「あっ、里緒菜ちゃん、いらっしゃいませ。今日は一人でこられたんだね」
「まぁ、すぐに出てきましたからね…面倒くさい」
 十二月に入った日の午後、私がアルバイトしてる喫茶店に里緒菜ちゃんがきてくれた。
 学校の制服姿な彼女だけど、彼女は学校の敷地内にある学生寮で暮らしてて、実際以前は面倒だからって必要最低限しか外出とかしなかったの。
 そんな彼女がここにきてくれるのは、私に会いにきてくれてるわけで…嬉しいよね。
「ただ単にこの後事務所に用事があって、そのついでに立ち寄っただけかもしれませんよ?」
 席についたあの子、紅茶を出す私にそんなこと言ってきたりするけど、顔はちょっと笑ったりしてる。
 そんな里緒菜ちゃん、学校ではクールでかっこいい女の子っていうことで一目置かれてて、本人が人付き合いを面倒だって考えてることもあって一人でいることがほとんどなんだけど…さっき私がかけた言葉通り、最近はちょっと事情が変わってきた。
「…あっ、里緒菜さま、もういらしてたんですね」「ご一緒にここまできたかったのに…でも、お会いできてよかった」
 と、喫茶店に何人かの、里緒菜ちゃんと同じ制服を着た女の子たちがやってきたんだけど、その子たちは里緒菜ちゃんへ歩み寄ってそんな声をかける。
「はぁ、どうも、皆さんこんにちは」
 対するあの子はかなり気のないお返事なんだけど、それでも周りを取り囲んだ子たちは嬉しそう。
 そう、あのライブの日以降、里緒菜ちゃんはみんなのアイドルみたいになっちゃって…いや、あのライブでの彼女はアイドルそのものだったって思うけど、とにかくこんな風にファンの子がついて回ってくる様になったの。
 ライブ前から彼女にはファンがいたみたいなんだけど、その頃は遠目で眺めてるだけで…今みたいになったのは、やっぱりあのライブがきっかけ。
 里緒菜ちゃんが他の人と接する機会が増えたことは喜ぶべきこと…のはずなんだけど、見てると複雑な気分になってくる…。
「センパイ、こっちをそんな目で見たりして…またやきもちですか?」
「…へっ? そ、そんなことないって!」
 と、そんな私に気づいちゃったあの子がそんなこと言ってくるものだからちょっとあたふた。
「いいんですよ、そんなセンパイもかわいいって思いますから」
「すみれさまったら、そんな心配しなくっても…」「そうそう、私たちはお二人のこと応援しておりますし、お二人の邪魔なんていたしません」
「うぅ、みんな何言って…ぶぅぶぅ!」
 ちょっと恥ずかしくなっちゃったけど、ここにくる子たちは私たちの関係を知ってたりする。
 そして、知ってるのはそればかりじゃない。
「今日はお二人の出演されてるアニメの放送日ですね」「もちろん録画させていただきます…楽しみです」
「そ、そっか、うん、ありがと」
 そう、私と里緒菜ちゃんがあのアニメに出てること、つまり私たちが声優をしてるってことも知ってるの。
 ちょっと前までは誰もって言っていいくらいに知られてなかったこのことが知られちゃったきっかけは、やっぱり…。
「そういえば、昨日公開されたwebラジオ最新話…私のお便り、紹介しようとしてやめましたよね?」
 と、一人の女の子がそんなこと言ってくる…って。
「え〜と、もしかして…リリカルな魔法乙女さん、だったり?」
「はい、そうです。どうして紹介してくださらなかったんです?」
 う〜ん、まさかこんな身近にあれを送ってきた人が…いや、あの内容を思えばかえって納得だけど、あのペンネームってアニメ好きな子としか思えないかも…?
