第三章

「すみれちゃん、昨日までのお仕事お疲れさま。久しぶりに一緒にお仕事したけど、ずいぶん成長してたよ」
「わっ、そんな、私なんてまだまだ…ですけど、ありがとうございます。それに、センパイこそお疲れさまですっ」
 ―朝、美亜さんのお店にも似た落ち着いた雰囲気の喫茶店で軽く朝ごはんを食べながらそんなやり取りをするのは、私と梓センパイ。
 私たち、センパイの言うとおり昨日まで一緒にお仕事してたの。
「センパイと一緒にお仕事とか、やっぱりとっても嬉しくって感激です…私の憧れですから」
「僕こそまだまだなのに…照れちゃうよ」
 見た目は里緒菜ちゃんに近くクールな感じもするのに素の声はかわいらしくって、そのこともあいまって照れる姿は微笑ましい。
「それで、センパイはこれからどうするんですか?」
「うん、むったんのところに行くの。一緒にクリスマスを過ごす約束してるの」
「あ、睦月さん、今は夏梛ちゃんと麻美ちゃんのお仕事についてきててこっちにきてるんでしたね」
 私たちの今回のお仕事は東京であって、だからもちろん泊まり…それでこうして一緒のホテルに泊まってたセンパイと朝ごはん食べてるわけ。
 そして夏梛ちゃんと麻美ちゃんもユニットのクリスマスライブがあってこっちきてて、マネージャの睦月さんもついてきてる、ってわけ。
「でも、昨日のうちに会いに行ってもよかったんじゃないかな、って思うんですけど」
「僕もそうしたかったけど、昨日はお仕事終わるの遅かったから…」
「…ま、まぁ、そうですよね」
 お仕事終わったの、日付が変わるくらいの時間だったもんね…そういう私も、昨日のうちに帰ればはやくあの子に会えるところをしなかったわけだし。
「その分、今日からはむったんといっぱい一緒にいるし、楽しみ…あ、もちろんお仕事の邪魔はしないよ?」
 そう言ってくるセンパイはとっても幸せそう…睦月さんのこと大好き、っていうのがとっても伝わってくる。
「そういうすみれちゃんこそ、今日はこれからどうするの?」
「はい、もちろんこれから帰って里緒菜ちゃんと一緒に過ごします」
「ん、そっか、お幸せにね」
「はい、ありがとうございます…センパイこそ」
 お互いに微笑みあって、そしてそろそろお店を出よう…と。
「あっ、そうだ…はいこれ、センパイにクリスマスプレゼントですっ」
「あ…うん、ありがと。二つ…っていうことは、むったんと一緒に食べて、っていうことだよね、嬉しいな」
 まぁ私が渡したのはいつものチョコバーだったわけなんだけど、センパイの言うとおり二つ渡したの。
 もっとも、梓センパイ、睦月さんに会いに行ったときに夏梛ちゃんたちにも会いそうだったから、そのあとすぐ二人の分のチョコバーもお願いしたんだけどね。

 そう、今日は十二月二十四日…私と里緒菜ちゃんにとって、出会ってからはじめてのクリスマスを迎えることになるの。
 センパイと別れて、すぐ電車に乗って帰る…んだけど、途中で乗り換えしてちょっと遠回りなルートを通る。
 このことがあったこともあって、梓センパイとお別れしてすぐ電車に乗ったわけだけど、目的地に着いたのはお昼前…うん、これなら里緒菜ちゃんをあんまり待たせないで帰れそう。
 で、やってきた場所はというと、山あいにある小さな町…ここへくるのはこれで二度めになるのか。
 おしゃれな雰囲気の駅を出て、その駅前にあるお店へ…と。
「わ…こんな時間からすごい人」
 お目当てのお店の前には、少なからぬ人たちが行列を作っちゃってた。
 さすが、美亜さんがお勧めしてくれたお店ってだけのことはあるか…っと、感心してる場合じゃないね。
 はやく買って里緒菜ちゃんのとこに帰りたいし、さっそく列に並ぶ。
 列の先のほうを見てみると、女の子が二人で商品を渡してるのが見える…まだ学生っぽいし、アルバイトかな。
「はぁ…どうして私がこんなことしてるんでしょう…」
 と、私の前にいたお客さんが商品を受け取って列から抜けた後、この列を担当してる子がそう言ってため息ついちゃった。
「…あっ、えと、いらっしゃいませですぅ」
 すぐに次のお客さんな私のことに気づいてはっとしてたけど、あんなこと言うなんてお仕事ってわけじゃないのかな?
「うん、クリスマスケーキ一つお願いできるかな。えっと、先にお金を…はいっ」
 そう、私がやってきたのはケーキ屋さん…ひよこ屋ってお店なんだけど、つまりはそういう理由できたってわけ。
「はい、ありがとうございま…ふぇっ!?」
 って、お金を受け取って応対してくれたその子、なぜだか固まっちゃった?
「えっと、どうしたの?」
「あ、あの、あなたって、もしかして…声優の山城すみれさん、じゃないですか?」
「…えっ、どうして私のこと知ってるの?」
 今度はこっちが驚かされちゃった。
 その店員さん、クリスマスケーキ販売のお約束っていうかサンタクロースな服を着てるんだけど、まだあどけなさを残したかわいらしい女の子…もちろん初対面なはずなんだけど、でもどこかで見た様な記憶もある様な気がして…?
「は、はい、あの、私、石川先輩の後輩で…この間お会いしたときに山城さんのことも少し聞いていましたし、それに分校での学園祭ライブも見させてもらいましたから…」
 なるほど、あのライブ見たなら、普段声優として顔を出したりしてない私に気づいてもおかしくない…わけだけど、今の言葉ってそれ以上に気になることあったよね。
「石川先輩の、って…麻美ちゃんの知り合い?」
 そう言ったところであることを思い出した。
「あっ、そういえば、こっちであった夏梛ちゃんと麻美ちゃんの学園祭ライブで司会してたのって、あなたじゃなかったっけ?」
「は、はい、そうですぅ…山城さんもきてたんですね」
「うん、お客さんとしてね」
 司会をしてたこの子、ステージ上で麻美ちゃんと言葉を交わしてたからちょっと印象に残ってたの。
「まさかこうして山城さんにお会いできるなんて感激ですぅ。私、石川先輩や山城さんみたいに声優さんになるのが夢ですから」
「そうなんだ…じゃあ、一緒にお仕事できるの、楽しみにしてるね」
「は、はい、ありがとうございますぅ…!」
 麻美ちゃんにこんな後輩の子がいたんだね…うんうん、いいセンパイだったんだね。
「ちょっと、ヘッドってば何を長々話しこんでるのよ。お客さんまだまだいるんだし、さっさとしなさいよね?」
「は、はわわっ、ごめんなさいですぅ…!」
 と、その子の隣で売り子してる、ちょっと鋭い目した女の子がその子のことにらむものだから、あたふたしちゃってる。
「あっ、ごめんね、長々話しちゃって。じゃ、私はもう行くね…また会えるの、楽しみにしてるよっ」
「は、はい、ありがとうございました…!」
 もうちょっと麻美ちゃんとかの話を聞いてみたかったんだけど、お店の邪魔しちゃいけないし、しょうがないよね。
 …と、お名前も聞くの忘れてたけど、声優さんになる夢を叶えられたらまた会えるかもだし、それに麻美ちゃんに聞いてみるのもいいかも。


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