「結局、夏梛さんたちには背中押されちゃいましたね…」
二人と別れて里緒菜ちゃんを学生寮へ送るとき、あの子はそうつぶやいて。
私と里緒菜ちゃん、二人で歌ったりするのが楽しくって、そしてそんなのでもファンの人が受け入れてくれるのなら、やってみていいのかも。
でも、私たちで実際に通用するのかな、ってこと以外にも、どうしても引っかかっちゃうことがあって…それはやっぱり、あんまり表に出たくないよね、ってこと。
わがまま言ってるよね、って自分でも思うけど、でもここは里緒菜ちゃんと同意見だし、何とかならないかな…。
「ん〜…多分、何とかなるんじゃないかな」
翌日、ちょっと悩んでた私に事務所で声をかけてくれた人に事情を話したところ、そんなのんびりとしたお返事。
「…って、えぇっ? センパイ、それって本当ですかっ?」
「うん、表に出たくないっていうとダンスを見てもらうのは難しいと思うけど、歌のほうは…ね?」
ちょっとびっくりしちゃう私に微笑むのは、長い黒髪にクールな雰囲気…っていうちょっと里緒菜ちゃんに通じるところのある、でも彼女より年上なのに幼いって感じもするかわいらしい声をした女の人、月宮梓センパイ。
私がセンパイ、って呼んでる様に、彼女は私にとって事務所の一番尊敬する先輩。
「う〜ん、でも歌だけって、顔も出さないってことですよね? さすがにそれは難しいんじゃ…」
「ううん、そんなことないよ。話が通れば、だけど…むったんに相談してみよっか」
むったん、というのは私たちのマネージャをしてる如月睦月さんのことなんだけど、センパイは何を考えてるのかな…?
「今日もしっかり私たちのラジオ、聴いてくれてる? まぁ、この私の声が届いてるってことは聴いてるんでしょうし…あ、ありがと」
あのラジオの収録、私は相変わらずツンデレで…ちょっと楽しい。
「ふふっ、今日はちょっとしたニュースがあるのよね、ファティシア?」
ブースの中、テーブルの向かい側にはもちろん里緒菜ちゃんがいて、やっぱり大人っぽい声でどきどきしちゃう。
「そうね、何ていってもわたしとサリサお姉さまのデュエット曲が出るんだもの、これは大ニュースよね…楽しみにしておきなさいよね?」
里緒菜ちゃんが演じるキャラクターはサリサディア、っていうんだけど、アニメの後半ではいつしかそんな呼びかたする関係になっちゃってた。
まさに美亜さんが大喜びする内容になってきた、ってわけなんだけど…とにかく、梓センパイが言ってたのはこのこと。
元々はキャラクターソングを出す企画はなかったんだけど、アニメもちょっと好評ってこともあって話が通ったみたい。
あくまでキャラソンだから私たちの顔は出ないし、でもデュエットだから里緒菜ちゃんと一緒に歌える。
ライブとかはないけど、まずはこれで学校の里緒菜ちゃんファンの子たちも納得してくれるかな…うんうん、さすがセンパイだよ。
「うふふっ、ファティシアったら、そんなににこにこして…そこまで嬉しいのね」
「んなっ…べ、別にそんなことないわよっ」
ううん、本当はとっても嬉しい…里緒菜ちゃんとまた一緒に歌えるんだから。
アニメにラジオ、さらにデュエットまでできて、この作品には感謝してもし切れない…けど、ツンデレが邪魔してこの場では素直に彼女へ想いを伝えられないのがもどかしいなぁ。
うん、この収録が終わったら、この嬉しいって気持ちを思いっきり伝えよっと。
(第1章・完/第2章へ)
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