第3.8章
「私は明日から実家へ帰省するから、今年のお仕事は今日までね」
―いつもの喫茶店で美亜さんがそんなこと言ってくる通り、今日は十二月二十九日でもうすっかり年末。
いつもなら放課後の時間になるとあの学校に通う子たちがきてくれたりするけど、もちろん冬休みってこともあってお客さんもほとんどこない。
「すみれちゃんは帰省とかしないのかしら?」
「あっ、うん、私はこっちで年越しするよ。あの子もこっちにいるっていうし…」
帰省についてはもうちょっとしたら機会があるしね。
「なるほど…うふふっ、いいわね」
ものすごく幸せそうに微笑まれちゃったけど、何だか恥ずかしいな、もう…。
と、そんなこと話してるとお店の扉が開いたんだけど…。
「…あっ、里緒菜ちゃんっ。いらっしゃいませ…それに、お疲れさまっ」
きてくれたのはあの子だったものだから、嬉しくって笑顔でお出迎え。
「はぁ、どうも…でも、働いているセンパイがお疲れさまって、何かおかしいですね」
「そうかな? 里緒菜ちゃんはお仕事してきたわけなんだし…うん、やっぱりお疲れさまっ」
今日まで彼女は東京でお仕事があって、そこからこうして帰ってきたっていうわけ。
「まぁ、一応ありがとうございます。センパイも、お疲れさまです」
「うん、ありがとっ」
今日はお客さんもほとんどこなかったし全然疲れたりしてないんだけど、あの子にああ言われると嬉しくなるよね。
「…ふふっ、すみれは本当にかわいいですね」
「…はぅっ、り、里緒菜ちゃんったらいきなり何言ってるの、ぶぅぶぅ!」
あの子はあんなこと言って微笑んできたりして…そんなあの子のほうがずっとかわいくって、その微笑みにどきってさせられちゃうのに。
里緒菜ちゃんが帰ってきたのはもう夜になってからのことで、私たちのことを微笑ましく見てた美亜さんにもう今日の…今年最後になるお店も閉じるって言われて、あの子と一緒に帰る。
年末年始はこれからお互いにお仕事もなくって、里緒菜ちゃんは帰省とかもしないから、彼女も私の部屋にきて一緒に過ごすの。
クリスマスに続いて年末年始も里緒菜ちゃんと一緒に過ごせるなんて…うんうん、とっても幸せっ。
お仕事から戻ってきたばっかりっていうこともあって疲れてるって思うから、帰ったらその日はすぐにお休みすることにして。
次の日…大みそかまであと一日に迫ったその日も、ゆっくり起きてのんびり過ごすことにしたの。
「ふぁ…珍しいですね、センパイがだらだらしていいって言ってくれるなんて」
朝ごはんを食べた後、私のベッドへ横になりながらあの子がそんなこと言ってくる。
「うん、まぁ、ちょっともったいないかなって気もしないこともないけど、里緒菜ちゃんは昨日までお仕事頑張ってたわけだし、ゆっくりお休みするのも大事だよねって」
あんまりずっとだらだらし続けるっていうのは……だけど、こういう日は彼女の好きに過ごさせてあげなきゃ。
「まぁ、別にお仕事頑張ったりなんてしてませんでしたけどね?」
「もうっ、またそんなこと言って」
でも里緒菜ちゃん、お仕事については本当に真剣にやってるって知ってるから、今みたいなのもいつもの冗談っていうことで笑ったりできちゃう。
「大掃除とかも昨日までにしておいたし、あとはもう里緒菜ちゃんと一緒にお正月をお迎えするだけ、ってとこだから今日はゆっくりしていいよ」
「センパイの部屋ってわざわざそんなことしなくてもいつもきれいだと思いますけどね。まぁ、私の部屋は何もしてませんけど」
「う〜ん、今の里緒菜ちゃんの部屋、どうなってるんだろ…今から大掃除しに行こうかな」
学生寮の彼女の部屋、最近は行けてないから気になってきちゃう。
「…え」
あ、里緒菜ちゃんが固まっちゃった。
「もう、冗談だって。今日はのんびりするって決めたもんね」
「…驚かせないでください。センパイなら本気でやりかねないって心配しちゃったじゃないですか」
「あはは、ごめんごめん」
でも、今日じゃなくっても、そのうち行ってお掃除したほうがいいかも。
「…何か不穏なことを考えてる気がするんですけど、まぁいいです。じゃ、お言葉に甘えてのんびりさせてもらいましょうか」
そうして彼女は私のベッドの上で横になっちゃったの。
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