「え〜と、それは…ほら、あのラジオはあくまであのアニメのキャラクターの、っていものだから、中の人への質問はちょっと困っちゃうかな?」
「えぇ〜、そうなんですか?」
「うん、そうそう…ね、里緒菜ちゃん?」「まぁ、そうですね」
 まぁ、間違ったことは言ってないはず、だよね…うん。
「そうですか…そういうことなら、しょうがありません」
 その子も納得してくれたみたいで、よかった。
「じゃあここで直接うかがいますけど、お二人のCDはいつ出るんですか?」
「あっ、それはいつも気になってることです…そろそろ聞かせてください」「次の曲のご予定などもあったら…」
 …あぁ、結局、その子の言葉に他の子たちも反応してしまった。
「え〜と、そんな予定は今のところないかな」
 そんな私の回答にみんながっかりした声をあげるけど…この間の学園祭ライブの結果、あんなことをよく言われる様になっちゃったの。
 私たちが声優してる、って気づかれたきっかけもやっぱりライブで…。
「はぁ…やっぱり、あのライブはちょっとはやまってしまったんでしょうか」
 みんながお店を出た後、残されたあの子はため息ついちゃった。
「またそんなこと言って…でも、楽しかったよね?」
「それは…まぁ、そうなんですけど、でもここまでめんどくさいことになるなんて思っていませんでした」
 他にお客さんがいないってこともあってあの子の席に座っておしゃべりしてるんだけど、彼女はよくあんなこと言う様になっちゃった。
「みんながあんなに期待しているのだし、デビューしちゃえばいいじゃない」
 私たちの席へやってきて、そんなこと言って微笑むのは、この喫茶店の店長…ではないそうながら実質そういう存在になる藤枝美亜さん。
 麻美ちゃんと同じ学校出身の、確かにお嬢さまというかお姉さま、といった雰囲気のある、世話好きなところのある人かな。
「もちろん、私もそのほうが嬉しいかしら。だって、かなさまとアサミーナちゃんにも負けない、百合なユニットになるもの」
 ちょっとうっとりした様子になる美亜さんに私たちは顔を見合わせるんだけど、この通り美亜さんはとっても百合好き。
 妹さんもそうな上に、一度しか会ってない私たちのことを物語にしてくれたんだよね…この姉妹は少し不思議なところがあるかも。

「もう、毎日の様にああいうこと聞かれて、やっぱりめんどくさいです」
「あはは……うん、それは私も否定しないかな」
 アルバイトを終え、喫茶店を後に…里緒菜ちゃんももちろん一緒。
 もう十二月ってことで空気も冷たく、さらに日も落ちちゃってるけど、彼女とぎゅって手を繋いで歩いてるからそんなに寒くない。
 そんな中、改めてって感じであんなこと言ってため息ついちゃうあの子に私も乾いた笑いが出ちゃう。
 このままだと、この先も言われ続けちゃって、里緒菜ちゃんも疲れちゃうよね…。
「う〜ん、そっち方向でのこれからのこと、ちゃんと考えてかなきゃいけないのかな」
「それって…アイドル的な活動をこれからしたりするのか、ですか? そういう話はつい先日にもしたと思うんですけど」
 そう、あれだけ周りから何か言われてるだけあって、一応それっぽい話は何度かしてた。
「まぁ、センパイと一緒に歌ったりするのは悪くないですから、声優のお仕事に影響しない限りでしたらやってみてもいい…気も、先日はしてましたけど」
「って、あれっ、今は違っちゃった?」
「いえ…やっぱりどう考えてもめんどくさいですよね、って」
「そっか…そうだよね…」
 元々はあの学園祭での一回だけで終わる、ってことにしてたし、そう思うのが自然なのかも。
「…なんて、半分は冗談です」
「…へ?」
 ちょっとだけしゅんとしちゃった私を見て微笑みながらあの子がそう言うものだからきょとんとしちゃう。
「ラジオもそうですけど、センパイと一緒ならまぁまぁ楽しいですから、面倒さは普通の半分、といったところです」
「そっか…うん、嬉しいな」
「でも、私なんてアイドルなんて柄じゃないとも感じますし、もしなったとしてもそんな適当な気持ちでやっていいのか、っていうのもありますね…」
「う〜ん、それはそうかも」
 先日の話の時にはお互いが楽しかったらそれでいいんじゃ、って考えたんだけど、真剣な気持ちで活動してる人たちに失礼かもだよね…。
「…あっ、じゃああの二人に話を聞いてみよっか」
 うん、私たちの身近にはそういう活動してる子たちがいるんだから、何か参考になるかも。


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