第四章
「新年明けましておめでとっ、里緒菜ちゃん」
「はい、おめでとうございます」
―時間はちょうど夜中の十二時、時計を確認してから、私の部屋で一緒にいるあの子へ挨拶。
「うんうん、新年一番の言葉を里緒菜ちゃんと交わせるなんて、とっても嬉しいなっ」
で、今日がどういう日なのかっていうと、その私の言葉どおり…新しい年を迎えたの。
「全く、大げさなんですから。でもまぁ、すみれのそんなところがまた…」
「…言っておくけど、かわいくなんてないからね?」
「しょうがないですね、とりあえずそういうことにしておいてあげましょうか」
そういうことも何も、そういうことなんだけど…ぶぅ。
「去年は本当に色々あったけど、とってもいい一年だったよね。何といっても、里緒菜ちゃんに出会うことができたし」
まだ、彼女に出会ってから一年もたっていないんだよね…もっと長い間一緒にいる様な感覚だよ。
「里緒菜ちゃんはどうだった? いい一年だった?」
「そんなこと、聞くまでもないと思いますけど…すみれと同じですよ?」
「うんうん、そうだよねっ」
彼女にとって、去年は私のことを抜いても声優としてデビューできた年でもあるものね。
私にとっても、声優としてはじめてアニメの主役を演じられたんだから、そこもとっても大きい…さらにそれが里緒菜ちゃんとの共演で、だったんだから喜びもひとしお。
「今年も色々とよろしくね、里緒菜ちゃんっ」
「ええ、こちらこそ…すみれのこと、離さないんですから」
そうお返事をしてくれたあの子が身を寄せてきて、新年早々幸せいっぱい。
「…よしっ、じゃあこれから初詣に行こっか」
「…えぇ〜、めんどくさいです」
と、このあたりは相変わらずな様子で、こうじゃなきゃ里緒菜ちゃんじゃない、って気も確かにするんだけど…。
「もう、新年なんだし、やっぱり初詣は行かないと、ね?」
「そんなこと言われても、去年までは行ってませんし、このままのんびりだらだらしていたいです」
う〜ん、里緒菜ちゃん、つい一昨日までお仕事で東京に行ってたりしてたし、学校は冬休みな中でそんな頑張ってたんだから、さらにこうして一緒に過ごしてくれてるんだから、お正月をのんびり過ごさせてあげる、っていうのは確かにそうさせてあげたい。
「でもでも、ちょっと神社に行って、おまいりしてくるだけだし、ね?」
「それがめんどくさいんですけど…そもそも、すみれはこんな時間なのに、今日は元気なんですね。いつもなら眠そうにしてて限界になっているはずなのに」
「それはほら、やっぱりお正月だもん」
「…ふふっ、完全に子供ですね」
あぅ、何だか微笑ましげにされちゃった。
「もうっ、そんなことないもん、私だってこれでも二十歳なんだから…ぶぅぶぅ!」
「…あぁもうっ、すみれったらどうしてそんなにかわいいんです、我慢できなくなっちゃうじゃないですか」
「わ…里緒菜、ちゃん…」
不意にぎゅって抱きしめられちゃったものだから、それ以上言葉が出なくなる。
「しょうがないですね、本当はめんどくさいんですけど、すみれのかわいらしさに免じて初詣に付き合ってあげます」
ゆっくり身体を離しながら彼女がそう言ってくれた。
「わぁ、うんっ、ありがと…って、私はかわいくないんだけどな」
ちょっとおかしな言葉があったから手放しじゃ喜べなくなってる。
「はぁ、困ったものですね」
いやいや、私とは比較にならないほどかわいい里緒菜ちゃんにため息つかれちゃっても。
「それでどうします、さっそく行きますか?」
「うん…って、あっ、ちょっと待って。肝心なこと忘れてた」
「肝心なこと…って、何です?」
「うん、今年の初チョコバーだよ…はいっ」
首をかしげちゃうあの子にチョコバーを一つ渡してあげる。
「何を言い出すのかと思えば…ついさっきにも、年越しそばを食べた後にも食べましたよね?」
「うん、でもそれは去年最後のチョコバー、ってやつだったから…サクサクサク」
さっそく今年初のチョコバーを味わう…うんうん、やっぱりおいしい。
「全く、センパイはやっぱりセンパイですね…サクサク」
あの子もちょっと呆れた様な表情をしつつも受け取ったチョコバーを食べてくれたの。
「よしっ、里緒菜ちゃんも準備できた?」
「はぁ、めんどくさいですけど、一応は」
今年の初チョコバーも食べて、それから出かける準備をして。
着替えて、コートを羽織って、それであの子へ目を向ける…と。
「…えぇ〜、里緒菜ちゃん、着物にしないの?」
彼女はお泊り用に何着か服を置いていってるんだけど、普通にその中の一着を着てた。
「いえ、そんなめんどくさいもの着ませんし」
「そんなぁ、せっかくの初詣なんだし、それに里緒菜ちゃんなら絶対に似合うって思うのに」
「…それ以前に、着物なんて持ってませんし」
「…まぁ、そうだよね」
そんなことは私も解ってて、だからさっきの言葉は冗談みたいなもの…着物姿の彼女を見てみたかったのは確かだけど。
里緒菜ちゃんは長い黒髪の美少女だから、着物もとってもよく似合うだろうなぁ…。
「こんなことなら、里緒菜ちゃんの着物、用意しとけばよかった」
「ですから、めんどくさいですしいらないです…それより、センパイが着ればいいじゃないですか。今から着替えてもいいんですよ?」
「いやいや、私が着てもしょうがないじゃない。全然似合わないって思うし…だから持ってもいないし」
「そうでしたか、つまらないですね」
むぅ、その反応、もしかして私の似合わない着物姿を見て楽しもうとしてたのかも…ぶぅ。
「もう、この話はいいから、そろそろ行こ?」
「そもそもセンパイがはじめたんだと思いましたけど…」
そんな彼女の言葉は気にせず、靴を履いて外へ…あの子もちゃんとついてきてくれる。
「やっぱりこんな時間ですし寒い…部屋でのんびりしていたいんですけど」
「まぁまぁ、もう外に出ちゃったんだし、ね?」
真夜中の外の空気にあの子は少し身を震わせるけど、私はそう声をかけながらアパートの階段を降りる。
「それに、こうすればあったかいしっ」
そして、階段を降りたところで彼女とぎゅって腕を組むの。
「もう、すみれったら…こんなにしっかり腕を組んじゃったら、全然歩けませんよ?」
「いいのいいの、のんびり行こっ」
「しょうがないですね…」
あんなこと言いながらも里緒菜ちゃんも何だか嬉しそうで、彼女からも組んだ腕に力を込めてくる。
ぎゅって密着した部分から伝わってくる彼女のぬくもりに心もあったかくしながら、二人でゆっくり歩いてく。
「…こんな時間なのに、歩いてる人とか結構いますね」
彼女の言葉どおり、歩いてる人の姿がちらほら…車も少なからず走ってる。
「まぁ、お正月だもんね」
心なしか、家々の明かりも多い気がする。
「…それで、初詣ってどこに行くんですか?」
「あれっ、そんなの聞かなくっても解るんじゃないかな」
「はぁ、まぁ解りますけど…嫌な予感がします」
あれっ、里緒菜ちゃん、ため息ついちゃった…どうしたのかな。
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