」
 ここにきて私もあの子が何を言いたいのか解ったけど、そう言うことしかできない。
「しょうがないですませたくありませんし…もう帰りませんか?」
「えっ、せっかくここまできたんだから、ちゃんとお参りしてこうよ、ね?」
「そうは言っても…ちょっと人多すぎな気がするんですけど」
 あの子はそう言って鳥居の奥へ目を向けるけど、そこではたくさんの人が列をなしてる。
 そう、私たちは海沿いにあるあの神社へきたわけだけど、そこはすでにそういう状態だったの。
「う〜ん、去年もここにきたけど、そのときはお昼だったんだよね…そのとき以上かも」
 みんなてっきり明るくなってからくるものだって思ってたから、この混雑っぷりは私としてもちょっと意外。
「…帰りませんか?」
 うっ、上目遣いで見つめられるとちょっと気持ちが動いちゃう…けど。
「いや、やっぱりここまできたんだから、ね?」
「はぁ…まぁ、そうでしょうね。すみれがちゃんとそばにいてくれる、っていうんでしたらいいですよ」
「うん、それはもちろん」
 ということで、私たちも鳥居をくぐって人ごみの中へ…もちろん腕は組んだままで参拝の列に並ぶ。
「何か夏にも、この神社で人ごみに苦しめられた記憶があるんですけど…」
「あっ、夏祭りのときのことだね、ちょっと懐かしいかも」
 あれはまだこうして恋人になる前のことだったけど、でもめんどくさがる彼女を私が誘って、って流れは同じだったっけ。
 あのときは、私たちの所属する事務所がやってるミニライブも一緒に観たよね。
「夏のミニライブ、今年は私たちもユニットで出ることになったりして」
「えぇ〜、それはめんどくさいですし、それに私たちがアイドルってことになっちゃうじゃないですか」
「解ってるって、冗談冗談」
 私たちがステージ上で歌って踊るのはあの学園祭ライブで今のところ最後、って私も思ってるもの。
「ふぁ…それにしても、全然進みませんね」
「う〜ん、この人数だもんね…」
 ここの神社はあたりで一番大きいし、他の町とかからも参拝者が集まってそう。
「待ってるのめんどくさいですし、ちょっと寝てますね。順番きたら起こしてください」
「うん、解った…って、へ? いや、寝てる、って……どうする気?」
 あまりに普通に言ってくるものだから思わず自然に受け入れちゃいそうになったけど、まさか列を抜けて寝てるとか、そういうつもりなんじゃ…。
「ふぁ…それじゃ、おやすみなさい…」
 と、里緒菜ちゃん、そう言い残すと私にさらに身を寄せてきちゃう。
「わっ、里緒菜ちゃんっ?」
 慌てて腕組みをやめて彼女の肩を抱いてあげるけど、あの子はもう寝息を立てちゃってた。
「う〜ん、よくこんな状態で眠れるなぁ…」
 私も普段ならもう寝てる時間だし眠いっていったらそうなんだけど、でもこの人ごみの中、しかも立って…ってなるとさすがに眠るなんて考えられない。
 でも、あの子は列が動いて歩くってことになっても、私が身を支えてあげてれば眠ったまま動いてくれてる。
「しょうがないなぁ、里緒菜ちゃんは…」
 お家でのんびりしていたかったところをこうしてここまできてくれただけでもとっても嬉しいし、このままゆっくり眠らせてあげよっと。

 眠っちゃった里緒菜ちゃんを起こさない様に、しっかり身体を支えてあげてゆっくり移動。
 人はとっても多いけど、列はゆっくりながら確実に動いてる。
「あっ、そこにいらっしゃるのって…すみれさま、それに里緒菜さまですか?」「お正月からお会いできるなんて感激です」
 で、これだけ人がいると知り合いもいるわけで、お参りを終えた人たちとすれ違ったりする中でそんな声をかけられたりもする。
「あけましておめでと…喫茶店にきてくれる、里緒菜ちゃんの学校の子だよね」
「はい、あけましておめでとうございます…お正月もお二人はご一緒なんですね」
「うん、もちろん…クリスマスも一緒に過ごしたし」
「わぁ、やっぱり」「素敵ですっ」
 歓声をあげられちゃったりしたけど…と。
「あっ、里緒菜ちゃんちょっと寝てるから、なるべく静かにしてあげてね」
 こんなたくさん人のいる中で今更、って感じもするけど、でもなるべく起こしたくないものね。
「本当、里緒菜さま、眠ってます…お話ししたかったのに、残念です」「でも、眠っている姿もかっこいいです」
 う〜ん、私はかわいいって感じるんだけどな、里緒菜ちゃんの寝顔。
 あぅ、そんなかわいい彼女の寝顔を他の人に見られちゃうなんて…って、いけないいけない、おかしなやきもちとか抱いちゃうとこだった。

「…里緒菜ちゃん、起きて」
 ずっと眠ってた彼女の身体をそっと揺すりながら声をかける。
「ふぁぁ…すみれ? おはようございます…」
「ん、おはよ、里緒菜ちゃん」
 まだちょっと寝ぼけまなこながら起きてくれた彼女へ微笑みかける。
「ん〜…どうしたんですか?」
 ここまで起こさずにきた彼女を起こした理由っていったら、もちろん決まってる。
「うん、もうすぐお参りの順番が回ってくるから」
「…あぁ、そうでしたっけ、私たち、初詣にきてたんですね」
 彼女も完全に目が覚めたみたいで、私から身体を離す…とはいっても改めて手を繋いでくれるけど。
「里緒菜ちゃん、お賽銭ある? なかったら私が出すけど」
「いえ、そのくらいのお金は持ってますし大丈夫です」
 そんな言葉を交わしてるうちに私たちの前に人の姿はなくなり、社殿の前にまでたどり着いた。
 二人並んで社殿の前に立って、まずはお賽銭を入れて、そして手を合わせつつ目を閉じる。
 …今年も一年、里緒菜ちゃんが、それにみんなが何事もなく元気で過ごせますように。


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