市街地にあるビルの一つの中に、私たちが所属する事務所、天姫プロダクションがある。
 それほど規模は大きくない、むしろ小さな事務所なんだけど、スタジオとかダンスルームとかも中にあったりして、同じ事務所の子同士っていうこともあって、私たちの出演してるアニメのwebラジオ収録なんかはここでさせてもらってる。
 今日はちょっとした打ち合わせがあるからきたんだけど、私は特に予定がなくってもなるべく毎日事務所に顔を出してて、里緒菜ちゃんも昔は本当に必要最低限しかこなかったんだけど今はこうして私に付き合ってくれることが多くなった。
 そんな私たち、打ち合わせを終えると、あの二人に会うためにダンスルームに向かったの。
 あの二人はとっても頑張り屋さんで他に予定のないときはほぼいつもそこで練習してるから、今日もきっと…。
「夏梛ちゃん、麻美ちゃん、今日も練習、お疲れさまっ」
 ダンスルームの扉を開けて、中にいるはずな子たちに声をかける…と。
「夏梛ちゃん、大好き…って、きゃっ?」「むぎゅっ、麻美ったら…は、はわはわっ」
 広いダンスルームには確かに私たちが会いにきた二人がいたんだけど、二人は抱き合ってて…私の声にびっくりして慌てて身体を離しちゃってた。
「え〜と、お邪魔しちゃったかな?」「全く…真面目に練習してるかと思ったら、何してるのよ」
 里緒菜ちゃんはちょっと冷たい目を向ちやう。
「あぅあぅ、こ、これは何でも何でもなくって…もちろんもちろん、お二人がお邪魔なんてこともありませんっ」
 真っ赤になってあたふたとそんなことを言うのは、背は低めで長い髪をツインテールにした、そしてゴシック・ロリータっていう似合う人がごく限られるって思う服を見事に着こなしてる、灯月夏梛ちゃん。
 夏梛ちゃんは同じ単語を二回繰り返す癖があるんだけど、そんなところも含めてかわいいよね。
「あっ、えっと、こ、これは私が気持ちを抑えられなくってつい夏梛ちゃんのことを抱きしめちゃって…で、ですから夏梛ちゃんは悪くないんです」
 一方、夏梛ちゃんのことをかばうのは長くてきれいな髪をした、ちょっとほわほわした雰囲気も感じる女の子、石川麻美ちゃん。
 二人とも同じ事務所に所属する、里緒菜ちゃんよりも一ヶ月くらい後にやってきた後輩さん。
「もう、二人っとも、そんな慌てなくってもいいって。里緒菜ちゃんだって冗談で言ってるんだから…ね?」
「えっ、いえ、私は割と本気ですけど」
「もう、そんなこと言って…それに、私も二人の気持ち、よく解るし。大好きって想いが抑えられなくなっちゃうこと、あるよね」
「だからって、場所はわきまえてもらいたいけど…バカップルよね、やっぱり」
「あぅあぅ…」「え、えっと、誰もこないって思ってましたから、その…」
 また里緒菜ちゃんが冷たい目を向けたりして二人ともあたふたしちゃうけど、これって…呆れたりしてるっていうより、意地悪してるだけだよね。
 里緒菜ちゃんがあんなこと言うことからも解る様に夏梛ちゃんと麻美ちゃんは恋人同士なわけだけど、ああいうことを言うってことはそれだけ里緒菜ちゃんが二人に気を許してるってことになるし…うんうん、これはこれでいいのかも。
「あ、あのあの、お二人とも、今日はどうしたんです?」「もしかしてダンスの練習…でも、学園祭はこの間終わりましたし…」
「うん、今日は別に練習しにきたわけじゃないけど…あのときは練習に付き合ってくれてありがとっ」
「いえいえ、そんなの別に別に…」「少しでもお役に立ったのでしたら、よかったです」
 あの学園祭ライブ、私も里緒菜ちゃんももちろん歌って踊る経験なんてそれまでなかったから、二人がそのための練習で色々アドバイスとかしてくれたの。
 だから、あのステージの成功は二人のおかげ、ってことかな。
「ではでは、お二人は今日は一体一体…?」
「うん、ちょっと二人とお話ししたいな、って思って」

 夏梛ちゃんと麻美ちゃん、ちょうど練習を終えて帰ろうと思ってたところだって言ってくれて、お話しはみんなで夜ごはんを食べながら、ってことにしたの。
「別にこの間に話せばいいことの気もしますけど」
 二人が帰る準備をしてるときに里緒菜ちゃんがそんなこと言ってきちゃうけど、これも冗談みたいなものって解ってる。
「またそんなこと言って…今日はどこ行く?」
「…考えるの面倒ですし、センパイにお任せします」
 まぁこれは本当に面倒くさいんだろうけど、そんなこと話してる間に二人がやってくるから、四人で事務所を後にする。
「すみれセンパイ、今日はどこへどこへ行きます?」
「う〜ん、今日は近くのファミレスでいいんじゃないかな」
「ですです、解りました…麻美、それに里緒菜さんもそれでそれでいいです?」
 二人ともうなずくからそうすることにしたんだけど、今のやり取りから解る様に最近は少なからずこの四人で外食したりしてる。
 特にあの練習に付き合ってもらってたときにはよく行ってたけど、その頃も今も行き先を決めるのは私と夏梛ちゃん。
 里緒菜ちゃんは外出も少なく、ましては友達とか、ってこともないみたいだから、こういうのもいい機会になるよね。
「麻美もこうやって少しずつ少しずつ、私以外の人と外食したりするのに慣れて慣れていくといいですね。お仕事で他の人とお食事したりすることなんてたくさんたくさんあるんですし」
「わっ、か、夏梛ちゃん、もう…」
 と、私と里緒菜ちゃんの後ろを歩く二人の会話が耳に届いたけど、麻美ちゃんはかなり人見知りなところがあるものね…。
「そ、それはそうだけど、やっぱり一番は…夏梛ちゃんと二人っきりで、かな」
「全く全く、麻美ったら…しょうがないんですから。麻美の作るお料理、おいしいおいしいですし…」
 何だか後ろから甘い空気が伝わってくる様な…。
「…私も、里緒菜ちゃんが作る手料理を、二人で食べるのが一番好きかな」
「センパイ、私がそんな面倒なことすると…でも、仕方ありませんしときどきは作ってあげます」
「うふふっ、里緒菜ちゃん、ありがとっ」
 後ろの二人に負けないくらい、私たちも幸せいっぱいなんだから…どちらともなく、さらに強く手を握り合っちゃう。


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